閑人ひまじん)” の例文
そこへ来て午睡ひるねをする怠け者もあった。将棋を差している閑人ひまじんもあった。女の笑顔が見たさに無駄な銭を遣いにくる道楽者もあった。
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
毎朝の仕事のようにしてよんでいた演芸風聞録が読めないのでなんだか顔でも洗いそこなったような気持ちのする閑人ひまじんもあったろう。
一つの思考実験 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もっとも沼南は極めて多忙で、地方の有志者などが頻繁ひんぱんに出入していたから、我々閑人ひまじんにユックリすわり込まれるのは迷惑だったに違いない。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
恐らく、気のいい閑人ひまじんだろう、そんな忠告をしてくれる人も中にはあった。——聞かれるままに、おふじは松枝にそんな話をした。
鋳物工場 (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
師の御房は、そのもとのような閑人ひまじんと、争っているはありません。一念ご修行の最中です。不肖ふしょうながら、私は、身をもって、邪魔者を
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その頃の五兩は人間一人一年の給料よりも多く、先づは大金と言ふべきで、町の閑人ひまじん達は有頂天になつて噂を撒き散らしました。
見通しの明白でない干渉、相手の器量に無頓着な干渉、まったく閑人ひまじんにかかっちゃかなわない……と、いいたいところである。
現代茶人批判 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
がみな単に閑人ひまじんである。それらの閑人のうちには、厄介者もあり、退屈してる者もあり、夢想家もいれば、変わった男もいる。
俺はさう閑人ひまじんぢやないから丁度此処で会つたが幸ひだから何んとか返事をして貰はう。何? 家へ来い? いけないよ。家へ来いとは何んだ。
火つけ彦七 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
ひとつ面白いから騒がしてやれなんかという好奇な閑人ひまじんがあってかかる不届ふとどきな悪戯いたずらを組織的に始めないともかぎらない。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「僕はいくら閑人ひまじんだって、君に軽蔑けいべつされようと思って車を飛ばして来やしない。——とにかく浅井の云う通なんだろうね」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「早蝉」と題して、月が出ると先づ山を照らし、風が生まれると先づ水を動かすが、丁度そのやうに早蝉の鳴声は、逸早く閑人ひまじんの耳につくものだ。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
豊臣時代の狩野かのうの画家の名であることを知り、今日のこの時勢に、一枚の絵を見ようとして、陸奥みちのくまで出かける閑人ひまじん……一人の画工にあこがれて
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それらは多くの閑人ひまじんどもの意見だけを代表してるものでないかどうか、あるいはただ作者だけの一人よがりでないかどうか、それがわからなかった。
決して瀞八丁どろはっちょうなどと風景の詮議せんぎをする閑人ひまじんの命名ではなく、実際生活と交渉があるので名ができたものである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もっともそののち下渋谷しもしぶやの近くの寮に鎌子が隠れ住むという風説が立つと、物見高い閑人ひまじんたちはわざわざ出かけていって、その構えの垣の廻りをうろついていた。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
敵情を探るのは探偵のかかりで、たたかいにあたるものは戦闘員に限る、いうてみれば、敵愾心てきがいしんを起すのは常業のない閑人ひまじんで、すすんで国家に尽すのは好事家ものずきがすることだ。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
会社の閑人ひまじん共が拵えた子福者番附によると、東の大関が社長の十人で、西の大関が山下さんの八人だ。しかし社長は子供の自慢をしない。尤も皆好くないそうだ。
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その男を使ってる「閑人ひまじん」も惨めだが、その男は一層惨めで、救済してやる必要がある、とも考えた。
微笑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
家には働手が多勢ゐて自分は閑人ひまじんなところから、毎日考へてゐた所へ、幸ひと二人の問題が起つたので、構はずにや置かれぬから何なら自分が行つて呉れてもいと
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
仕事しごとにいそがしいから、そんなことはかんがえませんよ。」と、おじいさんは、さびしいとか、さびしくないとかいうのは、閑人ひまじんのいうことだとばかりに返事へんじをしました。
夏とおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
もっともこれは閑人ひまじんどもが、道楽に啼かせているのじゃない。いずれも専門の小鳥屋が、(実を云うと小鳥屋だか、それとも又鳥籠屋だか、どちらだか未だに判然しない。)
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こんな時分に遊山ゆさんに出かける閑人ひまじんはあまりいないと見えて、遊覧船風にゆっくりと仕立ててある特等の客室は、二階の西洋間の方も階下の日本室の方もガランとしている。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれども、其も、断片知識の衒燿ひけらかしや、随筆的な気位の高い発表ばかりが多いのでは困る。唯の閑人ひまじん為事しごとなら、どうでもよい。文学に携る人々がこれでは、其作物が固定する。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
尤もそれをはつきり確かめるほどには、十吉は閑人ひまじんでも物ずきでもなかつたけれど。……
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
閑人ひまじんの多いその頃のことである。何々番付という見立てが大いに流行はやって、なかにも、美人番付には毎々江戸中の人気が沸騰ふっとうした。その美人番付の筆頭に据えられたお園である。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さいはひ師匠ししやうはマア寄席よせへもおなさいません閑人ひまじんでいらつしやる事でげすから、御苦労ごくらうながら三いうしや総代そうだいとして、貴方あなた京都きやうとつてくださるわけにはまゐりませんかと、円朝わたくしたのまれました。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「人前で恥をかかすものじゃねえ。下総、下総と大きな声で言や、田舎もののお里が分るじゃねえかよ。それにしても梅甫さん、江戸ってところは、よくよく閑人ひまじんの多いところだね」
あちこちの辻角には村の閑人ひまじんや賢人たちの會合が開かれてゐる。彼等がそこに陣取つてどんな重大な目的を達しようとするのかと云ふと、驛傳馬車の通るのを見物することに外ならない。
駅伝馬車 (旧字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
私は、極端な閑人ひまじんであった。法律の本なんか見る興味は、全然ない。植木いじりか、子供いじりか、碁いじりである。そこでだらしのない和服で、閑父かんぷ閑児かんじを携えて近所をうろつくのである。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
閑人ひまじん達はまだやめないで彼をあしらっていると、遂に打ち合いになる。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
あちらは閑人ひまじんだからって。
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
もっとも自分のような閑人ひまじんはおそらく除外例かもしれないから、まず大多数の人はかなり迷惑を感じたものと見たほうが妥当には相違ない。
一つの思考実験 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
などと、物見高い閑人ひまじんが、輪を作ってささやき合っていると、不意に顔を上げた新九郎が、酒乱のようなさおおもてに、鋭い目を吊るし上げて
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江戸時代の閑人ひまじんの間に、『見立て』とか『番附』の流行つたことは想像以上で、今日に殘る惡刷あくずり、洒落本などにその盛大さを傳へて居ります。
今年ことしは例年より気候がずつとゆるんでゐる。殊更今日けふあたゝかい。三四郎はあさのうち湯に行つた。閑人ひまじんすくない世のなかだから、午前はすこぶいてゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
往時むかし閑人ひまじんはこんなてあひに驚かないやうに、武士道や禅学できもを練つたものだが、今の人達は、武士道や禅学の代りに、お蔭で「生活難」で鍛へられてゐる。
敵情を探るのは探偵の係で、たたかいにあたるものは戦闘員に限る、いふて見れば、敵愾心てきがいしんを起すのは常業のない閑人ひまじんで、すすんで国家に尽すのは好事家ものずきがすることだ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
やくざな男で、一種の乞食こじき音楽者で、浮浪の閑人ひまじんで、彼女を打擲ちょうちゃくし、彼女が彼とでき合った時のように嫌悪の情に満たされて、彼女を捨てて行ってしまった。
旗本に限らず、御家人に限らず、江戸の侍の次三男などと言ふものは、概して無役むやく閑人ひまじんであつた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
すなわち木彫のくまや箱庭の家やつまらぬ置物など、なんらの創意もないいつもきまりきった品物、破廉恥な書物を並べてる正直な本屋など——すべて、無数の閑人ひまじんどもが
ウエルテル、ロミオ、トリスタン——古来の恋人を考へて見ても、彼等は皆閑人ひまじんばかりである。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
知己友人に当りをつけてみたところで、オイソレと同行に加わるような閑人ひまじんは見つからない。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「いずれ君のような閑人ひまじんのやる事だな。僕みたいな貧乏人にはとてもそんな時間はないよ」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
是を閑人ひまじんの所行のごとくられることは、私は構わないが世の中のために望ましくない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
が、小さい記事だからあまり人眼に触れまいと思うのは大変な間違いである。新聞というものは、おそろしいほど隅から隅まで読まれているものだ。とにかく眼が多い。閑人ひまじんが多い。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
知識しりあいの喧嘩屋の店から出て来たこの二人に奇妙に興味を感じて、そこは夜と言わず昼と言わず閑人ひまじんの魚心堂のことだから、何となくあとをつけてみる気になっただけのことだが——。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「いや、もう老骨の役に立たずです。閑人ひまじんですから、遊びに来て下さい」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もしや物好きな閑人ひまじんのためにどこかの図書館のたなのちりの奥から掘り出されでもすると実にたいへんな恥を百年の後にさらすことになるのである。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こやつも、閑人ひまじんとみえ、むだな事をているものだ、大夫は、赤穂の浜方はまかたの者へ貸金の残余を取り立てに参られたのだ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)