錯綜さくそう)” の例文
しかし黒人くろうとになればたぶんただ一面のちゃぶ台、一握りの卓布の面の上にでもやはりこれだけの色彩の錯綜さくそうが認められるのであろう。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そうして仔細しさいにその錯綜さくそうの跡を検すれば、二語は久しく併存し、その択一は単なる小区域の流行であったことが知れるからである。
それよりも何層倍か錯綜さくそうした、また何層倍か濃厚な模様を、縦横に織り拡げている、海のような場内へ、ひょっこり顔を出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(修学第一期中に列ねたる条項は思ひつくままに記したるを以て、前後錯綜さくそう重複ちょうふくあるを免れず、読者請ふこれを諒せよ)
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
はや此辺は叛乱地はんらんちで、地理は山あり水あって一寸錯綜さくそうし、処々に大崎氏の諸将等が以前って居た小城が有るのだった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
少くとも万有が錯綜さくそうした知覚関係に置かれているものと信じさせられている。感応が行われねば世界は死滅である。
どこかで錯綜さくそうして居るのだが、その結び目が見つからないのだ。先刻も女を射てとは言わなかった。逃亡の最初から何かしら狂っているのではないか。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
由来この地方は、牢固ろうこたる門徒勢力が錯綜さくそうしていて、家康も手をやき、信長さえも散々手こずった難治の地である。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野次馬らは目を上げて見よ。偉人も一編の劇も、すべては雑然と錯綜さくそうしている。しかしああそれはあまりに度を越している。そしてまた不十分である。
靄の中に錯綜さくそうするかすかな雑音が、身辺の危険区域まで近づいてきては遠ざかり、遠ざかってはまた脅かすように羅のすぐ裏まで忍び寄ってくるのだった。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
これらが錯綜さくそうし複合しながら、政党結成の要因として作用しているのであって、既に指摘した政治的対立の諸要因が、その中に組織化されているのである。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
当時の京都には越前えちぜんも手を引き、薩摩さつまも沈黙し、ただ長州の活動に任せてあったようであるが、その実、幾多の勢力の錯綜さくそうしていたことを忘れてはならない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
美は迂廻うかい錯綜さくそうとを要求しない。加工し工夫するなら生命は失せるであろう。丹念とか精密とかいうことは技巧上のことであってただちに美のことではない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
をんな研桶とぎをけうたとの二つのこゑ錯綜さくそうしつゝあるあひだにも木陰こかげたゝずをとこのけはひをさとほどみゝ神經しんけい興奮こうふんしてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
艇庫と土堤と応援船とから「文科あ! 農科あ! 樺あ! 紫い!」などと言う声が錯綜さくそうして起った。審判艇は二つの艇を曳いて発足点へ向った。漕手は皆艇の中へ寝ていた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
それはね、『盤根の沼パルス・ラディコスス』というのは、錯綜さくそうたる根の沼だ。沼が盤根錯綜たる、叢林のしたにあるという意味だ。それから『知られざる森の墓場セブルクルム・ルクジ』というのは、巨獣の終焉地しゅうえんちだ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
だが、そのかわり今度は更に錯綜さくそうした視線の下に彼は剥出むきだしでさらされるのであった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
その錯綜さくそうした美にたいする熱情的な献身にあらわれているし、また一方では、幾度もくりかえされた莫大ばくだいな、しかし人目にたたぬ慈善行為にあらわれている、ということは知っていた。
無遠慮ないやしい快楽、醜悪や貪欲どんよくや肉体的欠陥などの喜び、半裸体の人々、兵卒小屋の冗談、羹物あつものや赤胡椒こしょうや油の乗った肉や特別室——ふざけきった四幕のあとで、事件の錯綜さくそうによって
一段とこまやかに、真剣になって行ったので、そのも繁く、彼等が夢現ゆめうつつの恋に酔うことが烈しければ烈しい程、随って柾木が、あの歯ぎしりする様な、苦痛と快楽の錯綜さくそう境にさまよう事も
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかも今、混沌こんとん錯綜さくそうとをきわめた現代の世界像を前にして、その内に、必要なものを検出する眼の光は、われわれの無言の魂以外にないではないか。愚かな日本は、明日を信じている…………
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
所謂いはゆる『教時問答』『菩提心義』『悉曇蔵』『大悉曇草』等なり、その『教時問答』は一仏一処一教を立て、三世十方一切仏教を判摂す、顕密を錯綜さくそうし、諸宗を泛淙はんそうす、台密の者、法を之に取る
そうしたときでも、いつもあなたには逢いたいような、逢いたくないような気持が、たとえば、『逢わぬは逢うにいやまさる』といった都々逸どどいつの文句のように錯綜さくそうして、あなたをしたっていたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
勿論もちろん進歩を愛するけれども、上述の如く水に漂う蓴菜じゅんさいの一葉も、これを引けば千根万根せんこんばんこん錯綜さくそうして至るにも似たる長き連鎖の中に在るものであるから、およそ如何いかなる制度、文物、倫理、道徳、風俗
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
口笛をふけ 錯綜さくそう
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
これがむつかしく解しにくいもののように感じられたのは、その数量と新旧の錯綜さくそう、及び用法の変化の複雑さに基いた一種の眩惑げんわくであった。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私の見るところによると職業の分化錯綜さくそうから我々の受ける影響は種々ありましょうが、そのうちに見逃す事のできない一種妙な者があります。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この光景の映写の間にこれとあい錯綜さくそうして、それらの爆撃機自身に固定されたカメラから撮影された四辺の目まぐるしい光景が映出されるのである。
からすうりの花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
敵を客戦の地に置いて疲れさせ、吾が兵の他から帰り来るを待たうと、将門は見兵けんぺい四百を率ゐて、例の飯沼のほとり、地勢の錯綜さくそうしたところに隠れた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
太陽のもと、ことに埠頭ふとう船渠ドック、荷馬車、お茶場工場などの、騒音とほこりと人間の奔影ほんえいとが錯綜さくそうと織られている横浜はまの十字街を、ゆうべの芸妓おんなや、雛妓おしゃくを引っぱって
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にわかに電報量が多くなった。作戦特別緊急電報ばかりである。報告や通報や、各部隊に対する命令電波が、日本中に錯綜さくそうしているらしかった。船団は明かに東京方面を目指していた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
錯綜さくそうと配慮との重荷に悩む時、残るものは単に驚くべき技巧の跡に過ぎないではないか。そうしてそれが生命を殺さなかった場合がどれだけあろう。だが技巧のことすなわち美のことではない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ただ枯れた幹をおとした旧根樹ニティルダ・アンティクスの、錯綜さくそうの根がゆらぐ間にみえるのだ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
これらの事実の関係ははなはだ錯綜さくそうしていて、考えても考えても、考えが隠れん坊をして結局わからなくなるのである。
Liber Studiorum (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
指頭しとうに触れるピンピンいう音が、秒を刻む袂時計たもとどけいの音と錯綜さくそうして、彼の耳に異様な節奏を伝えた。それでも彼は我慢して、するだけの仕事を外でした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
生活利害の最も錯綜さくそうした、言わば日本の見本のような地方であるのに、外から訪う者ばかりか内にいる人まで、これを万葉遺物の包含層ででもあるかのごとく
和州地名談 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
癆咳の女の姿と、食慾をそそる筍飯の香りを、頭の中に錯綜さくそうさせながら、源内はサラサラと後をつけた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何にせよ決してたゞ一条ひとすぢの事ではあるまい、可なり錯綜さくそうした事情が無ければならぬ。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
平たく言えば早すぎるのやおそすぎるのがいろいろに錯綜さくそう交代こうたいして来るわけである。それにかかわらず平均の間隔はやはりTである事はもちろんである。
電車の混雑について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今日きょう田口での獲物えものは松本という名前だけであるが、この名前がいろいろに錯綜さくそうした事実を自分のためにくくっている妙なふくろのように彼には思えるので
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから自然と相客の贔負ひいき贔負が有るから、右方贔負の人々をば右方へ揃え、左方贔負の人々を左方へ揃えて坐らせる仕方もあれば、これを左右錯綜さくそうさせて坐らせる坐らせ方も有る訳で
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
できるだけ気儘きままに勢力を費したいと云う娯楽の方面、これが経となり緯となり千変万化錯綜さくそうして現今のように混乱した開化と云う不可思議な現象ができるのであります。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが実に呼吸いきをつく間もない短時間に交互錯綜さくそうしてスクリーンの上に現滅するのである。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それからまたその「植物の」というだけがある他のプロフェッサーからその美しい夫人それから他の婦人患者といったふうにいろいろの錯綜さくそうした因果の網目につながっている。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ある期間だけ継続する週期的現象の群が濫発的に錯綜さくそうして起る時がそうである。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
このようにして、前句と後句とは言わばそれぞれが錯綜さくそうした網の二つの結び目のようなものである。また、水上に浮かぶ二つの浮き草の花が水中に隠れた根によって連絡されているようなものである。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)