遁世とんせい)” の例文
ふしぎである。自分の遁世とんせいも、自分できりひらいて来たつもりでいたが、やはり運命に吹き舞わされつつこう生きている一片の生命なのか。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
講師が宮の御遁世とんせい讃美さんびして、この世におけるすぐれた栄華をなお盛りの日にお捨てになり、永久の縁を仏にお結びになったということを
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「八五郎に出家遁世とんせいされると、俺も困るし、差當りあのが泣くだらう。人助けのため阿倍川町へ出かけて見るとしようか」
まったくだれにも興味が無いのだ。ただ、うるさいだけだ。なんの苦も無くこのまま出家遁世とんせいできる気持だ。人生には、不思議な朝もあるものだ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そしてこの修道院への遁世とんせいのうちには一の抗議が潜んでいるからして——女の修道院は、確かにある荘厳さを有している。
いわゆる神釈じんしゃくの句の中でも、人が尊重していた遁世とんせいの味、たとえば「道心どうしんの起りは花のつぼむ時」といったような、髪をる前後の複雑した感覚
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「ああ、世の中がうるそうなった。わしもおいとまを願うて、いっそ出家遁世とんせいしようか」と、忠通はまた溜息をついた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
道柏が暫く思案して進み出た。「若しさやうに御極おきめなされたら、家老一同遁世とんせい仕つたでござりませう」と云つた。正虎が「一同それに相違はないか」と云つた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
「いまいましくても、遁世とんせいの実行家だね。あれだけの生活は加特利教徒かとりっくきょうとの労働者なんかでは出来ないよ」
遍路 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「大名の若殿でもなし、大身の子でもないけれど、遁世とんせいして来たということは、貴女の推察どおりです」
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とにかく全巻を通じて無常を説き遁世とんせいをすすめ生死しょうじの一大事を覚悟すべしと説いたものが甚だ多い。
徒然草の鑑賞 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
作阿弥という御仁ごじんがあったが、いつからともなく遁世とんせいなされて、そのもっとも得意とする馬の木彫りも、もはや見られずなったとは、ま、誰でも知っておるところで……
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
およそこの種の人は遁世とんせい出家しゅっけして死者の菩提ぼだいとむらうの例もあれども、今の世間の風潮にて出家しゅっけ落飾らくしょく不似合ふにあいとならば、ただその身を社会の暗処あんしょかくしてその生活を質素しっそにし
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
つくさせたくわたくしは出家しゆつけ遁世とんせいゆゑ母や弟をたすけ候事なれば身命しんめいすて候てもすくはんとぞんじ其盜賊なりと申いつはり候其夜全くの盜賊は迯去にげさりたり其譯そのわけは私事はゝや弟をたづねんと所々方々を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
おたがいの心の持ちようによっては俗界の中心にあってもほとんど遁世とんせいのごとき心境がたもてると思う。われわれにその心がけさえあればいかなる境遇きょうぐうにあっても平旦へいたんの気を養う機会のなきはない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
小松殿まゆを顰め、『何事ぞ』と問ひ給えば、茂頼は無念の顏色にて、『愚息ぐそく時頼』、と言ひさして涙をはらはらと流せば、重景は傍らより膝を進め、『時頼殿に何事の候ひしぞ』。『遁世とんせい致して候』。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
西山の黒谷に遁世とんせいして名を法然房ととなえたのは実に彼が十八歳の時であったから、その機縁からいえば上人のこの黒谷や吉水附近の土地とは
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御息所みやすどころいみがもう済んだだろうね。時はずんずんとたつからね。私が遁世とんせいの望みを持ち始めた時からももう三十年たっている。味気ないことだ。
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
井伏鱒二ますじ、中谷孝雄、いまさら出家遁世とんせいもかなわず、なお都の塵中にもがきあえいでいる姿を思うと、——いやこれは対岸の火事どころの話でない。
樵夫きこりの家に飼ってある青い鳥は顧みられなくなって、余所に青い鳥を求めることになったのだね。僕の考では、仏教の遁世とんせいも基督教の遁世も同じ事になるのだ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
『いまいましくても、遁世とんせいの実行家だね。あれだけの生活は加特利カトリツク教徒の労働者なんかでは出来ないよ』
遍路 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
尾井幾兵衛となのる侍は、こう云ってそこへ片膝かたひざをついた。長威斎は遁世とんせいしているのであった。俗世と縁を切ったので、自分が長威斎である、と云う筈はなかった。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「あれ、大層感じちやつたね、出家遁世とんせいでもする氣になると、二三人泣く娘があるぜ」
命さえ助かれば出家遁世とんせいの上一生菩提ぼだいをとむらって暮します。どうぞお願いいたします
従って生活の全く単調であった前代の田舎いなかには、存外に跡の少しも残らぬ遁世とんせいが多かったはずで、後世の我々にこそこれは珍しいが、じつは昔は普通の生存の一様式であったと思う。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
また自然の野山に黙って咲く草木の花のように、ありとあらゆる美しい事、い事が併立して行かれないからと言って、そのためにこの世をはかなんで遁世とんせいの志をいだくというわけでもない。
神田を散歩して (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それらが彼の心のうちに脱俗遁世とんせいの考えを起こさしたのであろうか。
まろめ、いつの日か、ふたたび出て来いとお召がかかるまでは、きっと遁世とんせいをよそおってよき日をお待ち申しておりまする
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宮はこのまま小野の山荘で遁世とんせいの身になっておしまいになる志望がおありになったのであるが、御寺みてらの院にこのことをお報じ申し上げた人があって
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
いやを申し上げているのではありません。眼夢、かくのごとく、いまはつくづく無分別の出家遁世とんせいを後悔いたし、冬の吉野の庵室あんしつに寒さに震えてすわって居ります。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
つまり遁世とんせいとかいうだ、あのてええの言葉ではよ、それでもやって来るだ、剣術の隠し技を
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
分ておもらひ申さにやならぬと血眼ちまなこになりて申にぞ安五郎は當惑たうわくなし我等とても段々の不仕合ふしあはせ折角せつかく連退つれのいたる白妙には死別しにわかれ今は浮世うきよのぞみもなければ信州しんしう由縁ゆかりの者を頼み出家しゆつけ遁世とんせい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
こういう話を聞きながら、私はふと、出家遁世とんせいの人の心を想いみた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この世のさちはみな弟直義ただよしに与えて給え、この尊氏にはただ後生ごしょうのみを授け給われ——と、ひたすらな遁世とんせいの念と弟思いがあふれているあの願文なのですから
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遁世とんせいの人とおなりになるお用意ばかりを院はしておいでになるのであるが、人聞きということでまた躊躇ちゅうちょしておいでになるのはよくないことかもしれない。
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「いやそうじゃない、待ってくれ、わしは遁世とんせいしておる、わしは静閑でありたい」
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いまは出家遁世とんせいして心静かに山奥のいおりで念仏三昧ざんまいの月日を送っている師匠の鰐口の耳にもはいり、師匠にとって弟子の悪評ほどつらいものはなく、あけくれ気に病み、ついには念仏の障りにもなって
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
始終心安くなっている小侍従という宮の女房を煽動せんどうするようなことを言い、無常の世であるから、御出家のお志の深い院が御遁世とんせいになる場合もあったなら
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
いまなお、それを恥じるのかと、兼好は、自分の遁世とんせいとひきくらべて、なにか歯がゆく考えたようだった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつまでこんな山の中にいられるものじゃない、いま帰れば、こんどの事で、いっしょに働いたという名目が立つし、好ましい役にも就けるだろう、遁世とんせいは老年になってからでいいじゃないか。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
出家遁世とんせいの姿になり、髪もひげった僧たちでさえ恋愛の心のおさえられぬ者があるのである、まして女というものに戒行が保てるものかどうかあぶないものである
源氏物語:56 夢の浮橋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と、彼の遁世とんせい怪訝いぶかしがった世人は、やがて佐々木小次郎に彼が負けたということを誇大に取って
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その人自身には捨てられないほだしが幾つもあるものなのでございますから、ましてあなた様などがどうしてそう楽々と遁世とんせいの道をおとりになることがおできになれましょう。
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
尊氏としては、こんどにりてふたたびこんなことの起らぬような、いわば直義のほんとの出家遁世とんせいいていたものであったから、直義が承服しないのもむりではない。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『若いのに、こんな歌すら詠んだことのある義清だ。きのうやきょうの決意ではあるまい。——遁世とんせいではなく、むしろ、一歩高く、強く、生きようとしての、出家であろ』
捨てがたい優しい妻が自分の心を遁世とんせいの道へおもむかしめないほだしになって、今日までは僧にもならなかったのである、一人生き残って男やもめになったことは堪えがたいことではないが
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それがし自身も、直ちに、お暇を乞うて、高野の山奥へでも、遁世とんせい仕る所存にござりますれば
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある一つ二つの場合に得た失望感からゆがめられて以来は厭世えんせい的な思想になって、出家を志していたにもかかわらず、親たちのなげきを顧みると、このほだし遁世とんせいの実を上げさすまいと考えられて
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
求菩提ぐぼだいの心にもえていたころの心寂には、こういう俗縁や市塵の中にいては常に心が乱されて、ほんとの往生境おうじょうきょうには入り難い。——こう彼は考えて、上人に、遁世とんせいを願った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それによって遁世とんせいもできずにおります。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)