這上はいあが)” の例文
そして、身体をふるわしながら、堤の上へ這上はいあがって、又、しばらく、四辺を、警戒していたが、静かに、指を口へ入れて、ぴーっと吹いた。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
東片町時代には大分老耄ろうもうして居睡いねむりばかりしていたが、この婆さん猫が時々二葉亭の膝へ這上はいあがって甘垂あまったれ声をして倦怠けったるそうにじゃれていた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いい残して明智も屋上に這上はいあがった。長いむねの上を、夕暗の空を背景にして、畸形児の白衣と明智の黒い支那服とがもつれ合って走った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
垣を越える、町を突切つッきる、川を走る、やがて、山の腹へだきついて、のそのそと這上はいあがるのを、追縋おいすがりさまに、尻を下から白刃しらはで縫上げる。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
苦しいから杭にすがって這上はいあがりますと、扱帯は解けて杭にからみ、どう云うはずみかお村の死骸が見えませんで、扱帯のみ残ったから
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
地の底の遠い遠い所から透きとおるような陰気な声が震え起って、斜坑しゃこうの上り口まで這上はいあがって来た。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
人物と山と同じくらいな大きさにえがかれている間を、一筋の金泥きんでい蜿蜒えんえんふちまで這上はいあがる。形はかめのごとく、はちが開いて、開いたいただきが、がっくりと縮まると、丸いふちになる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……冬の短い日はもうれて、街にはすっかり灯がいていた。今夜もまたてるのであろう、風もないのに空気は冷えきって、足元から這上はいあがる寒気は骨までしみ徹るかと思われる。
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かと思うと、月夜に、海の底から砂地に這上はいあがって、砂に卵を産みにくる海がめもいる。魚や、貝だけではない、海底や岩上には緑、茶、紅などの、色さまざまな藻類が波のまにまにゆれている。
海の青と空の青 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
傍に置いて、三吉が何かようとすると、お房は掛物を引張る、写真ばさみを裂く、障子に穴を開ける、しまいには玩具おもちゃにも飽いて、柿の食いかけを机になすりつけ、その上に這上はいあがって高い高いなどをした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
疲れると石垣の上に這上はいあがって犬のように川端を歩き廻る。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さあおぶされ、と蟹の甲を押向けると、いや、それには及ばぬ、と云った仁右衛門が、僧のすそくわえたていに、膝でって縁側へ這上はいあがった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
如何いかゞしたる事ならんと思うところへ、一人ひとりの女中が下流しから這上はいあがり、源之進の前に両手をつかえ
「鳥が地面から這上はいあがる訳はありませんからね。それにしては少し高過ぎますよ」
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三個が、手足を突張つっぱらかして、箸の折れたように、踊るふりで行くと、ばちゃばちゃと音がして、水からまた一個ひとり這上はいあがった。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四辺あたりはひっそりとしていたけれども、其の者はどぶから這上はいあがって這うようにして彼方あっちへ行った此方こっちへ行ったと人の話を聞いて、だん/\跡を追って吾妻橋へ掛りますと
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ある時も裏町の人数八九名に取占とっちめられて路地内へげ込むのを、容赦なく追詰めると、滝はひさしを足場にある長屋の屋根へ這上はいあがって、かわらくって投出した。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此のに包を抱えて土手へ這上はいあがり、無茶苦茶に何処どこう逃げたか覚え無しに、畑の中やどてを越して無法に逃げてく、と一軒茅葺かやぶきの家の中で焚物たきものをすると見え、戸外おもて火光あかりすから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その反対の、山裾やますそくぼに当る、石段の左の端に、べたりと附着くッついて、溝鼠どぶねずみ這上はいあがったように、ぼろをはだに、笠もかぶらず、一本杖いっぽんづえの細いのに、しがみつくようにすがった。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ブル/\ふるえながら引戸をバタリと立てゝ台所へ這上はいあがりました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
坂をするすると這上はいあがる、蝙蝠こうもりか、穴熊のようなのが、つッと近く来ると、海軍帽をかぶったが、なりは郵便の配達夫——高等二年ぐらいな可愛い顔の少年が、ちゃんとうやうやしく礼をした。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とも這上はいあがりそうな形よ、それで片っぺら燃えのびて、おらが持っているをつかまえそうにした時、おらが手は爪の色まで黄色くなって、目の玉もやっぱりその色に染まるだがね。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
孑孑め、女だって友だちだ、頼みある夥間なかまじゃないか。黒髪を腰へさばいた、緋縅ひおどしの若い女が、敵の城へ一番乗で塀際へ着いた処を、孑孑が這上はいあがって、乳の下をくすぐって、同じどぶの中へ引込むんだ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ななめに、がッくりとくぼんで暗い、崕と石垣の間の、遠く明神の裏の石段に続くのが、大蜈蚣おおむかでのように胸前むなさきうねって、突当りにきば噛合かみあうごとき、小さな黒塀の忍びがえしの下に、どぶから這上はいあがったうじ
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)