躑躅つゝじ)” の例文
その岸には水車が幾個となく懸つて居て、春は躑躅つゝじ、夏はの花、秋はすゝきとその風情ふぜいに富んで居ることは画にも見ぬところであるさうな。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
躑躅つゝじのひと盛りを過ぎると、まるで火の消えたように鎮まり返って、唯やかましく聞えるのはそこらの田に啼く蛙の声ばかりであった。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いもを食べながら、猫間障子ねこましやうじの硝子越しに狭い庭を見てゐると、汚れた躑躅つゝじの植込みに、小さいせた三毛猫がじいつと何かをうかがつてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
岡の上には到るところに躑躅つゝじの花が咲いてゐた。斯の花は牛が食はない爲に、それで斯う繁茂して居るといふ。
烏帽子山麓の牧場 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あたか切立きつたて崖上がけうへで、えん小庭こにはに、飛石とびいしつ。躑躅つゝじ——おどろくな——山吹やまぶきなどをかるくあしらつた、角座敷かどざしき
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ふぢ山吹やまぶきの花早くも散りて、新樹のかげ忽ち小暗をぐらく、さかり久しき躑躅つゝじの花の色も稍うつろひ行く時、松のみどりの長くのびて、金色こんじきの花粉風きたれば烟の如く飛びまがふ。
来青花 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
入るのみ其樣彼の軍鷄籠とうまるかごを伏たる如くなり古昔むかしくるわとな大門おほもん御免の場所には之ありしとなり然ば白妙しろたへは大いになげきしが或日饅頭まんぢう二ツを紙に包み禿かむろ躑躅つゝじそつまねき是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
せいの低い、煉瓦の柱の表門から、正面のポーチへ通ずる路の両側に躑躅つゝじが行儀よく植えられて、その向うには芝生がある。それから瓦で四角に仕切った花壇などもある。
蘿洞先生 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
勝沼の町とても東京こゝにての場末ぞかし、甲府は流石に大厦たいか高樓、躑躅つゝじが崎の城跡など見る處のありとは言へど、汽車の便りよき頃にならば知らず、こと更の馬車腕車くるまに一晝夜をゆられて
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「昨夜妹をおびき出した曲者は、長崎屋の庭で妹を殺害し塀越しに死骸を投げ込んだのだ。六尺の土塀の上に附いた血や、植込の躑躅つゝじの枝が折れて、生濕なまじめりの土に深く型の附いたのなどは、その證據だ」
いはをはなれ谿たにをくだりて躑躅つゝじをりて都の絵師と水に別れぬ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「粟津の木曽殿で、大変でしたろう。なにしろこゝらは躑躅つゝじの咲くまでは、江戸の人の足みするところじゃありませんよ。」
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、てよ。……玄關口げんくわんぐちで、躑躅つゝじ鉢植はちうゑ吃驚びつくりするやうでは——がらだからとほしはしまいが——上壇じやうだんで、金屏風きんびやうぶで、牡丹ぼたんると、をまはすに相違さうゐない。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
蕨も沢山に出るし、渓流も美しく日に光るし、躑躅つゝじや山藤もそここゝに、チラチラしてゐるし、実際、好い感じのするところである。箱根や伊香保などよりはぐつと好い。
行つて見たいところ (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
借家の庭に躑躅つゝじ牡丹薔薇藤その他の花樹多し。昨日の散歩にて近巷に植木市の立つを知り、前に住みし人皆そこより購ひ來りしを知りぬ。窓前今まさに百花爛漫の趣をなす。
荷風戦後日歴 第一 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
あるとうさんはひとれられて梵天山ぼんてんやまといふはうきました。あか躑躅つゝじはななぞのいて山路やまみちとほりまして、その梵天山ぼんてんやまつてますと、そこは水晶すゐしやうやまでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
野は躑躅つゝじ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
今とちがって、その当時の大久保のあたりは山の手の奥で、躑躅つゝじでも見物にゆくほかには余りに足の向かないところであったが、わたしはそんなことに頓着しなかった。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ふぢはなむらさきは、眞晝まひる色香いろかおぼろにして、白日はくじつゆめまみゆる麗人れいじん面影おもかげあり。憧憬あこがれつゝもあふぐものに、きみかよふらむ、高樓たかどのわた廻廊くわいらうは、燃立もえた躑躅つゝじそらかゝりて、宛然さながらにじへるがごとし。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
唯、霧島の躑躅つゝじが赤くあたりを絵のやうにした。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
躑躅つゝじでござります。」と年配ねんぱい番頭ばんとうつた。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)