にえ)” の例文
生けるにえ、土足にかけてこの有様だ! かかれ秋山、かかれ主水!、一寸と動かば振り冠った刀、澄江の上に落ちかかるぞよ!
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ことしも水の神のにえ求めつるよ。主人あるじはベルヒの城へきのふよりりとられて、まだ帰らず。手当てあてして見むとおもひ玉はば、こなたへ。」
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
親や良人は殺され、子は見失って、数珠じゅずつなぎに捕われてゆくにえの女たちは、オイオイと手放しに泣きながら、野を追い立てられて行った。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
美女 あの、捨小舟すておぶねに流されて、海のにえに取られてく、あの、(みまわす)これが、嬉しい事なのでしょうか。めでたい事なのでしょうかねえ。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金沢町江島屋の忍び返しに、百舌もずにえのように引っ掛って死んだあざみの三之助の下手人は、それっ切りわからず、四日五日と苛立たしい日は続きました。
父母も、姉妹も、知己も、自分が一生をそのために捧げようと欲していた哲学さえも、ことごとく恋愛のためにはにえとして供えることを辞しないほど恋愛に賭けた。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
春秋繁露しゅんじゅうはんろ』におよそ卿ににえとるにこひつじを用ゆ。羔、角あれども用いず、仁を好む者のごとし。これをとらうれども鳴かず、これを殺せどもさけばず、義に死する者に類す。
老たる母に朝夕のはかなさを見せなければならないゆえ、一身をにえにして一時の運をこそ願え、私が一生はぶれて、道ばたの乞食こじきになるのこそ終生の願いなのです。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
これが物見やぐら造りのをさずき(また、さじき)、懸崖カケ造りなのをたなと言うたらしい。こうした処女の生活は、後世には伝説化して、水神の生けにえといった型に入る。
水の女 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「にへ」はにえで、「にひなめ」は、「にへのいみ」(折口博士)の義だとしてある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
玉虫 平家蟹の甲を裂いて、その肉を酒にひたし、神へのにえにささげしものぞ。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
所々の学校に籍を置き、種々いろいろの教師ににえを執って見たが、今の立場から言えば、どの学校も、どの教師も、自分に満足を与えることが出来ない。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「お待たせいたしました。やはり、参らねば一人の女性にょしょうが、悪人のにえになるところでした」範宴は、車からさしのぞいて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
堕地獄だじごくの苦に悩もうとまま! ……さあこう明かした上からは、肉親でもなければ姉妹でもない! 恋のかたき情慾の仇! ……ええにえなんどに追いやるより
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
八五郎がこれを『百舌もずにえ』と言ったのは、適切過ぎるほど適切なたとえでした。
甚しいかなその念の深く刻めるや、おのが幾年の寿命を縮め、身をもて神仏のにえに供えて、合掌し、瞑目めいもくして、良人の本復を祈る時も、その死を欲するの念は依然として信仰の霊を妨げたり。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十三弦は暴風雨あらしんで、相模さがみの海に荒ぶる、うみのうなりと、風雨の雄叫おたけびを目の前に耳にするのであった。切々たる哀音は、みことを守って海神かいじんに身をにえささぐる乙橘媛おとたちばなひめの思いを伝えるのだった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
鳰鳥におどりの葛飾早稲わせにえすとも、そのかなしきを、に立てめやも
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
血の権のにえは人の権なり。われおいたれど、人のなさけ忘れたりなど、ゆめな思ひそ。向ひの壁に掛けたるわが母君のすがたを見よ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「そのために、このお姿をにえとなされたのでござりますか。今さら何と申してよいやら、お詫びの言葉もござりませぬ」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ハダカの女を持って来オ——ッ……違った! いけねえ! そうじゃアなかった! にえ持って来オ——ッ、裸体はだかの贄を! ……と、ドッコイまた違った! ハダカの贄は
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「殺しですよ、親分、江島屋鹿右衛門の塀の上で、薊の三之助が忍び返しに引っ掛ったまま、百舌もずにえのようになって死んでいるんだ、こいつは江戸開府けえふ以来の変った殺しじゃありませんか」
「それっ、血祭りぞ。他の首もみな打ち落して、いくさ神へにえを捧げ、ときを合わせて、大岩砦へ攻めかかれ」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世に貴族と生れしものは、しずやまがつなどのごとくわがままなる振舞い、おもいもよらぬことなり。血の権のにえは人の権なり。われ老いたれど、人の情け忘れたりなど、ゆめな思いそ。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
当時の剣客浅利又七郎あさりまたしちろうにえを入れて門下となり、剣を修めようとしたのである。
戯作者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
即位いらい二十一年、およそこれほどみずからのおからだをみずからの理想のにえとして酷使なされた天皇はほかにない。ためにお心をつかったことも、はなはだしい。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にえに供えるという浜路とかいう女、間違いなく捕えて来るだろうかな?」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今となって、おことの肉体をくくってにえとなそうとも、わしが足蹴にかけて叱ろうと、それが叡山へ対してなんのいがあろう、吉水の上人に向ってなんのおわびとなろう。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
北条左内が内々ではあったがにえを入れて弟子となったのは、この日から半年ほどの以前のことで、嘉門の芸風が独特であって、人柄にもりっぱなところがあると、人の噂に聞いたからであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
有効につかってみせる。およそ大望のおん大事には、あまたなにえが——人柱ひとばしらというものが——るものだ。すでに殿のご正室やお子たちすらも、鎌倉表に幕府のとされておる
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「文句を云わずとヤイヤイ範覚、にえのハダカ持って来オ——ッ」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
御方は、財宝のにえとなった身の不遇をのろい、父の為俊卿をも恨めしく思った。そして、その頃はもう千代田城に栄華を尽している妹の文便ふみづとを見る度にうらやましくてならなかった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もういけめえ! にえにしてくりょう!」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今もって、悪業あくごうぎょうとし、京都を中心に近畿きんきいったいをあらし廻る浄土の賊天城四郎のにえにさせてなろうかと、相手の正体を見、被害者の傷々いたいたしい姿を見ると、彼の怒りはいやが上にも燃えて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「可哀そうな不幸なにえなのだよ」
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
生きていても、あなたとこの世のご縁はないし、ただ心は日ごと苦しみ、身は不仁ふじんな太師のにえになって、夜々、さいなまれるばかりです。せめて、後世ごせちぎりを楽しみに、冥世あのよへ行って待っております
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物の数には入れるわけにはゆかないが、彼らの命旗めいきとする、名目人の源次郎少年を加えると、すでにここの半数は、武蔵の刀にあたって序戦のにえさらされ、惨たる血をここ一面に撒いてしまった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その葬祭は王侯の礼をもって執行され、葬儀委員長には司馬懿しばい仲達がみずから当った。大小の百官すべて見送りに立ち、儀杖数百騎、弔華ちょうか放鳥、にえの羊、まつりの牛など、蜿蜒えんえん洛陽の街をつらぬいた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひょうのごとくびついてきた酒乱しゅらん浪人者ろうにんものに、血まつりのにえとされた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先生のいうちまたの風説だけならまだ信じないかも知れぬが、銅雀台の賦にまで歌っている以上、曹操もそれを公然と揚言しているのであろう。いかで彼の野望に先君の後室や、わが妻をにえに供されよう。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
、どう思うのだ。我欲のにえとしてもかまわぬつもりか
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)