生毛うぶげ)” の例文
一度おじけづくと、もう際限がない、襟足えりあし生毛うぶげがゾーッと音を立てて逆立ち、開いた毛穴から、水の様に冷い風がしみ込むのだ。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それゆえ、ともすると横蔵は、錯覚に引き入れられ、金色に輝く全身の生毛うぶげに、人魚を夢見つつ、つぶやくのだった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ひげになる生毛うぶげの最初の兆しもなく、ろうのように青白くなめらかなげたほおに、唇だけが染めたように赤く分厚いのだ。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
庭のきり葉崩はくずれから、カサコソと捲きおこる秋風が呉子さんの襟脚えりあしにナヨナヨと生え並ぶ生毛うぶげを吹き倒しても
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
生毛うぶげのはえた、まだ白粉のよくのらない、小娘の不逞な寝姿を見て、富岡は、敗戦後の、社会の一隅の色彩を見る気がした。この娘は疲れてもゐるのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
この美しさに較ぶれば、ただ白いばかりで肌膚きめの粗い生毛うぶげの生えた西洋の女の皮膚なぞというものは、味も素っ気もない瀬戸物の破片かけらみたいな気持がした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
がむしゃらで、野蛮で、喧嘩早くて、頬や襟あしに生毛うぶげをモジャモジャさせながら、元気いっぱいに、しょっちゅう体操の教師などとやり合っていた『タフさん』。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
葉子は自分のほおを、暖かい桃の膚のように生毛うぶげの生えた定子の頬にすりつけながら、それを聞いた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼はただ寝台の上から、お杉の倒れた背中のひくひく微動するのを眺めていた。彼は生毛うぶげの生えているお杉の首もとから、黒い金魚のようななまめかしさを感じて来た。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
短かい靴下ソックス穿いていたあなたの脚に生毛うぶげがいっぱいに生えているのがみえました。そのときほど、毛の生えた脚をしているあなたがいやらしく見えたことはありません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
肌の生毛うぶげが、正午のざしに燃えようとしたことも平気なら、今また、あられを含んだあの重い雲が、草原の上に拡がりかぶさろうとしていても、そんなことには頓着しない。
木フレップというのは、こけももの一種で、ちょうどこの時期には、丸い真赤な実を沢山つけていた。それにところどころにまじるすぎごけの団阜が、藍白の生毛うぶげを見せていた。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
あどけない生毛うぶげの渦巻のある横顔を見せ、保は、覗きこんでいる箱から目もはなさない。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一六九下屋しもやの窓の紙にさと赤き光さして、あなにくや、ここにもしつるよといふ声、深き夜にはいとどすざましく、かみ一七〇生毛うぶげもことごとく聳立そばだちて、しばらくはりたり。
「うそ? ぢや僕の思ひ違ひかしら? 今でも眼に見えるやうなのは、あなたの、あの生毛うぶげの多い頬つぺたさ。それがもう、こんなに頬紅なんかつけて……ええい、生意気だ……」
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
夫人の頬は、新鮮な果物のように、艶々つやつやしく、黄金きん色の生毛うぶげが、微かに光っているし、その腰は、典雅な線で、その豊満さを現しているし、それから、その下肢は、張切って、滑かだった。
ロボットとベッドの重量 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
唇の隅の有るか無いかわからない程の生毛うぶげでも、額の上にある天鵞絨のやうな毛でも、頬の上に落ちる睫毛まつげのゆらめく影でも、何でもわしは驚く程明瞭な知覚を以て、注意する事が出来た。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
白無垢のときよりはずっと若く、いかにも健康そうな、ひき緊った頬のあたりは、生毛うぶげが行燈の光を吸って、熟れかけた桃の肌のように、ぼうとかさに包まれていた。登は火桶ひおけを押しやった。
錦子が、はずかしがって項垂うなだれると、くびすじから背中の生毛うぶげが金色にのぞかれた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そこに、たとえばくびれたような赤い痕が残っていて、なおよくみると、塵のような麻屑が生毛うぶげみたいに付着いている。藤吉は顔を上げた。その口は固く結ばれていた。その眼は異様に輝いていた。
キリツとした顏立に枝からもぎ取つたばかりの桃の實のやうな銀の生毛うぶげ曲線カーブのきつい、可愛らしい唇の反り、蛾眉がび鳳眼ほうがん——といふといかめしくなりますが、さう言つた上品な道具立のうちに
仔細に見れば、二の腕や腿のあたりに生毛うぶげも生えていたし、毛穴も見えたけれど、それにもかかわらず、全体の感じは、すべっこくて、透通すきとおっていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
耳朶みみたぶ生毛うぶげが光っていて、唇が花のように薄紅く濡れている。啓吉とは似ても似つかない程、母親に似て愛らしかった。——貞子は、小奇麗な自動車を止めた。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
僕は、象牙ぞうげのように真白な夫人の頸筋くびすじに、可憐かれん生毛うぶげふるえているのを、何とはなしに見守りながら、この厄介者やっかいものから、どうして巧くのがれたものかと思案しあんした。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
庭の桜の叉になった枝の上に、ひわの巣があった。見たところ、それは綺麗きれいな、まん丸によくできた巣で、外側は、一面に毛で固め、内側はまんべんなく生毛うぶげで包んである。
おまけに、金仏かなぶつ光りに禿はげ上っていて、細長い虫のような皺が、二つ三つ這っているのだが、後頭部うしろのわずかな部分だけには、嫋々なよなよとした、生毛うぶげみたいなものが残されている。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
髪の毛が少しあかく、まる顔のおちょぼ口で、眼はいつも泣いたようにしっとりしているし、ふっくらとした頬には水蜜桃すいみつとうのようなこまかい生毛うぶげが生えていて、笑うと唇の両はしにえくぼがよれた。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
打刀うちがたなを持つようになってからは、いよいよ思いあがった容態ようだいになり、生毛うぶげのはえた頬に懸髯をかけ、いちのたつ賑やかなところへ出かけては、わけもなく棚の八百物をとって投げ、道端の魚籠を蹴返し
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あの泣きぬれた生毛うぶげの魅力が、悩ましくも、彼の心を捉え、ひそかに覚えた、彼女の二の腕のほのかなる感触が、夜毎の夢となって、彼の魂をおののかせるのでありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
皮が生毛うぶげの下で薔薇色ばらいろを残している。どうしてわれわれがそれを苦しませたと思えよう。また、女どもが台所へ運んで行くあの血が、みんなこのからだから出たと思えよう。
そして桃を包んだそのもののような、生毛うぶげが生えている腕を露わに投げ出して、それには打たれても避けそうもない、まるで身体を擦り付けて来るようなものが感ぜられた。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かりに顎髭があるとしてもまだ生毛うぶげの程度に過ぎぬのである。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
生毛うぶげが生えてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
さっき、肌の生毛うぶげが、正午の陽ざしに燃えようとしたことも平気なら、今また、あられを含んだあの重い雲が、草原の上にひろがりかぶさろうとしていても、そんなことには頓着とんちゃくしない。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
睫毛まつげを一本一本かぞえることが出来る程も、目の前に迫った彼女の顔を、その睫毛が涙にふくらみ、熟し切らぬ桃の様に青ざめた、白い生毛うぶげの光る頬の上を、涙の川が乱れて、そして
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
生毛うぶげもとれぬ稚顔ちがおの頬に煙草の煙をまつわらせながら
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
庭の桜のまたになった枝の上に、鶸の巣があった。見るからに綺麗きれいな、まん丸によく出来た巣で、外側は一面に毛で固め、内側はまんべんなく生毛うぶげで包んである。その中で、ひなが四羽、卵からかえった。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
右の手は小さなしわが一本一本書いてあるのに、左の手は五本の指がある切りで、皺なんか一本もない、のっぺらぽうだよ……それから右の手には生毛うぶげだって生えているんだし……アラ、アラ、兄さん
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)