焦々いらいら)” の例文
けい (つい焦々いらいらして)子供が何時までも起きてるものじゃありません……お母さまはまだ御用があるんだから先におやすみなさい。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
そう考えると、武蔵は、豆腐くさい湯に焦々いらいらしてきた。すでに吉岡家へ宛てての決戦状は、名古屋から飛脚に託して出してあるのだ。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とにかく相手は法皇であって、西光や成親とはわけが違う、うかつに手の出せないことが、余計、彼を焦々いらいらさせていたのである。
三週間待つても、富岡が来てくれない事に、ゆき子は焦々いらいらして、雨の日であつたが、ゆき子は思ひ切つて富岡を尋ねて来たのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
焦々いらいらし、かえって脅えが増すばかりである。遂いにはその脅迫観念が彼を逆に攻勢的な気もちのなかに追いこんでしまった。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
車の中で私は前後を知らずにいることもあった。時々眼を覚ますと、あのお房が一週間ばかり叫びつづけに叫んだ焦々いらいらした声が耳の底にあった。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人に優れて身の立つような職能をとらえないでは生きて行くに危いという不安は、殊にあの心の底に伏っている焦々いらいらした怒ろしい想いにあおられると
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だが彼は妙に気がいた。無理をしまいと思うと猶更なおさら焦々いらいらした。時々箕島刑事の方に横眼を流して見ると、それとなく此方こっちを警戒して居る風があった。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
淋しい、焦々いらいらした日が三日、五日、十日とたち、世界は次第に夏らしくなりますが、あの落着おちついた青磁色の乙女は、それきり影も見せてはくれません。
美和子が前川の卓子テーブルへ行っている以上、近づくのも汚らわしいような気がしたが、それでも、そのままに傍観するのにはあまりに焦々いらいらして来る心だった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
御新造はいよいよ焦々いらいらして、いっそ死んでしまいたい、コレラにでもなってしまいたいと言い暮らしているうちに、いくらか神経も狂ったのかも知れません
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二葉亭にもし山本伯の性格の一割でもあったら、アンナにヤキモキもだえたり焦々いらいらしたりして神経衰弱などにかからなかったろう。社会的にも最少もすこし成功したろう。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
当初の意気ごみにもかかわらず、何かこの士族らに無作法なものを感じた。途端に焦々いらいらして来たのだ。一日中とびまわっていた身体も夜気に吹かれて疲れが出ていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
何処どことなく荒れて、留守の間のふしだらが思われ焦々いらいらはしたが、夏だったら、孫や曾孫ひいまごどもが群れ集まって邸中を荒らし回わっていように、もう、秋もなかばで
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
二人は、毎日、焦々いらいらしながら、あることを待っている。シュラー氏なる人物がやってきさえすれば、そこは千々子さまのことだから、なんとかうまくやるだろう。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
焦々いらいらしている耳に、内田さんの声が、「熊本さん、この頃、とても、しょげているのよ。可哀かわいそうよ」「ぼんちのことで」と誰か女のひとが、き返している様でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
まだがみがみいっている情婦の声が、何とも形容の出来ない程度にまでおれを焦々いらいらさせた。しかし癪にさわったのは、口汚ない文句ではなくて声であった。そうだ、あの声だ。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
つき妹に對して無用な口を利いたり焦々いらいらした素振を見せたりしたことを後悔した。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
日本の、家事をとり扱っている女の声が表面は優しく、しかし腹では焦々いらいらしているらしい情なさで聞える。何とか、遠慮がちな中国語で、母親が息子に云いきかせるのも聞えてくる。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
単純な充実じゅうじつした生活をする農家が今勝誇かちほこる麦秋の賑合にぎわいの中に、気の多い美的百姓は肩身狭く、つかれた心と焦々いらいらした気分で自ら己をのろうて居る。さっぱりと身を捨てゝ真実の農にはなれず。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
時々、自分は何か一足飛いつそくとびな事を仕出かさねばならぬやうに焦々いらいらするが、何をして可いか目的めあてがない。さういふ時は、世の中は不平で不平でたまらない。それが済むと、何もかも莫迦ばか臭くなる。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
神尾はひとりで留守居をさせられている時は気が焦々いらいらし、帰って来た瞬間は、人の気も知らないでといういまいましい気分になりますけれど、やがてあまえるような口をき出されると、つい
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
岩の上へ腰を掛け一息入れて休んだがその間も心は焦々いらいらした。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大尉の三角の眼は焦々いらいらしく燃えだした
動員令 (新字新仮名) / 波立一(著)
三味線棹しゃみせんざおが、壁に、鼻の下の長い自分をわらっているようにいやに長く見える。衣桁いこうに脱ぎすててあるふだん着の紅絹裏もみうらを見ても焦々いらいらする。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
媒介物によって身を終ってしまいたいような、そんな焦々いらいらした日も多いのだけれども、ほんとうはこれからいい仕事をしたいと思っています。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
正太もあまり口数を利かないで、何となく不満な、焦々いらいらした、とはいえ若々しい眼付をしながら、周囲あたりを眺め廻した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人はその紙一枚の隔ての左右に何方どちらがプロポーザーになるか、——いや男がイニシヤティヴを取るのを、苗子が焦々いらいらしながら待って居る様子だったのです。
だが、復一にはまだ何か焦々いらいら抵抗ていこうするものが心底に残っていて、それが彼を二三歩真佐子から自分を歩き遅らせた。復一は真佐子と自分を出来るだけ客観的に眺める積りでいた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところが或る夏の晩、プセットは肱掛椅子の上に寝ていたが、ふと焦々いらいらしく起きあがって、暗がりをのっそりのっそり歩きはじめた。外では、よその猫等がといの中でしきりに呼び声を立てていた。
老嬢と猫 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
それ故じき癇癪かんしゃくが起り、腹が減り、つまり神経が絶えず焦々いらいらしている気の毒な五十三の年寄りであったけれども、彼女の良人は、健康でこそあれもう六十で、深く妻を愛している矢張り一人の老人だ。
海浜一日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「まだかな」先刻さっきから焦々いらいらして居る辰爺さんが大声につぶやく。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
俺はこの頃そういう物のいい方をきくと焦々いらいらする。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
碁石を投げ出して、焦々いらいらしく酒盃を取り上げる。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
清盛は焦々いらいらしている。
しかし、この執着は、お蔦の美や気質きだてにあるのではなく、お蔦の持つ肌と唇にあるのだと気づくと、彼は、人知れず、焦々いらいらして
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はげしい叫声は私の頭脳あたまへ響けた。その焦々いらいらした声を聞くと、私は自分まで一緒にどうか成って了うような気がした。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
焦々いらいらするのは、詩一つ出来なかったからでしょう。巴里に帰ってみると、あてにしていた稿料が、本人行先不明で日本へ返されていたのにはがっかりしました。
文学的自叙伝 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「——何かして紛らしてゐなければ——独身女はしじゆう焦々いらいらしますのよ」
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
耕介は自分の頬をつまむ。長い顔がよけいに伸びて眼じりが下がる。何か人を揶揄やゆしているように見え、小次郎はすこし焦々いらいらした。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その焦々いらいらえ立つような光の中には、折角彼の始めた長い仕事が思わしく果取はかどらないというモドカシさが有った。かせぎに追われる世帯持の悲しさが有った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
楊白花のように美しいひとが欲しくなった。本を伏せていると、焦々いらいらして来て私は階下に降りて行くのだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
もっとも、石念のそれは、あの都から来たふたりの女性にょしょうがここに共に住むようになる前から、本質的に、なにか焦々いらいらしているふうが見えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
切りなほして貰つて来るから、安心して寝てるといゝ。焦々いらいらしたつてつまらないからね……。いゝかい、疲れが出たンだよ。雨にあたつたのがいけなかつたンだね
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
しまいには自分のからだまでその中へ巻込まれて行くような、可恐おそろしい焦々いらいらした震え声と力とを出して形容した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
地の下に、蚯蚓みみずが泣きぬいて、星の美しい夜となった。夜となれば暑い夏も、ずっと冷々ひえびえして、人間の心からも、焦々いらいらしたものをぬぐってゆく。
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
久し振りで見る高松の風景も、暑くなると妙に気持ちが焦々いらいらしてきて、私は気が小さくなってくる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
子供の泣声を聞きながら机にむかうほど、彼の心を焦々いらいらさせるものは無かった。日あたりの好い南向の部屋とは違って、彼が机の置いてあるところは、最早寒く、薄暗かった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と思うほど、毛穴が汗ばみ、焦々いらいらと、気がはやりかけたが、相手のふところは、洞窟のように、ちょっと測りきれなかった。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「云うもンか……あンなのを見ると、食えないで焦々いらいらしているところだ、赤くなりたくもなるさ」
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)