洋杖ステッキ)” の例文
熱くて脱いだ黒無地のべんべらが畳んであった、それなり懐中ふところ捻込ねじこんだ、大小すっきり落しにさすと云うのが、洋杖ステッキ、洋杖です。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幅員はばが三十三メートルもあるその大通りのまん真中を、洋杖ステッキをふりふり悠然と濶歩かっぽしてゆくのだった。こんな気持のよいことはなかった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこで、さきほどからの強雨はいくらか細めになったが、細身の洋杖ステッキ蝙蝠傘をとおして、私はまったくのずぶ濡れになってしまっていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
敬太郎はそのひまに例の洋杖ステッキ傘入かさいれからき取ったなり、き込むように羽織の下へ入れて、主人の座に帰らないうちにそっと表へ出た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、いよいよ目指す海岸へ出た喜びに、その辺の百日紅さるすべりの手頃な枝を切って、洋杖ステッキなぞを削りながら足も軽やかに、山を降りていたのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
伊藤公が、金の飾りのついた洋杖ステッキをかたわらに、何か書いた紙片を満鉄総裁中村是公なかむらぜこう氏、宮内大臣秘書官森泰二郎氏に示している。漢詩人森槐南もりかいなんが微吟する。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「えい!」肩にかけて投げようとした、とたんにどこから出たか二人の怪漢、あっ! と見る間に、後ろから太い洋杖ステッキのような物で、壮太の頭を殴りつけた。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
会長のK博士が温顔をきびしく結ばれて、此方こっち洋杖ステッキの音もコツコツとやって来られたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
中山帽子ダービイをかぶって、縁とりのモオニング・コートを着て、太い籐の洋杖ステッキを持って、そして口にはダンヒルのマドロス・パイプを銜えている。これが井深君の散歩姿である。
少女 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
外出する時は屹度中山高を冠つて、象牙の犬の頭のついた洋杖ステッキを、大輪に振つて歩くのが癖。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
新橋駅に降りた私はちいさな風呂敷包と、一本のさくらの洋杖ステッキを持つたきりであつた。
洋灯はくらいか明るいか (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼は洋杖ステッキをついたまま、薄すり緑がかって黄色いセルを着た朝子の姿を見上げた。
一本の花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
洋杖ステッキを持った手に二等の青切符を掴んで階壇を飛び降りて来た。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
村から僕は歸つてきた 洋杖ステッキを振りながら
南窗集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
と銀之助は洋杖ステッキを鳴し乍らちかづいた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
旅客は洋杖ステッキを持った手を拡げて、案外、とみまもったが、露に濡れたら清めてやろう、と心で支度をするていに、片手を衣兜かくしに、手巾ハンケチを。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これはどうしても森の中へ入って、探検しなければならぬと決心した大隅は、太い洋杖ステッキを握りしめて、森の方へドンドンと歩いていった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
がらにもない華奢きゃしゃ洋杖ステッキ蝙蝠傘などを買って来たのがそもそもの過りであった、私は苦笑して、その柄とさきとを両手に持った。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
帽子は手に持ったまま、はかま穿かずにへやを出ようとしたが、あの洋杖ステッキをどうして持って出たものだろうかという問題がちょっと彼を躊躇ちゅうちょさした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
片手に手鞄と洋杖ステッキ、片手に黒いベルベットの帽子を持って、おっとりと一歩一歩おひとがらに帰っていった。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その靴も靴下も帽子も、「女」の組の毛皮ショオルも、「男」の組の洋杖ステッキもすべて漆黒しっこくなので、女優たちのはだの色と効果的に対照してちょっと美術的な舞台面だった。
呆気あっけられて私は洋杖ステッキを振り上げたまま、夢に夢見る気持で、女の姿を見上げていたのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
いつでも黒の山高をきちんとかむって、洋杖ステッキを小脇にはさんで橋の上を歩いて行くのだったが、妙に蒼白い皮膚と、痩せた肩つきとが際立って見え、朝日に影をいた姿は妙にさびしかった。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
小川の家では折角下男に送らせようと言つて呉れたのを斷つて、教へられた儘の線路傳ひ、手には洋杖ステッキの外に何も持たぬ背廣扮裝いでたちの輕々しさ、畫家の吉野は今しも唯一人好摩停車場に辿り着いた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
……ぽう、ぽっぽ——可哀相ですけど。……もう縁側へ出ましたよ。男が先に、気取って洋杖ステッキなんかもって——あれでしょう。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大隅は手に持っていた洋杖ステッキをとりなおして、そこについていたボタンを押すと、把手ハンドルのところからサッと一どうの光が流れだした。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
兄夫婦は自分達より少し先へ行った。二人とも浴衣ゆかたがけで、兄は細い洋杖ステッキを突いていた。あによめはまた幅の狭い御殿模様か何かのあさの帯を締めていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
せいの高い後列の女優たちは、絹高帽シルクハットむちのような細身の洋杖ステッキを持っていた。前が「女」、うしろが「男」の組らしい。それがみんな、靴と靴下と帽子のほかは完全に裸だった。
片方の手に手鞄てかばんと細身のとう洋杖ステッキを持ち片方の手に黒いベルベットの帽子を持って帰ってゆかれるんだが、その歩きつきがまたひと足ひと足ゆっくりとみしめるようなぐあいで
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
店全体に漂っている悪臭に辟易へきえきして、洋杖ステッキの先で土間をコツコツと突きながら、こうした問答に耳を傾けていたのであったが、もしこれが妻とこんな経緯いきさつの下に来たのでなかったならば
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
洋杖ステッキを大きく振り𢌞し乍ら、目は雪曇りのした空を見詰めて、……。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
洋杖ステッキ蝙蝠傘こうもりがさ、麦藁帽などがかなりに、ほうりっ放しになっていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
春部が聞き返したが、帆村は、しばらく自分のすることを見ていれば分るといって、彼の持っていた洋杖ステッキの分解を始めた。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうしてこの凡庸ぼんような顔のうしろに解すべからざる怪しい物がぼんやり立っているように思った。そうして彼が記念かたみにくれると云った妙な洋杖ステッキ聯想れんそうした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「お邪魔をしましたな。」という声ぎっすりとして、車の輪のきしむがごとく、島野は決する処あって洋杖ステッキを持換えた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小刀を投げ付け、洋杖ステッキで右に払い左にいで、必死にふせぎましたが、犬はヒラリヒラリと躍り越えて、私は顔色を失いました。この時ばかりは、駄目だ! と、観念したのです。と、その途端
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
今夜は朝までに三千フラン勝って坂の上の駒鳥屋ロパンで私に一九三三年型の純モロッコの洋杖ステッキと、一流の拳闘選手が新聞記者に会うときに引っかけるような色絹の部屋着を買ってくれようと言うんですからね。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
両手りやうて洋杖ステッキ折鞄をりかばん
とんぼの眼玉 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大隅は、それに応えようともせず、例の殺人洋杖ステッキをドクトルの方に向けてみた。するとドクトルは平気な顔をしていた。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
庄太郎は仕方なしに、持っていた細い檳榔樹びんろうじゅ洋杖ステッキで、豚の鼻頭はなづらった。豚はぐうと云いながら、ころりとかえって、絶壁の下へ落ちて行った。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かつてまた、白墨狂士多磨太君の説もあるのだから、肉が動くばかりしばしもたまらず、洋杖ステッキを握占めて、島野は
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まして人と人——西のこころと東のこころ、と言ったようなことを、ともすると私は重苦しく考えている。が、都会の散歩者はもっと伊達だてで噪狂でなければならない。私も洋杖ステッキを振って頭を上げよう。
丁度ちょうど彼は永い間かかった或る仕事を片づけた直後で、なかば興奮し、そして半ば退屈を覚えて、いつも愛用の細身の洋杖ステッキをふりふり散歩をしていたのだった。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
濡れに寄るにも、袖によるにも、洋杖ステッキ溢出はみだしますから、くだん牛蒡丸抜安ごぼうまるぬきやすです。それ、ばかされていましょう。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「やあ」と受けこたえがあった。そのまま洋杖ステッキは動かなくなる。本来は洋杖さえ手持無沙汰なものである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
帆村のさしあげた洋杖ステッキの先に、雑木林の上に延び上っているような千早館のストレートきの屋根があった。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
箱を差したように両人気はしっくり合ってるけれども、その為人ひととなりは大いに違って、島野は、すべて、コスメチック、香水、巻莨シガレット洋杖ステッキ護謨靴ゴムぐつという才子肌。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「アハハハまた始まった。君は余計な事を云いに生れて来た男だ。さあ行くぜ」と太い桜の洋杖ステッキを、ひゅうと鳴らさぬばかりに、肩の上まで上げるやいなや、歩行あるき出した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
といって、北鳴は藤の洋杖ステッキの頭についたピカピカする黄金の金具を撫でながら、いぶかしそうに応えた。だがその言葉の語尾は、なんとなく怪しくふるえを帯びていた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
帽子を目深まぶかに、オーバーコートの鼠色なるを、太き洋杖ステッキを持てる老紳士、憂鬱ゆううつなる重き態度にて登場。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)