死骸なきがら)” の例文
と見れば、貞造の死骸なきがらの、恩愛にかれて動くのが、筵に響いて身に染みるように、道子の膝は打震いつつ、かすかに唱名の声が漏れる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「どう致しやして、せめて千浪様のお死骸なきがらでもと、随分手分けを致しましたが、その甲斐もなく定めしお心残りでごぜえましょう」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……金一郎様のお死骸なきがらを、親しく見ることが出来たなら、俺の奉ずる蘭医学をもって、きっと死因を確かめて見せる。だが俺は見ていない。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
丹波とお蓮様は数名の者に、源三郎の身がわりの死骸なきがらをかつがせて、泣きの涙の体よろしく、ここからただちに本郷妻恋坂の司馬道場へ帰る。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ト勇み立ちて、黄金丸まづ阿駒の死骸なきがらを調理すれば、鷲郎はまた庭にり立ち、青竹を拾ひ来りて、罠の用意にぞ掛りける。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「御隠居さま、まず、とっくりと、お目をお止めなすって——だれの死骸なきがらだか——どなたさまの、おなきがらだか、御覧なすって下せえまし」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
わらはの真心の程は、和尚の死骸なきがらを見てものあたりに思ひ知り給ふべしと、思ひ詰めたる女の一念。まなじりを輝やかす美くしさ。心も眩むばかり也。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
乳母 チッバルトどのゝ死骸なきがら取着とりついておきゃってでござります。彼方あちかしゃるなら案内あんないをしませう。
四人の死骸なきがらは谷中へ埋葬いたし、老人も落胆がっかり遊ばしていると、跡にとり残された岩次でございますが、まだ年も若いにいろ/\奇異のことを目前めのまえに見きゝいたし
マダムが病院から死骸なきがらで帰り、葬式とむらいを出すのとほとんど同時に、前からそんな気配のあった浜龍が、ちょうど大森へ移転する芸者屋の看板を買って、披露目ひろめをすることになり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
心臓の話といふのは外でもない、——忘れもせぬ、一八二一年五月、この英雄の死骸なきがらが棺に納められようといふ時、そばにゐた一人の軍医は馴れた手際で死骸から心臓を切り離した。
伏拜ふしをがみ世にもうれしげに見えにけるが其夜そのよ嘉傳次はひとりの玉之助を跡に殘しおく先立さきだつならひとは云ひながらゆふべつゆ消行きえゆきしは哀れはかなかりける次第なり感應院夫と聞き早速來り嘉傳次の死骸なきがら
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
死骸なきがらを葬った翌々日、私はひとり天主台に登りました。そして六蔵のことを思うと、いろいろと人生不思議の思いに堪えなかったのです。人類と他の動物との相違。人類と自然との関係。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
おびただしく流れたるが、見ればはるか山陰やまかげに、一匹の大虎が、嘴に咬へて持て行くものこそ、まさしく月丸が死骸なきがらなれば
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
武田信玄の死骸なきがらは、楯無たてなしのよろいに日の丸の旗、諏訪法性すわほうしょうかぶとをもって、いとも厳重に装われ、厚い石のひつぎに入れられ、諏訪湖の底に埋められてあり
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
折から沖をはるかに、光なき昼の星よと見えて、天につらなった一点の白帆は、二人の夫等の乗れる船にして、且つ死骸なきがらおもかげに似たのを、妙子に隠して、主税は高く小手をかざした。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こんしてじゅなるはかならずしも良縁りゃうゑんならず、こんして夭折えうせつす、かへって良縁りゃうえん。さ、なみだかわかして、迷迭香まんねんくわう死骸なきがらはさましゃれ。そして習慣通ならはしどほり、いっ晴衣はれぎせて、教會けうくわいおくらっしゃれ。
「一たい、この死骸なきがらを、どこへかつぎ込もうというのだね?」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「茴香剤は毒薬とは云え、後に痕跡を残します。……しかるに若殿の死骸なきがらには、なんの痕跡もなかったそうで」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
主人あるじはいとど不憫ふびんさに、その死骸なきがらひつぎに納め、家の裏なる小山の蔭に、これをうずめて石を置き、月丸の名も共にり付けて、かたばかりの比翼塚、あと懇切ねんごろにぞとぶらひける。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
カピ長 婚儀こんぎためにと準備よういした一さい役目やくめへて葬儀さうぎよういはひのがくかなしいかね、めでたい盛宴ちさう法事ほふじ饗應もてなしたのしい頌歌しょうかあはれな挽歌ばんか新床にひどこはなはふむ死骸なきがらようつ。
お父様の髑髏どくろで作ったところの、髑髏の盃を取り出して、木曽川の深所ふかみともえふちに、沈んでいるお父様の死骸なきがらへつなぎ合わせて、お上げしなければならない
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
みほうけても美しい。油屋お北の死骸なきがらは、赤いしごきを首にまとい、なるほどはりから下がっていた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
部落は平和に富み栄え、壺皇子は数百年活き延びたが、天寿終って崩御ほうぎょするや、人民達はその死骸なきがらを林の中へ埋葬し神に祀って壺神様と云った。御神体は活ける剣である。