東風こち)” の例文
吹きこめた北の風西の風がかすかな東風こちにかはらうとする。その頃になるときまつて私は故のない憂欝に心を浸されてしまふ。
東風こち すみれ ちょう あぶ 蜂 孑孑ぼうふら 蝸牛かたつむり 水馬みずすまし 豉虫まいまいむし 蜘子くものこ のみ  撫子なでしこ 扇 燈籠とうろう 草花 火鉢 炬燵こたつ 足袋たび 冬のはえ 埋火うずみび
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「あの東風こちと云うのをおんで読まれると大変気にするので」「はてね」と迷亭先生は金唐皮きんからかわ煙草入たばこいれから煙草をつまみ出す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
年頃としごろめで玉ひたる梅にさへ別れををしみたまひて「東風こちふかば匂ひをこせよ梅の花あるじなしとて春なわすれぞ」此梅つくしへとびたる事は挙世よのひとの知る処なり。
かすかな東風こちが、梅のかおりをほのかにおくってくる、かな女はそのかおりをきき澄ますようなしずかさで話しだした。
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「やはり外は冷たいの。この冷たい東風こちに馴れるまでのあいだであろう。いまに咳もやむ。もあたたかになろうし」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南風はえの時は何処、東風こちでは釣れぬ、そよそよ北風がよい、その他雨上り、水の濁り、曇り工合、又朝夕のマヅメ時——といつた状況が会得されてくる。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
冬中とざされてあったすすけた部屋の隅々すみずみまで、東風こちが吹流れて、町に陽炎かげろうの立つような日が、幾日いくかとなく続いた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
水嵩みずかさの増した渓流けいりゅうのせせらぎ松籟しょうらいひび東風こちの訪れ野山のかすみ梅のかおり花の雲さまざまな景色へ人を誘い
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
山三郎はじり/\して居りますが、何うも仕方がない、朝の内は西風ならいが吹き、昼少々前から東風こちから南風みなみかぜに変って、彼是れ今の四時頃に漸く浦賀へ這入りました。
ふいと風が吹立ツて、林はおびえたやうに、ザワ/\とふるへる……東風こちとは謂へ、だ雪をめて來るのであるから、ひやツこい手で引ツぱたくやうに風早の頬に打突ぶツかる。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
……なぜ、こうポカつくかといえば、この二三日、ずっと南よりの東風こちが吹いているからなんです。嘘だと思うなら、浅草の測量所へ行って天文方のお日記を見ていらっしゃい。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この土地の極寒には、民家の煙突から立ち昇る煙が、皆蝋燭を立てたやうに真つ直ぐになつてゐるのであるが、けふは少し西へ靡いてゐる。大洋から暖気を持つて来る東風こちが吹いてゐるのだらう。
東風こち吹かばにおいおこせよ梅の花、あるじなしとて春を忘るな」
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
うつせみの世ははかなしや風すらも西は東風こちにぞ吹きかはりぬる
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
〽五月西、春は南に秋は北、いつも東風こちにて、雨降ると知れ
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
東風こちと待ち南とも恋ふ風音を鎮もるひとや終日ひとひ聴きたり
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
東風こち吹くと語りもぞ行くしゅう従者ずさ 太祇たいぎ
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
年頃としごろめで玉ひたる梅にさへ別れををしみたまひて「東風こちふかば匂ひをこせよ梅の花あるじなしとて春なわすれぞ」此梅つくしへとびたる事は挙世よのひとの知る処なり。
秀政どのの御意ぎょい、まことに至言。世間の様態、ものにたとえて申すならば、吉野の桜、雪とけて、東風こちの訪れに会いたるごとく、人もみな、やがてお花見を
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まずまず、この年も今日一日になった。春になれば南か東風こちが吹きだすから、故郷へ吹き戻される便宜もあるだろう。いい年のはじめになるように、目出度く〆飾をして正月を迎えよう」
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
... それだから東風こちおんで読むと僕がせっかくの苦心を人が買ってくれないといって不平を云うのです」「こりゃなるほど変ってる」と迷亭先生は図に乗って腹の底から雲井を鼻のあなまで吐き返す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一、その外かすみ陽炎かげろう東風こちの春における、薫風くんぷう雲峰くものみねの夏における、露、霧、天河あまのがわ、月、野分のわき星月夜ほしづくよの秋における、雪、あられ、氷の冬におけるが如きもまた皆一定する所なれば一定し置くを可とす。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
如月きさらぎ近くを思わせる、ひややかな東風こちが吹きだして、小さい風のうずが、一月寺の闇に幾つもさまよっているようだ。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「昨日の約束を忘れたのか。くだした船を東風こちに乗せて国へのぼらせようという目出度い祝儀に、盃が下ったまま上らないのは縁起が悪い。房次郎よ、うたうのはやめて、早く盃をのぼらせないのか」
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
河内路かはちぢ東風こち吹き送る巫女が袖
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
太夫たゆう鹿の腰帯に、すそを上げて花結びにタラリと垂れ、柳に衣裳をかけたようななよやかさは、東風こちにもたえまいと思われるほど、細ッそりとした形である。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河内路や東風こち吹き送る巫女みこが袖
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
伝馬町の不浄門からぽい、と突き出されて、いきなり、娑婆しゃばの朝東風こちに吹かれた途端は、覚えているが?
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河内路かわちじ東風こち吹き送るみこが袖
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
しばらく、四天王寺にとどまっていた。そして、ふたたび草鞋わらじの緒を結ぶと、足を、河内路かわちじへ向けて、二月末の木の芽時を楽しむように、飄々ひょうひょうと、たもと東風こちにふかせてゆく。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河内路かはちぢ東風こち吹き送るみこそで
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「湖南の東風こち、鞍上の揺られごこち、何ともたまりません。——思わずうとうといたしました」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に、彼の人生観へも惻々そくそくと二月の東風こちのように冷たい息吹きをかけられた心地がした。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足がつかえたように、白々と吹く春先の東風こちの中に、又八は目瞬まばたいていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うすく埃の立つ東風こちの中を、駕は飛ぶ、駕は追う。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだ東風こちが肌寒い。翌年の二月初旬である。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東風こち一隊いったい
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)