木陰こかげ)” の例文
他にビクターにコルトーが二枚「椰子やし木陰こかげ」と「セキディリア」。それからビクターのイトゥルビの「コルドバ」は異色がある。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
には木陰こかげけてしんみりとたがひむね反覆くりかへとき繁茂はんもしたかきくり彼等かれらゆゐ一の味方みかた月夜つきよでさへふか陰翳かげ安全あんぜん彼等かれらつゝむ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
大きな雨滴あまだれの落ちる木陰こかげを急いで此方こなたにやって来たが、二三歩前で、清三と顔見合わせて、ちょっと会釈えしゃくして笑顔を見せて通り過ぎた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そののち彼はまたもみ木陰こかげへ帰って、しっかり剣をいだきながら、もう一度深い眠に落ちた。そうして三日三晩の間、死んだように眠り続けた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、彼は今年になつてはじめて、どこかの場末の町の木陰こかげに荷を下し休んでゐた金魚売を見た時の、その最初の感傷を忘れることが出来ない。……
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
はなやかないろなかに、白いすゝきを染め抜いた帯が見える。あたまにも真白な薔薇ばらを一つしてゐる。其薔薇ばらしい木陰こかげしたの、くろかみなか際立きはだつてひかつてゐた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
紅の葉、黄色の葉、大小さまざまの木の葉はたちまち木陰こかげより走りいでてまた木陰にかくれ走りつ。たちまち浮かびたちまち沈み、回転めぐりつ、ためらいつす。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その他の者は木陰こかげ木陰こかげに腰をおろして雑誌を読んだり、宿題を解いたりしていた。巌はずらりとかれらを見まわした、これというやつがあったら喧嘩けんかをしてやろう。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
けれど、彼女のそばに常にいる召使も、時折に伺候する家臣も諸侯も、彼女に会えばいつも花の木陰こかげいこうような平和をおぼえた。春の海に向うような寛さを覚えた。
日本名婦伝:太閤夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その木陰こかげ土弓場どきゅうば水茶屋みずぢゃや小家こいえは幾軒となく低い鱗葺こけらぶきの屋根を並べているのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おまけに住宅はまつ木陰こかげになっていて、海さえ見えぬほどふさがっていました。
今日きょうはある百姓ひゃくしょう軒下のきした明日あす木陰こかげにくち果てた水車の上というようにどこという事もなく宿を定めて南へ南へとかけりましたけれども、容易に暖かい所には出ず、気候は一日一日と寒くなって
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
勘次かんじにはかそびやかすやうにして木陰こかげやみた。かれ其處そこにおつぎの浴衣姿ゆかたすがた凝然じつとしてるのをむしろからはなれることはなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
はなやかな色のなかに、白いすすきを染め抜いた帯が見える。頭にもまっ白な薔薇ばらを一つさしている。その薔薇が椎の木陰こかげの下の、黒い髪のなかできわだって光っていた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
芝生しばふを隔てて二十けんばかり先だから判然しない。判然しないが似ている。背格好かっこうから歩きつきまで確かにたけしだと思ったが、彼は足早に過ぎ去って木陰こかげに隠れてしまった。
二老人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
一閲いちえつして、信長は露地へ出た。ぴょいと、木陰こかげへ退って、平ぐものように地にぬかずいた者がある。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうかするとくら木陰こかげ潜伏せんぷくしてよめくるまちかづいたとき突然とつぜんくるま顛覆てんぷくさせてやれといふやうな威嚇的ゐかくてき暴言ばうげんをすらくことがある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
林を貫くあたりは一直線に走りて薄暗きかなたより現われまた薄暗き林の木陰こかげに隠れ去るなり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
青いまつと薄い紅葉がぐあいよく枝をかわし合って、箱庭の趣がある。島を越して向こう側の突き当りがこんもりとどす黒く光っている。女は丘の上からその暗い木陰こかげを指さした。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
内親王のお用いになる糸毛いとげぐるまでもなし、従者も見えず、ただひとりの牛飼童うしかいわっぱが、ささを持って、秋のはいを追いつつ来るに過ぎないので、かれは、杉の木陰こかげにたたずみ、眼のまえを
この時青年わかものの目に入りしはかれが立てる橋にほど近き楓の木陰こかげにうずくまりて物洗いいたる女の姿なり。水にれし枝は女の全身を隠せどなおよくその顔より手先までを透かし見らる。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
麦畑を折れると、杉の木陰こかげのだらだら坂になる。二人は前後して坂を下りた。言葉を交すほどのいとまもない。下り切ってまばらな杉垣を、肩を並べて通り越すとき、小野さんは云った。——
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこにいたのは、まさしくどこかの藩士に違いない。野袴のばかま穿いて、見事な大小をさし、乗換馬のりかえうまを傍らの木につないで、今、弁当を食べ終えたらしく、小者の汲んで来た白湯さゆ木陰こかげで飲んでいた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)