“広東:カントン” の例文
“広東:カントン”を含む作品の著者(上位)作品数
海野十三4
岡本綺堂3
与謝野晶子2
服部之総2
吉行エイスケ2
“広東:カントン”を含む作品のジャンル比率
産業 > 運輸・交通 > 海運100.0%
歴史 > 地理・地誌・紀行 > 地理・地誌・紀行40.0%
歴史 > 日本史 > 日本史4.7%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
広東カントン服のお光さんに話せば、何とか、応急の策があるにちがいないが、そのお光さんの一定の住所というのを知らない。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたりの間には、同時に、おそろしく早口な、広東カントンごろつきのアクセントで、喧嘩じゃないかと思うような会話がはじまった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西洋においては露・英・仏・米・蘭の五国、漢土にては天津テンシン上海シャンハイ広東カントンの三港に日本商館を設け建つべし。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
* その後広東カントンを去る四、五十マイルの内地で見た物にくらべると、これ等は余程丈夫でも密実でも無い。
先人李石曹リーシーツワンは何故か同志の実戦に参加しないで上海より広東カントンに身を避けたのであった。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
五層の楼の上から一望すれば果てはなく、広東カントン全市の風と月の鑑賞の権利を一人占めにした思いである。
南半球五万哩 (新字新仮名) / 井上円了(著)
広東カントン製の大きい竹細工の蝦蟆がまを床の間に飾ってあるので、主人みずから青蛙堂と称している。
広東カントン人の用心深さが麻雀マアジャン、私から一千ドルをサルーンから投出してしまった。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
(おれは旅人たびびとらしい。わが家は、きっと、遠い広東カントン省かどこかにあるのであろう)
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
広東カントンが独立して以来にはかに断髪者が殖えたので剪髪せんぱつ店が大繁昌である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
東雅楼と云うのは南京町ナンキンまちにある、表の店で牛豚肉の切売もしている広東カントン料理の一ぜんめし屋なのであったが、四人が奥へ這入って行くと、
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「数年ならずして英蘭からチャグレスへ、チャグレスおよびサンフランシスコからシドニー、広東カントンおよびシンガポールへ汽船の定期就航を見るに至るだろう」。
咸臨丸その他 (新字新仮名) / 服部之総(著)
「それは第一が中華民国の上海シャンハイとか広東カントンとかいった方面から。第二は露西亜ロシアのウラジオから。第三は太平洋方面あるいはアラスカ方面から」
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
栄二 う……ん。いろんな所にいたよ。初めは北京にいたが、近頃ではずっと上海シャンハイにいた。その他広東カントンにもいたし、武昌ブショウにも永くいたね。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
この豪傑が暇さえあると、私だの同船の田中君だのを捉えては、三十何呎なんフィイト蟒蛇うわばみを退治した話や、広東カントン盗侠とうきょうランクワイセン
長江游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
数年ならずしてイングランドからチャグレスへ、チャグレスおよびサンフランシスコからシドニー、広東カントンおよびシンガポールへ、汽船の定期就航を見るにいたるだろう。
だが、いかに強力な補助金が与えられたにしても、一方サンフランシスコ・広東カントン(上海)間に石炭のための寄港地がなかったら、前記の技術条件の下では物にならない。
広東カントン盲妹もうまいという芸者があるということだが、盲妹というのは、顔立の綺麗な女子を小さいうちに盲にして特別の教養、踊りや音楽などを仕込むのだそうである。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
広東カントンあたりなら、この派手な花も大いにふさわしそうな気がするが。
奉天の総領事赤塚正助氏は正覚坊しやうがくばうのやうに酒が好きなので聞えた男だ。氏が前任地広東カントンから奉天への赴任途中久し振に郷里の鹿児島へ廻り道をした事があつた。
広東カントン製の竹彫りの人形にもなかなか精巧に出来たのがあります。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ヨーロッパにおける茶についての最も古い記事は、アラビヤの旅行者の物語にあると言われていて、八七九年以後広東カントンにおける主要なる歳入の財源は塩と茶の税であったと述べてある。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
広東カントンへの路は珠江をさかのぼる。船を住まいとする幾万艘をみつつ行く。ともづなをつなぎとめたのは植民州のはずれの岸であるが、市中の音や楼閣の姿がガラス窓を通して入ってくる。)
南半球五万哩 (新字新仮名) / 井上円了(著)
彼は釣糸も雑誌も弁当も煙管も、そこへ置きっぱなしにしたまま、自転車にひらりとうちまたがると、ペダルかき鳴らし、広東カントン郵便局まで電信をうつために力走また力走をつづけるのであった。
軍用鮫 (新字新仮名) / 海野十三(著)
家からの便りは、それゆえ、太平洋戦がはじまると間もなく広東カントンで受取つたきり、それが最後であつたから、一家をあげて父の郷里の宇都宮近在へ疎開しようとしている消息を知つているだけである。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
てう六時に船は港口かうこうり、暹羅シヤムの戴冠式に列せられる伏見若宮わかみや殿下の一行を載せて伊吹、淀の二艦と広東カントンから来た警備艦宇治の碇泊して居るあいだを過ぎ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ハルクがはじめて口をきいた、しかも片言ながら、とにかく広東カントン語で……。そして二人は、しっかり握手をしてしまったのである。そこで、さしものめんどうな胡瓜の缶詰事件も、一まず、かたづいた。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
広東カントンの勇士が方天戟ほうてんげきを操る如く、南洋の土人がブーメラングをろうする如く、米友は杖槍を投げては受留め、受留めては投げながら、川中島の川原の中でひとりたわむれている。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
並び広東カントン武漢ぶかん秋二つ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
広東カントン蜜柑みかんをむいたれば、
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
しかし『竜虎闘』とは一体どんな物かね? ある人はこれは蛇と猫を用い、広東カントンの貴重な料理で大きな宴会でなければ使わないと言ったが、わたしはかつて江蘇こうその飯屋の献立表でこれを見たことがある。
幸福な家庭 (新字新仮名) / 魯迅(著)
四川しせん広東カントンは? ちょうど今戦争の真最中だし、山東さんとう河南かなんの方は? おお土匪どひが人質をさらってゆく。もし人質に取られたら、幸福な家庭はすぐに不幸な家庭になってしまう。
幸福な家庭 (新字新仮名) / 魯迅(著)
賄ひ方は広東カントン人だつた。
汽船会社の先輩の世話で上海シャンハイ航路の汽船の事務員になって、上海へ往く途中で病気になり、その汽船会社と関係のある上海の病院に入院中、福岡県出身の男と知己しりあいになって、いっしょに広東カントンへ往き
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
春は、清明せいめいの後、秋は重陽ちようやうの後、順風を得て渡航するのを常としたが、朝鮮や遼東に向ふ者は対馬から、直隷、浙江せつかう、山東に向ふ者は五島から、福建、広東カントンに渡るものは薩摩から出発した。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
彼はシナ政府の態度に言い及び、広東カントン奉行の取り扱いをもって済ませるつもりであったのがそもそもの誤算であったと言い、政府で取り扱うまいとしたところから破裂に及んだと言い、広東奉行が全くのこしらえごとをして
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
前清ぜんしん乾隆けんりゅう年間のことだそうだ。広東カントンの三水県の県署のまえに劇場がある。そこである日、包孝粛ほうこうしゅくの芝居を上演した。包孝粛は宋時代の名判官はんがんで、日本でいえば大岡さまというところだ。
女侠伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
例の桃葉湯のような色をした海面には、やがて広東カントン料理になるべく宿命づけられているとも知らず、稜々たる三角形の鰭を水面に高くあらわして、近海産の世にも恐ろしきタイガー・シャーク、つまり短く書くと虎鮫が、幾百頭幾千頭と知らず
軍用鮫 (新字新仮名) / 海野十三(著)
広東カントン出来の錦襴の筒袖に蜀紅錦の陣羽織を羽織り、亀甲きっこう模様の野袴を穿き、腰に小刀を帯びたままゴロリとばかりに寝ていたが、くび周囲まわりに白布で幾重にもグルグル巻いているのがいつもの頭領とちがっている。
蜀山人しょくさんじんの狂歌に「さ蕨が握りこぶしをふり上げて山の横つら春風ぞふく」、支那にも蕨の異名を『広東カントン新語』に拳菜、『訓蒙字会』に拳頭菜など挙げいるから、これは一番野猪と蕨を題して句でも作れという事だろうと言うと、妻が横合よこあいからちょっとその電信を読みおわり、これはそんなむつかしい事でない。