“重陽”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
ちょうよう84.2%
ちようやう15.8%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
五節供の中でもいわゆる重陽ちょうようだけは、ことに中国から学んだ式典と、日本民間の古習とが、十分な調和を遂げていなかったように思う。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
が、梁山泊にとって、記念すべきこの重陽ちょうようの会は、決して無意味ではなかった。それは宣和せんな二年九月九日のことで、明ければ、
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
題して『十日の菊』となしたのは、災後重陽ちょうようを過ぎて旧友の来訪に接した喜びを寓するものと解せられたならば幸である。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
重陽ちょうようの日も旅にあって馬にまたがりつつあることを、「馬の背の高きに登り」と登高に擬して興じたのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
かくて、信玄は海津城に謙信は妻女山に相対峙すること十余日に及んで、いつか九月九日重陽ちょうようの節句になった。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
春は、清明せいめいの後、秋は重陽ちようやうの後、順風を得て渡航するのを常としたが、朝鮮や遼東に向ふ者は対馬から、直隷、浙江せつかう、山東に向ふ者は五島から、福建、広東カントンに渡るものは薩摩から出発した。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
大机重陽ちようやうすぎの父の日をしら菊さして歌かきて居ぬ
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
丁度九月九日重陽ちようやうの節句の日、善兵衞は御禮言上のため龍の口の上屋敷に參上、留守宅では、殿樣から拜領の菊の御紋のお菓子折を開いて、内儀のお絹中心に、丁子屋の奉公人——手代から下女下男に至るまで、主人善兵衞の福徳を祝ふことになつたのです。