塵芥ちりあくた)” の例文
何故なにゆゑ御前様おんまへさまにはやうの善からぬわざよりに択りて、折角の人にすぐれし御身を塵芥ちりあくたの中に御捨おんす被遊候あそばされさふらふや、残念に残念に存上ぞんじあげまゐらせ候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
むッとした容子だったが、大隅、薩摩、日向三カ国の太守と雖も、江戸八百万石御威光そのものなる御墨付の前には気の毒ながら塵芥ちりあくたです。
「……何でもない! そんな小さい私事はみな塵芥ちりあくただ。世を建直す大きな波へ浮び沈む塵芥ちりあくたよ。……目をくれている要もない」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お佐代さんにはたしかに尋常でない望みがあって、その望みの前には一切の物が塵芥ちりあくたのごとく卑しくなっていたのであろう。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
水底みづそこ缺擂鉢かけすりばち塵芥ちりあくた襤褸切ぼろぎれくぎをれなどは不殘のこらずかたちして、あをしほ滿々まん/\たゝへた溜池ためいけ小波さゝなみうへなるいへは、掃除さうぢをするでもなしにうつくしい。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さあ、雨戸をみんなあけて、ことしの家中の塵芥ちりあくたをさっぱりと掃き出して、のんきに福の神の御入来を待つがよい。万事はわしたちが引受けました。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
塵の効用 いったい世の中で、なんの役にもたたないものを「塵芥ちりあくた」といいます。だが、もし塵芥といわれる、その塵がなかったとしたらどうでしょうか。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
思いすてて塵芥ちりあくたよりも軽かりし命は不思議にながらえて、熱去り苦痛薄らぎ食欲復するとともに、われにもあらで生を楽しむ心は動き、従って煩悩ぼんのうもわきぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ええ? 黄金だと? それとはまるで大違ひ、黄金どころか、塵芥ちりあくたなんで……。いやはや、実に口にするのも穢らはしいものなんで。祖父はぺつと唾を吐いた。
いやいや、それは聞いて下さるな、同じ島に住んでいる間は、迂闊なことを云おうものなら、我身が危い、あの傴僂さんにかかっては、人間の命は、塵芥ちりあくたやでな。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
めるほどきたないものはちりかねなり」ということわざがあるが、これも貯めようによるべし、おそらく塵芥ちりあくたとても貯蔵ちょぞう法よろしきを得たなら、清くする工夫くふうもあろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
私の心の奥底には確かに——すべての人の心の奥底にあるのと同様な——火が燃えてはいたけれども、その火をいぶらそうとする塵芥ちりあくた堆積たいせきはまたひどいものだった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
英雄にあらずんば塵芥ちりあくた、中庸などは存在しなかった。これがそもそもわたしの身の破滅となったのだ。
遠くの沖には彼方かなた此方こなたみを粗朶そだ突立つつたつてゐるが、これさへ岸より眺むれば塵芥ちりあくたかと思はれ
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「自然を嘆賞してやまないのは、われとわが想像力の貧しさを語るものだ。僕の空想に描かれるものに比べると、こんな小川や岩ぼこは塵芥ちりあくただ、それ以外の何ものでもない。」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
気位が高くて私なぞはほとんど塵芥ちりあくた同然にしか見ていないことも、ようく心得ていた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
隣家との境の醜部露出狂のようなどぶに魚のうろこが一つかみ、ただれた泥と水との間に捨てられていた。溜ってぼろ布のように浮く塵芥ちりあくたに抵抗しながら鍋膏薬なべこうやくの使いからしが流されて来た。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
金銀財宝などは塵芥ちりあくたも同然だ、やがて、収穫とりいれの季節も終り、水車小屋が他人手ひとでに渡つたあかつきには、ヤグラ岳の山窩へなりとたむろして、ロビンフツドの夢を実現させようではないか
武者窓日記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
けよ! このむねよ! 破産はさんした不幸みじめこゝろよ、一思ひとおもひにけてしまうてくれい! 此上このうへらうはひれ、もう自由じいうるな! けがらはしい塵芥ちりあくため、もと土塊つちくれかへりをれ、きてはたらくにはおよばぬわい
杉林はいうまでもなく、植込はみな勝手なほうへ枝を伸ばしているし、池は干あがって塵芥ちりあくたまっているし、築山は去年の霜と雪で一部が崩れ、皮のげた傷痕きずあとのように赭土あかつちの肌が見えていた。
あだこ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
貞之進は始終耳をそばだてゝ居たが、ついに思う名を聴得なかったので、平日ふだんならば男児が塵芥ちりあくたともせぬほどのことが胆を落し、張合なげに巻煙草を吸附て居ると、その芸妓はこっち向きに居坐いざり直って
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
それを湯水、塵芥ちりあくたの如く扱うわけでもなく、量目の存するところは量目として説明し、換算の目算は換算の目算としての相当の常識——むしろ、富に於てはこれと比較にならない自分たちの頭よりも
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
獺は塵芥ちりあくたの中を這い廻って、5480
水底のその欠擂鉢、塵芥ちりあくた襤褸切ぼろぎれ、釘のおれなどは不残のこらず形を消して、あおい潮を満々まんまんたたえた溜池ためいけ小波さざなみの上なる家は、掃除をするでもなしに美しい。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遠くの沖には彼方かなた此方こなたみお粗朶そだ突立つったっているが、これさえ岸より眺むれば塵芥ちりあくたかと思われ
躍り立つやいな、事実、彼の左右の腕、両の足から、さながら塵芥ちりあくたみたいに人間がね飛んだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高邁こうまいの理想のために、おのれの財も、おのれの地位も、塵芥ちりあくたの如く投げ打って、自ら駒を陣頭にすすめた経験の無い人には、ドン・キホオテの血を吐くほどの悲哀が絶対にわからない。
デカダン抗議 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ましてや塵芥ちりあくたにも等しい陪臣共またものどもが、大藩の威光を笠に着て、今のごとき横道な振舞い致したとあっては、よし天下のすべてが見逃そうとも、早乙女主水之介いち人は断じて容赦ならぬ。
けれども葉子はどうしてもそれを口ののぼせる事はできなかった。その瞬間に自分に対する誇りが塵芥ちりあくたのように踏みにじられるのを感じたからだ。葉子は自分ながら自分の心がじれったかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
踏むより易いぞ、蹴ちらせ、あの塵芥ちりあくた
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)