固唾かたず)” の例文
成行如何固唾を呑んで居りましたが、二人は睨み合ったままスーッと別れて、紺野は玄関の方へ、香椎は客間の方へ足を返します。
向日葵の眼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
しいんと一斉に固唾を呑んだ黒い影をそよがせて、真青な月光に染まっている障子の表をさっとひとで冷たい夜風が撫でていった。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
私たちは俊夫君が何を言いだすかと、固唾をのんで待ちかまえました。すると俊夫君はいつものとおりの快活な口調で語りかけました。
白痴の知恵 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
大部分はその口上なんぞに頓着なく、これからまた梯子の上の一番にとりかかろうとする米友の姿を、固唾を呑んで見上げました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
最前から、酒の酔をさまして、固唾をのんでいた三名の野武士は、おやじの抗議を、尤もだというように、後ろでうなずいていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いまの目印の動きは、魚の当たりか、風のりか、その判断に固唾をのんでいる時に『帰ろう』と言う、父の言葉であったのだ。
楢の若葉 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
私は、大急ぎで階段を駈け降りて、有合せの下駄を突っ掛けたが、一足躍り出した途端に思わず固唾を呑んで、釘付けになった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
刑事たちは、固唾をのみました、そして、少しでも、その男に不審な挙動がありましたら、すぐ飛びかかろうという、身構えをしました。
若杉裁判長 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
若殿頼正を初めとし、船中の武士は云うまでもなく、岸に群がっている町人百姓まで、固唾を呑んで熱心に水の面を眺めている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
娘と劉がちょっと手をつないで軽く挨拶をしたとき、固唾をのんでいた観客も、はじめて気がついたように大きな喝采を送った。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そして子供たちは、ある時は固唾をのみ、ある時は歓声をあげる。そして五へんも六ぺんも、くり返してこの映画を見にいく。
ピーター・パン (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
わけても松本楼に程近い石畳の四辻は人の顔の山を築いて、まだ何も通らぬうちから固唾を呑んで、酔うたようになっていた。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「皆知っていますから、固唾を飲んで聞いていて、終ると直ぐに大喝采です。大将、それを自分がうまい所為だと思って、大喜びをします」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そして、そこにも魔王バリの面が発見された。ああ、その石壁一重の彼方は、館の何処であろうか。法水は固唾んで面の片眼を押した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして、それで、用が終ると、きっと斉彬は、机に向った。人々は、退出の外になかった。それを心得ていたから、名越は、固唾を飲みながら
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
尚お右京殿の使者も忍び姿にて人込みの中にれ込み、藤原其の他二三の侍も固唾を呑んで見張って居りまする。文治は静かに太刀を抜放ち
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
平兵衛も固唾をのんだ。が、彼はやがて、くしゃくしゃな渋め顔をして、ぷいと向うを向いてしまった。手が震えていた。
狐火 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
三四先客への遠慮からであろう。おきぬがみにってしまうと、徳太郎はじくりと固唾んでをひそめた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
知らずらず手に汗を握り、固唾み、体じゅうを硬張らせつゝ異様にかゞやきを増して来る彼のの中へ吸い込まれたようになっていると
はっと固唾をのむばかりの真剣さだったから、登勢は一途にいじらしく、難を伏見の薩摩屋敷にのがれた坂本がやがてお良をって長崎へ下る時
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
ピーンと壜に割目が入った。壜をグルグル廻してゆくと、しまいに壜の底がきれいに取れた。一同は固唾をのんで鍛冶屋の大将の手許を見ている。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
思わずグビリと圓太郎は固唾を呑んだ。冷たい夜風のなかから、甘い匂わしい黒髪の匂いがスーイと鼻を掠めてきた。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
あ、固唾を飲んでた処だ。符帳が合ったから飛出した、)と拳固で自分の頬げたをりながらいうんでしょう。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今にも階上で格闘が始まり、凄い物音の起こるであろう事を予期して、階下では皆身構えて固唾んでいた。
とにかく、そのひっそりしている合間は、人々が息を殺し、固唾を呑み、何事が起るかと思って動悸を速めている様子を、聞えるほどにしたのであった。
よくよく思ひつめたといつた風の、珍しく決然たる態度である。何しろ突然のことなので、争ひの内容は皆目わからない。部屋では一同固唾をのんでゐる。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
これから始まろうと云う公判を固唾を飲んで待ちかまえていた傍聴人を——そうですね、十四人でしたかね。
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
上陸が出来るか出来んかと皆固唾を呑んで待って居たがこの日は上陸が出来ずに暮れてしもうた。翌日の十時頃に上陸の事にきまったので一同は愁眉を開いた。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
久助は固唾をのんだ。鳥は次第に舞い下がってきて、静かな夜の空に一種の魔風を起すような大きい羽音は、だれの耳にも、もうはっきりと聞えるようになった。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
見物固唾をのんで見上ぐる五、六百尺の高空、ぽんと離れて間もなくパッと開いた落下傘で悠々降下。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「そうか」と、小平太はぐっと固唾を呑み下しながら言った。「よし、それでは俺が引請けた」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
固唾むようにして房枝の席のほうを見詰めていた生徒たちが、ひそひそときだした。房枝が拾ったのではないだろうか? そんなことが囁き交わされているのだった。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
二人は喰い終ってから幾度も固唾を飲んだが火種のない所では南瓜を煮る事も出来なかった。赤坊は泣きづかれに疲れてほっぽり出されたままに何時の間にか寝入っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
……その日、地上では研究所の所員たちが、この不具者の黒吉が、一体どんな「飛下り振り」をするか、と固唾をのんで、爆音を青空に流して快走する銀翼を凝乎と見詰めていた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
沖田刑事が固唾んだ。彼は自分から進んで訊問してみたいとさえ思った。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
彼はひとりでに気がむせんで来てごくりと音を立てて固唾をのんだ。その時ふとどうしたことか、彼は自分の耳元に彼女の囁き声が聞えたように思われたので、はっと驚いて振り向いてみた。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
一学の噂になると、みんな眼の色を変え、固唾を呑み、呼吸をはずませる。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
御簾を巻き上げて、双方の女房も固唾をのんで碁盤の上を見守っている。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
人々は固唾をのみ、瞳を見据えるようにして、見入りつづけるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
一同、固唾を呑むうちに、忽然と一方の壁の面に現出してきた人の姿!
観衆——それとも聴衆といおうか、とにかくみんな固唾を呑んでいる。
気の弱い彼の持病である脳貧血にかかって倒れるような失態を演じまいとして、肩を張らし、固唾を呑み、両手の指をにぎりしめてきいているのであったが、予審判事の剃刀のような視線に触れると
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
心配のきが起こった。彼らは固唾をのんでいた。それから皆一度に口をききだした。初めは、立ち聞かれるのを気づかうかのようにひそひそやっていたが、間もなく、調子が高まって激しくなった。
僕は、仕事場の壮麗な遠望に魂を奪われて固唾をのんだ。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
固唾を飲んでこの日を待っていたことだろうと思う。
社会時評 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
一座の人々は固唾を飲んで橘の言葉に聞入っていた。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は固唾を呑んでその様子を眺めたのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
次郎はごくりと固唾をのんだ。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
親しい同士が集った一座ですが、あまりの前口上の物々しさに、思わず固唾をのんで、名記者千種十次郎の若々しい紅顔を仰ぎました。
呪の金剛石 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
広間と縁側とで見物していた武士の連中は、固唾を呑みはじめました。犬殺しは、日頃の技倆を手際よく見せようという心であります。