そその)” の例文
クレメンテにそそのかされて我を狩りたるコセンツァの牧者、その頃神の聖經みふみの中によくこの教へを讀みたりしならば 一二四—一二六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
しかしまた葉子はどうかすると、庸三のそそのかしに乗ったふうにして、小河内の自宅へ電話をかけ、夫人と辞礼を取り交すこともあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おきぬの前にいた女中は悪い子ではなかったが、浮気な性分で、出入りのクリーニング屋の徒弟にそそのかされていなくなった。
早春 (新字新仮名) / 小山清(著)
流石さすがに声はひそめながら、お互にそそのかしあって、ばらばら石つぶてを打つ者もあった。おときは膝の上の物を畳に置いて、縁側まで出て行った。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
食慾を感ずるのは、胃袋が悪いんだろうか、そのそそのかすような甘いを持った紅い果実が悪いのだろうか、どっちだろうかと考えたほどだった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
扇太郎は巧みに娘をそそのかし、母の貯金の通帳を持ち出させて、郵便局から金を引き出し、娘を連れたままいずこともなく逃げてしまったのである。
身投げ救助業 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「毒婦だ毒婦だ……貴様は俺の伯父をそそのかして、俺の両親の財産を横領させた上に生命いのちまでも奪ってしまったろう……」
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しきりに南条なにがしが口頭に上ってくるのは、その以前、相模野街道で南条なにがしから、がんりきの百蔵がこういってそそのかされたことがある
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
世間ではあの老人が義政公を風流讌楽えんらくそそのかし、そのすきにまぎれて甘い毒汁を公の耳へ注ぎ込んだ張本人のように言う。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
と、たそがれの立籠めて一際漆のような板敷を、お米の白い足袋の伝う時、そそのかして口説いた。北辰妙見菩薩ほくしんみょうけんぼさつを拝んで、客殿へ退であったが。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その色彩の単純なだけに、心は何となき軽快を覚え、そそのかす様な草葉の香りを胸深く吸つては、常になき健康を感じた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
真に我々の魂に迫るものは、かえって抽象論理を以て我々をそそのかすものでなければならない、真理の仮面を以て我々をたぶらかすものでなければならない。
絶対矛盾的自己同一 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
人ごころの、自然な考え方は、かの女が、鳥羽のみこころをそそのかし奉ったもの——と、当然のように、思いたがった。
兄の子をそそのかして、あどけない葉書を復一に送らせ、その返事振りから間接に復一の心境を探ろうとしたりした。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
またある時は米屋の借金のいいわけは婦人に限るなど、そそのかされてびに行き、存外口籠くちごもりて赤面したる事もあり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
要するに夫も私も、互いが互いをけしかけ合い、そそのかし合い、しのぎけずり合い、どうにもならない勢いに駆られて夢中でここまで来てしまったのである。………
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
昔の瓦版かわらばんの読売が進化したようなもので、それでも小説と銘を打った、低級な小本には「千葉心中」と、あからさまな題名をつけて、低級な読者をそそのかした。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
山門さんもんと三井寺とは年来の確執じゃ。その三井寺に参詣して法師ばらをそそのかし、世の乱れを起こそうとてか」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「——一言で云えばこうさ、あれは、全部ではなくても、私についてのところは、どうもお前が佃さんに、暗々にでもそそのかされて書いたとしか思われないのさ」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それに耽読たんどくしていた雑誌や新刊書が虚栄心をそそのかさずにはいなかった。私は創作家になろうと決心した。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
その願が古寺や古仏にどんな風にあらわれているか、仏教をうけ入れたときの上代人のうれいや、法悦や、云わば歴史と宗教は一緒になって、私をそそのかしたのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
「軍資金は僕達が調達するからしっかりやり給え。」などと云って、公然とそそのかす者さえあった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
かように義務心の強い男をそそのかして見当違の方角へ連れて行ったのは、全く余の力である。その代り哈爾賓を見て奉天へ帰るや否や、橋本は札幌さっぽろから電報をかけられた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そそのかすようにいいながら、たたっ——と、空足からあしを踏んで見せたその響きに、寄せられたように二人の手先が、銀磨きの十手を振りかぶって、まりのように飛び込んで来た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そいつは、頼みもしないのに、俺達をそそのかして、おけらの足に糸をつけ、玩具おもちゃの車を引張らせる奴さ。帆立貝ほたてがいの中に俺達を閉じ込めて、宇宙うちゅうの真底を見せてくれない奴さ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
これはマベ貝が、普通の真珠貝、つまりアコヤガイに比較して、大型の真珠を提供するからですが、で、ふと軽い暗示にそそのかされた私は、早速このマベ貝を一つ打ち砕いて見ました。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
私は彼の好意にそそのかされて、創作欄に百枚ちかい小説を執筆することになった。
手置のよろしからぬ横町、不性なる裏通、屋敷町の小路などの氷れる雪の九十九折つづらをりある捏返こねかへせし汁粉しるこの海の、差掛りて難儀をきはむるとは知らず、見渡す町通まちとほり乾々干からからほしかたまれるにそそのかされて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
同志などという弥次馬連中にそそのかされたんでもなければ、それかと言って、禹徳淳のように、例えば今日伊藤を殺しさえすれば、同時にすべての屈辱が雪がれて、明日にも韓国が独立して
その時フ一計を案出し、フリーネをそそのかしてその乳房をあらわさしめた。
あの人は何事もないような顔をして、いろいろ私をそそのかすような、やさしいことばをかけてくれる。が、一度自分の醜さを知った女の心が、どうしてそんなことばに慰められよう。私はただ、口惜くやしかった。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼には自分が何ものかにそそのかされているという考えが湧いて来た。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
「惣坊、お前は餓鬼達にそそのかされたんだろ。」
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
そそのかされて正直に、父のからだに取付きつ
磯馴松 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
誰れぞ、彼等をそそのかし
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
しかし小夜子が彼の屋敷を出たのには、切れても切れられない関係にあった、長いあいだの男のそそのかしにもるのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
世間ではあの老人が義政公を風流讌楽えんらくそそのかし、そのすきにまぎれて甘い毒汁を公の耳へ注ぎ込んだ張本人のやうに言ふ。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
竹山自身も亦、押へきれぬ若い憧憬あこがれに胸をそそのかされて、十九の秋に東京へ出た。渠が初めて選んだ宿は、かの竹藪の崖に臨んだ駿河台の下宿であつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
嵯峨源氏のせがれ達が、将門の叔父の大掾国香や良正、良兼などに、うまくそそのかされて、野爪に待ち伏せした事の——失敗から大きくなった戦火である。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな子供じみた行動さえが、私たちにとっては一つの小さい冒険であった。私は自分にそそのされたのぶちゃんが従順に附いてきたことに気をよくしていた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
英三との縁談が降って湧いたとき、なぜ自分をそそのかして、共にこの町から逃げようとはしなかったのだろう。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
「女道楽はなお更のことさ。人にそそのかされて惚れたれたもないではないか。ねえ、蝶ちゃん。僕はこれでも下町の多くの若旦那衆の中で童貞の唯一人者なんだぜ」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
内藤大いに怒って、「この野狐奴のぎつねめが、主君をそそのかして、無謀の戦を催し、武田家を亡ぼそうと云うのか。柄にない軍事を論ずる暇があらば、三嶽の鐘でもたたけ」とののしった。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と、主人にそそのかされて、いずれも、大刀を引き寄せると、足袋たびはだしで、庭上に飛び下りた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
本能的動物は悪魔にとらわれるということはない。直観とは、我々の行為を惹起じゃっきするもの、我々の魂の底までもそそのかすものである。然るに人は唯心像とか夢想の如くにしか考えていない。
絶対矛盾的自己同一 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
「やあ、しばらく」と云って代助の前に立った。代助も相手にそそのかされた様に立ち上がった。二人は立ちながら一寸話をした。丁度編輯のいそがしい時でゆっくりどうする事も出来なかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二六時中、人間のような声を出して怨念が耳元でそそのかす。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それが苦手で、ついに宇津木兵馬をそそのかした。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「香に迷ふ」とか云ふので、もとより端物ではあるけれど、濃艶な唄の文句が酔ふた心をそれとなくそそのかす。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その果に、彼女の良人と選ばれた甚三郎を、自滅させる為に、二人の浪人を雇って、歌仙本を盗めとそそのかし、城内へ忍び込む手引までしてやったものである。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)