初夏はつなつ)” の例文
途中建場茶屋たてばぢゃやで夕飯は済みました——寺へ着いたのは、もう夜分、初夏はつなつの宵なのです。行燈あんどんを中にして、父と坊さんと何か話している。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
砂浜はギラギラと光り、陸に海に喜戯きぎする数多あまたの群衆は、晴々とした初夏はつなつの太陽を受けて、明るく、華やかに輝いて見えた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
初夏はつなつの微風はやわらかく窓をうつ。この緊張した室に、ふくよかな微笑みをおくりこむ、あゝ快き初夏なるかな。僕もすつかり元気を回復した。
〔編輯余話〕 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
夥しい煤煙の爲めに、年中どんよりした感じのする大阪の空も、初夏はつなつの頃は藍の色を濃くして、浮雲も白く光り始めた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
明るくしろ初夏はつなつの日ざしが、茂り合ったみどり草の網をすかして、淡く美しく、庭のもに照り渡り、やわらかな光線は浅いひさしから部屋の中へも送って来ます。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
お吉を帰すと、彼はやがて、りすぐった小鳩を一羽ふところに入れ、初夏はつなつの陽がかがやかしい青田や梨の木畑の道を急いで、異人墓いじんばかの丘へ登って行った。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小野田が田舎へ立ってから間もなく、急に浜屋に逢う必要を感じて来たお島が、その男に後を頼んで、上野から山へ旅立ったのは、初夏はつなつのある日の朝であった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
馬車をりると折好く蒸汽が来た。初夏はつなつのセエヌ河の明るい水の上を青嵐あをあらしに吹かれて巴里パリイはひつた。アレキサンダア三世けうの側から陸にあがつて橋詰で自動車に乗つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
初夏はつなつ夕映ゆうばえの照り輝ける中に門生が誠意をめてささげた百日紅ひゃくじつこう樹下に淋しく立てる墓標は池辺三山の奔放淋漓りんりたる筆蹟にて墨黒々と麗わしく二葉亭四迷之墓とろくせられた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
午後の日射は青田の稲のそよぎを生々と照して、あるなきかの初夏はつなつの風が心地よく窓に入る。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
初夏はつなつひかりらされて、そのあか馬車ばしゃは、いっそうあざやかに、いろえてられました。そして、あおうみいろ反映はんえいして、うつくしかったのでした。馬車ばしゃはしって、はしっていきました。
初夏の空で笑う女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうこうするうちにまたそれから一年目の圓朝三十歳の初夏はつなつがきた。慶応四年だった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
季節は移つてきて、香水の欲しい初夏はつなつとなつた。シヨウ・ヰンドウにも、美しい香水の瓶や、香水吹きがならべられる。デパートの香水売場で、若い婦人だちの香水撰択の情景が繁くなる。
「もうお前様のお心にはわしが事などござりますまいが、わしが心にはお前様の事がいまだに鮮明はっきり残っています……忘れもしない十年前の、しかも初夏はつなつの真昼頃じゃ、お前様と俺とはこの木蔭で……」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
初夏はつなつの玉のほら出しほととぎすきぬ湖上のあかつきびとに
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
自動車の中には、さわやかな初夏はつなつの宵があった。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
びろがしはだゆげに、かぜゆらゆる初夏はつなつ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
初夏はつなつにふさはしい滿目の輕げな裝ひ
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
眼を誘ひ、げに初夏はつなつ芍藥しやくやく
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
しづかな静な初夏はつなつ
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
なき母をあこがれて、父とともに詣でしことあり。初夏はつなつの頃なりしよ。里川に合歓花ねむあり、田に白鷺しらさぎあり。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは丁度初夏はつなつ頃の陽気で、肥ったお島は長い野道を歩いて、脊筋せすじが汗ばんでいた。顔にも汗がにじんで、白粉おしろいげかかったのを、懐中から鏡を取出して、直したりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
初夏はつなつのあるのこと、露子つゆこは、おねえさまといっしょに海辺うみべあそびにまいりました。
赤い船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
マロニエの木立こだちが一斉にやはらかい若葉を着けたので、巴里パリイの空の瑠璃るり色のすみ渡つたのに対し全市の空気が明るい緑に一変した。これが欧洲の春なのであらうが僕等には冬からぐに初夏はつなつが来た気がする。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
やをれ、此方樣こなさま初夏はつなつ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
初夏はつなつのあかつきの雨。
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
春は過ぎても、初夏はつなつの日の長い、五月中旬なかば午頃ひるごろの郵便局はかんなもの。受附にもどの口にも他に立集たちつどう人は一人もなかった。が、為替は直ぐ手取早てっとりばやくは受取うけとれなかった。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
去年薬くさい日本橋で過した初夏はつなつを、お庄は今年築地の家で迎えた。浅草から荷物を引き揚げて来たころから見ると、叔父の体は一層忙しくなっていたし、家も景気づいていたのだ。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
毎年まいとし初夏はつなつのころのことであります。この海岸かいがんに、蜃気楼しんきろうかびます。
初夏の空で笑う女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
相見あひみそめしは、初夏はつなつ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
初夏はつなつが来た、初夏はつなつ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
あなた方はそうした格子戸を開けて、何といって声をお掛けになりましょうかしら……おかしな口のきき方です、五月雨時つゆどきの午後四時ごろ、初夏はつなつ真昼間まっぴるまだから、なおおかしい。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初夏はつなつが来た、初夏はつなつ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
初夏はつなつが来た、初夏はつなつ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)