おお)” の例文
しかし、駆黴剤くばいざい浸染しみはかくしおおせぬ素姓をいう……、いまこの暗黒街をべる大顔役ボス二人が、折竹になに事を切りだすのだろう。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それを引受けた犬殺しは、商売だから論外に置くとしても、彼等はそれを引受けて、見事やりおおせるつもりで出て来たのか知らん。
……おれはどうしてこんなおれの姿をこいつに隠しおおせることが出来なかったのだろう? 何んておれは弱いのだろうなあ……
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
何でも明日にでも牝牛を売るような口ぶりにはみんなも驚いて笑い出した。だがとにかくすっかり中心人物になりおおせた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
特にあの身を投げようとまでした、美しい娘、わざと命の親の鳴海を、竹町の乳母の家に案内して、自分の家も名前も隠しおおせた不思議な賢こい娘。
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
このまちへ一歩踏みこむと肩の重みがすっと抜け、ひとはおのれの一切の姿勢を忘却し、逃げおおせた罪人のように美しく落ちつきはらって一夜をすごす。
ダス・ゲマイネ (新字新仮名) / 太宰治(著)
吾子わこよ。吾子のおおせなんだあらび心で、吾子よりももっと、わるいたけび心を持った者の、大和に来向うのを、待ち押え、え防いで居ろ、と仰せられた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「処士の身分で華美きらびやかな振舞、世の縄墨を乱す者とあって、軽く追放重くて流罪、遁れおおすことはよもなるまい」
正雪の遺書 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
淡しとは単にとらえ難しと云う意味で、弱きに過ぎるおそれを含んではおらぬ。冲融ちゅうゆうとか澹蕩たんとうとか云う詩人の語はもっともこのきょうを切実に言いおおせたものだろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、どうなりそれをやりおおせると、彼はなるだけ体を動かさない工夫をして、遠くの物音に聴耳ききみみを立てた。おりおり男衆の騒いでいるらしい声がきこえて来た。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
隠しおおせた犯罪や、人に云い得ずに死んだ秘密の数々が、血塗ちまみれの顔や、首無しの胴体や、井戸の中の髪毛かみのけ、天井裏の短刀、沼の底の白骨なぞいうものになって
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし又泰然と偶像になりおおせることは何びとにも出来ることではない。勿論天運を除外例としても。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただ無計画に筆をつけはじめ、勢いに駆られてめくら滅法に書きおおせたというに過ぎない。終始漫然として断片的な資材を集めたに過ぎない。釘も打たずかすがいもかけていない。
然しその瞬間に彼は偽善者になりおおせてしまっているのだ。彼はその心に姦淫かんいんしつづけなければならないのだ。それでもそれは智的生活の平安の為めには役立つかも知れない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ですから、誰かが窓から品物を渡してくれさえすれば、私は巧くやりおおせてごらんに入れます。あの子はあとで眼を覚して、魔法使でも来ていたのだろうと思うでございましょう。
それを事も無げにおおせているのは、大体そのころの男女の会話に近いものであったためでもあろうが、それにしても吾等にはこうは自由に詠みこなすことが出来ないのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
言いかえると、この説の誤解され易い点は、それが一見したところ、飜訳の生理とか心理とかったものから、論理面だけを単純に切取きりとおおせているように見えるところにあると思う。
翻訳の生理・心理 (新字新仮名) / 神西清(著)
夫人の変装術に巧妙なのは知っているが、こうまで巧みに化けおおせるとは思わなかった。しかし他人ならいざ知らず、助手が見破れなかったのは少々心細い、私は何だか気まりが悪くなった。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
彼はその精神的野心を一同に隠しおおせるほど賢くなかったのである。
大噐晩成先生はこれだけのはなしを親しい友人に告げた。病気はすべて治った。が、再び学窓にその人はあらわれなかった。山間水涯さんかんすいがいに姓名をうずめて、平凡人となりおおするつもりに料簡をつけたのであろう。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その朝私はどうにか配達をやりおおせた。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
高々と枯れおおせたるすすきかな
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
首尾よく縁の下へ潜りおおせたか、それともその辺に忍んで立聞きをしているのだかわかりませんが、とにかく、それっきり姿を消してしまいました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自由にあこがれてこの美しい令嬢は、父と、家名とにそむいて、文筆労働者の群に投じ、とうとう名を変えて東京新報の女記者になりおおせて居たのです。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
この落ちつきがなければ、男子はどんな仕事もやりおおせる事が出来ない。伊藤博文だって、ただの才子じゃないのですよ。いくたびもつるぎの下をくぐって来ている。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それは果して私達を本当に満足させおおせるものだろうか? 私達がいま私達の幸福だと思っているものは、私達がそれを信じているよりは、もっと束の間のもの
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
まんまと首尾よく私を欺しおおせる一方に、事情を知っている鮮人朴を射殺しながら、情夫の樫尾と共にどこへか姿をくらました稀代きだいの毒婦であった……という事実が
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかも、その源氏名の濃紫こいむらさきと云う名を、万延頃の細見で繰ってみれば判る通りで、当時唯一の大籬おおまがきに筆頭を張りおおせただけ、なまじなまなかの全盛ではなかったらしい。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
やりおおせたじゃありませんか?——そんなことはどうでもいことです。さあ、早く御逃げなさい
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
音さえ出なけりゃと云うが、音が出なくてもかくおおせないのがあるよ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おれは、此世に居なかったと同前の人間になって、うつの人間どもには、忘れおおされて居るのだ。憐みのないおっかさま。おまえさまは、おれの妻の、おれに殉死ともじにするのを、見殺しになされた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
二十年はおろか三年だってつとおおせる人はないだろう。
最後まで助けおおすつもりならば、人の手や、馬の力を借る必要はない。あくまで自分の背に負い通して行くこと。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ビックリ仰天して逃出すと、頭の上から大鷲が蹴落しに来る。枝の間をつたわって逃げおおせたと思うと、今度は身体からだ中にだにがウジャウジャとタカリ初める。山蛭やまひるが吸付きに来る。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
承れば、その頃京都では、大石かるくて張抜石はりぬきいしなどと申す唄も、流行はやりました由を聞き及びました。それほどまでに、天下を欺きおおせるのは、よくよくの事でなければ出来ますまい。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「話したまえ、少しでも我々の耳へ入ったら、隠しおおせるものでは無い」
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
し相手がそんな姑ではなくて、もっと率直な圭介だったら、彼女は彼を苦しめるためにも、自分の感じている今の孤独の中での蘇生のよろこびをいつまでもかくおおせてはいられなかっただろう。……
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「なぜ、あんなツマらないことをしたのだ、盗むくらいなら盗みおおせたらいいだろう、わざわざ人の前へ持って来て吐き出して見せるなんぞは、憎い仕業だ」
第一の夫は行商人ぎょうしょうにん、第二の夫は歩兵ほへい伍長ごちょう、第三の夫はラマ教の仏画師ぶつがし、第四の夫は僕である。僕もまたこの頃は無職業ではない。とにかく器用を看板とした一かどの理髪師りはつしになりおおせている。
第四の夫から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その皮をき損ずるか、剥きおおせるかによって議論も定まるし、自分たちの腕も定まるのでありました。
果して馬自身でやりおおせるかどうか、疑問に思われます
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし、こうなってみると、これから後、どこまでムク犬が逃げおおせられるかどうかは疑問であります。
この分では、道中、相当にかくしおおせて、京都へ着く時分には、地髪で通れるようになるだろう。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あんじょう、悪い奴。悪い奴なればこそ、こうして腕を切られても逃げおおせたと見えますなあ」
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
仮りにも人間の手を経て作られたワナは、さる小動物の蠢動しゅんどうによって、左様に容易たやすく改廃さるべきものではないのに、二つとも、完全に逃げおおせたのは、見えない眼前の事実。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
斯様かように捕方に囲まれずとも、このままで逃げおおせるものではない、山野を駈けめぐっているうちに、飢えと疲れが眼の前へ来て、やがて見苦しいザマで引戻されるにきまっている
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
無論、いいかげんのお座なりでごまかしおおせる相手ではなし、そうかと言って、駒井甚三郎に引合わせようなどは以てのほかです。会わせないと言えば、こだわりをつけるに相違ない。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一度、馬喰町の火事の時、馬にて火事場へ乗込みしが、今井帯刀という御使番にとがめられて一散に逃げたが、本所の津軽の前まで追いかけおった、馬が足が達者ゆえ、とうとう逃げおおせた。
不足をとなえたのはああいう勝気な女の常で、そのくせ、よくあの暮しに辛抱して世話女房をつとめおおせたものだ……情に強いようで実はきわめてもろい女である、自分を誤ったのがあの女の罪か
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
果して隠れおおせてこの地を逃げ延びることができればそれは結構であるけれど、もうその評判がお松の耳にまで聞えるようになっては、この狭い天地でさえも危ない——とお松はそれを考えると
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)