乳呑児ちのみご)” の例文
旧字:乳呑兒
叔母のような家庭的な人の口から、意外な答を聞いたという面持で、豊世は母衣蚊屋ほろがやの内にスヤスヤ眠っている乳呑児ちのみごの方を眺めた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
四、五人寄添よりそってひたいをつき合せながら、骨牌かるたを切っているものもあれば、乳呑児ちのみごひざの上にして、鏡に向って化粧をしているものもある。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
算哲博士が乳呑児ちのみごのうちに海外から連れて来て、四十余年の間館から外の空気を、一度も吸わせたことがないと云うのだからね
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
これは恨みかさなるお瀧と松五郎を殺して、自分は腹でも切って死のうと云う無分別、七歳なゝつになります男の子と生れて間もない乳呑児ちのみごを残し
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それは、作兵衛じいだけには出来る。なぜとくのも野暮やぼではないか。作兵衛爺は、岩松の親だ。乳呑児ちのみごの時から男の手一つで育てて来た親だ。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
乳呑児ちのみごのまま復一を生みのこして病死した当家の両親に代って復一を育てながら家業をぐよう親類一同から指名された家来筋の若者男女だったのだから。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ことにまだ乳呑児ちのみごらしいのを背にして、この夜中に、人もあろうに、自分を呼びかける人の心は計られぬのです。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
乳呑児ちのみごをねんねこで背負つた女が、しばらく門前をうろうろしたあげく、ためらうように玄関の呼鈴を押した。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
あの時に残りの力をしぼりきったのだろうと、皆そういいあって、そんなからだになっても乳呑児ちのみごが、すきを見ては胸にすがりつこうとするのをいとしがった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
ねつかぬ乳呑児ちのみごおどすたよりとなるをも知らず、今こそはおのれの天地なれといい顔に、犬の高き遠吠とおぼえを火の見やぐらに響かすとも知らず、すさまじき風の吹き来りて
一夜のうれい (新字新仮名) / 田山花袋(著)
二人の土工はその店へはひると、乳呑児ちのみごをおぶつたかみさんを相手に、悠々と茶などを飲み始めた。良平は独りいらいらしながら、トロツコのまはりをまはつて見た。
トロツコ (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
お磯の家は相当の百姓だったそうですが、親父の駒八の代になってから、だんだんに左前ひだりまえになって総領娘のお熊に婿を取ると、乳呑児ちのみごひとりを残して、その婿が死ぬ。
乳呑児ちのみごから乳離ちばなれ以後、それから成童せいどうになるまで一々順序を追ってその食物を変えなければならん。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
乳呑児ちのみごを抱いたまま健三の前へ出た彼女は、寒いほおを赤くして、暖かい空気のなかしり落付おちつけた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乳呑児ちのみごの時から、民子はしょっちゅう家へきて居て今の政夫と二つの乳房を一つずつ含ませて居た位、お増がきてからもあの通りで、二つのものは一つ宛四つのものは二つ宛
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
随分長い談判の結果、母は帰ってもいいが、乳呑児ちのみごをどうするということに悶着もんちゃくが起きた。
女は乳呑児ちのみごを胸に抱いている。女のまわりには、見ただけで農夫の子供たちとわかるような二、三人の子供たちが遊んでいた。しかし、女はこの子供たちの母親とは見えなかった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
下女げじょれていた醜女みにくいおんなばかりをともなうてたので、そうしてこのおんなには乳呑児ちのみごがあった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかしある女の腰ひもにそのふとった乳呑児ちのみごがあばれながらくくりつけられるのを見た時、彼はついにわれを忘れて叫び、そして後ろにいる男に倒れかかったことを自ら知らなかった。
着けたりといえどもさる友市ともいち生れた時は同じ乳呑児ちのみごなり太閤たいこうたると大盗たいとうたるとつんぼが聞かばおんかわるまじきも変るはちりの世の虫けらどもが栄枯窮達一度が末代とは阿房陀羅経あほだらぎょうもまたこれを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
乳呑児ちのみごで人手に渡して以来二十何年も会わない娘のお高が来たのに、迎えに立とうともしなかった。といって、格別うるさがっているようすもなく、来たものだから会おうという顔だ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
乳呑児ちのみごのために
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
家内と乳呑児ちのみごとを置いて一足ひとあし先に妻籠の方へ帰って行った。そのあとには一層半蔵やお民のそばへ近く来るお粂が残った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
絵師が凧の絵を描いてしまうと、その後ろに乳呑児ちのみごを抱いて控えていた、この絵師の女房らしいのが直ちにそれを受取って、子供のために糸目をつけてやる。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
無官太夫敦盛むかんのたゆうあつもりの死後、その妻が乳呑児ちのみごかくすにもよしなく、この下り松の根元へ捨児すてごしたのを、黒谷の法然上人ほうねんしょうにんが拾い上げて育てたということが、名跡志に載っている。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いくらか赤味を帯びた京子の柔い髮の毛が、乳呑児ちのみごのようにかぼそいうなじに冠り、抱えて見て可憐かれんそうな体重の軽さ。背中を撫でると、かすかに寝息のような息づかい。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
母親が雉の肉を食べると翌日あくるひ乳呑児ちのみごの顔へ発疹ふきでものが出来るという事はよく聞いております。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
細君は乳呑児ちのみごを一尺ばかり先へ放り出して口をいていびきをかいて枕をはずしている。およそ人間において何が見苦しいと云って口を開けて寝るほどの不体裁はあるまいと思う。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その次に車の止まったのは、切崩きりくずした山を背負っている、藁屋根の茶店の前だった。二人の土工はその店へはいると、乳呑児ちのみごをおぶったかみさんを相手に、悠悠ゆうゆうと茶などを飲み始めた。
トロッコ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と笑いながら逃げて行く子供を、片方は棒を持って追馳おっかけた。乳呑児ちのみご背負おぶったまま、その後を追って行くのもあった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
与八は助け舟にすがる心持で返事をすると、乳呑児ちのみごを抱いて廊下を駈け出して来たお松が
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お雪は乳呑児ちのみごを抱いて二週間目で自分の家へ帰って来た。下婢おんなも荷物と一緒に車を降りた。つづいて、三吉が一番年長うえの兄の娘、お俊も、降りた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
前より少し急ぎ足になって、例の黄八丈の大振袖の前を胸に合せて、袋に入れた三味線を乳呑児ちのみごのように抱き、一文字の菅笠を俯向うつむきかげんにして、わが家の拝田はいだ村の方へと急ぐのであります。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お民は別の部屋へやに寝かして置いた乳呑児ちのみごを抱きに行って来た。目をさまして母親をさがす子の泣き声を聞きつけたからで。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
遠いところで乳呑児ちのみごが、糸のように泣いては泣きやむ。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「へえ、こういうのが今年出来ました。見て下さい」とお雪は次の部屋に寝かしてあった乳呑児ちのみごを抱いて来て見せた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
雨戸の外では、蕭々しとしと降りそそぐ音が聞える。雨はみぞれに変ったらしい、お雪は寒そうに震えて左の手で乳呑児ちのみごを抱きかかえながら、右の手に小さなコップを取上げた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
くはを担いで行くものもあり、俵を背負つて行くものもあり、中には乳呑児ちのみご抱擁だきかゝへ乍ら足早に家路をさして急ぐのもあつた。秋の一日ひとひの烈しい労働はやうやく終を告げたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
片隅かたすみへ寄せて乳呑児ちのみごが寝かしてある。縁側のところには、めいのお俊が遊んでいる。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
乳呑児ちのみごおぶった女の巡礼が私の家のかどに立った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)