世帯しょたい)” の例文
旧字:世帶
二三日、狭苦しい種吉の家でごろごろしていたが、やがて、黒門市場の中の路地裏に二階借りして、遠慮気兼ねのない世帯しょたいを張った。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
年頃の娘を浪々の兄の手もとにおいて、世帯しょたいやつれをさせるのも可哀そうだと思って、彼は妹のために然るべき奉公口を探していた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
林「もっとも旦那様のお声がゝりで、林藏に世帯しょたいを持たせるが、女房がなくって不自由だから往ってやれと仰しゃって下さればなア……」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
御倉さんはもう赤い手絡てがらの時代さえ通り越して、だいぶんと世帯しょたいじみた顔を、帳場へさらしてるだろう。むことは折合おりあいがいいか知らん。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
住居の手狭なここへ引移ってから、初めて世帯しょたいを持った新夫婦か何ぞのように、二人は夕方になると、忙しいなかをよく外を出歩いた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「だから、僕は安心して貧乏が出来るんだね」とも口に出して云いたいほど、彼女は二十三歳にしては、ひどく世帯しょたいくさいのだ。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「お安い御用だ、親分、——その押入の中にある柳行李やなぎごうりと風呂敷があっしの世帯しょたいだ。はばかりながら錦の小袖も、絹のふんどしもあるわけじゃねえ」
少なくとも男を知ってることはたしかだし、あんなに飲むようでは世帯しょたいがもたない。あれだけは思い切るほうがいい、と藤吉は強く反対した。
書生上りの大原も一家の主人となりてより今はよほどに世帯しょたいじみてお登和嬢の料理談に耳を傾く「そこでこの独活うど酢煮すにはどうしたのです」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
なにひとつ世帯しょたい道具らしいものもなくて、まるであばら家のようななかに、父はしょんぼりと鰥暮やもめぐらしをしていたのだった。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
めっきり世帯しょたいじみても来た。お里はもはや以前のように、いつお民があって見ても変わらないような、娘々しい人でもない。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手を取られて、苫の中に入りましたものの、お蝶は屋根の低い小舟の中の世帯しょたいをながめて、愈〻いよいよ、腑に落ちない顔つきです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「仕様がないわね。」と笑って、その柄をほうり出した様子は、世帯しょたいの事には余り心を用いない、学生生活のおもかげが残った。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一日の手間二十五銭では一家四人暮しの世帯しょたいを張っていては、よし父には父の取り前もあるとはいっても、老人の事で私の心がどうも不安であるから
「お前、お台所の稽古も、少しはしておかないといけませんよ。お世帯しょたいを持っても、まるきり、女中まかせじゃ。」
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
マダムは二十七、八の美人で芸者あがりだから世帯しょたいじみたところがなく、濃厚な色気そのもの、豊艶ほうえんで色ッぽい。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
世帯しょたいもこれで幾度いくたびか持ってはこわし持っては毀し、女房かかあ七度ななたび持って七度出したが、こんな酒はまだ呑まなかった。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お艶栄三郎どのがたのしく世帯しょたいを持って夫婦ぐらしのさまを見るにつけ、おん前さまがいじらしくてならず、いらぬこととは存じつつお知らせ申しそろ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「加賀の金沢か、越中の富山あたりへ、小ぢんまりした世帯しょたいを持てば、一生遊んで暮して行けやしないこと」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
以前の世帯しょたい道具一切合切、売り払い、お仕事の道具だけ持って、この築地つきじの家へ引越して、それから、私にも僅かばかり母からもらったお金がございましたし
皮膚と心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
事実そうもしかねないほど思い入っているので、世帯しょたいを一つにしたが——娘の心は悲しかったであったろう。芸で売った柳橋だとはいえ、一時に負担が重すぎた。
いざと云えば、ひと抱えにつかんでどこにでも落ちのびられるような手軽な世帯しょたいを張ることによって。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
し過ぎた。わしは世帯しょたいくずしのこのざまを見たくはない。いっそ死んだ方が増しじゃ。もうじき御飯だというのに、また煎り豆を出して食べおるわい。これじゃ子供に食いつぶされてしまうわ
風波 (新字新仮名) / 魯迅(著)
以前奉公先なる待合の亭主の世話で新富座の長吉ちょうきち贔屓ひいきの客には知られている出方でかたの女房になって、この築地つきじ二丁目本願寺ほんがんじ横手の路地に世帯しょたいを持ってからもう五年ほどになるがまだ子供はない。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「じょ冗談じょうだん、云うな。折角せっかく、この機会に、世帯しょたいを持ったのじゃないか」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
きれいずきの、世帯しょたいもちの、しまりやのおかみさんだ。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
それで、師匠がなくなりましたから、お久と云う土手で殺した娘が、連れて逃げてくれと云い、伯父が羽生村に居るから伯父を尋ねて世帯しょたい
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
女ばかりの世帯しょたいで、あんな大江山の酒呑童子しゅてんどうじの子分見たような西洋人につけ廻されてはとてもかなわないじゃありませんか。
呪の金剛石 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
すすきの蔭から覗くと、家の構えは小さいが、さのみに貧しい世帯しょたいとも見えないで、型ばかりの垣のなかにはかなりに広い空地あきちを取っていた。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
荷造りした世帯しょたい道具が車に積まれるのを待つ間も、岸本はこれから出発しようとする嫂達のために曇った天気を気遣きづかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
代助は椅子に腰を掛けたまま、新らしく二度の世帯しょたいを東京に持つ、夫婦の未来を考えた。平岡は三年ぜん新橋で分れた時とは、もう大分変っている。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小菊にすると、多勢の家族を控えて、松島一人に寄りかかっているのも心苦しかったが、世帯しょたいの苦労までして二号でくすぶっているのもつまらなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そればかりでなく、月輪殿は、この念仏道場へ来ると、いつも不思議な一つの世帯しょたいというものを感じるのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一生おちつくというわけでもない、男としてはまだこれからであるが、このへんでいちどおちついた世帯しょたいを持ち、芸のほうに専念してみるのもいいだろう。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
吹雪ふぶきの夜に、わがやの門口に行倒れていた唇の赤い娘を助けて、きれいな上に、無口で働きものゆえ一緒に世帯しょたいを持って、そのうちにだんだんあたたかくなると共に
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
反対された寺田は実家を飛び出すと、銀閣寺附近ふきんの西田町に家を借りて一代と世帯しょたいを持った。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
通し駕籠かごで江戸まできて、生涯に一度、また通し駕籠で郷里を訪れただけの祖母との新世帯しょたいは、それでも琴瑟きんしつ相和したものと見えて、長吉のしめている帯は、祖父が仕立て
このろくでなしの六蔵は、元来腕利きの仕立屋で、女房と世帯しょたいを持ち、弟子小僧も使った奴。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
美奈子の母が死んだ時、父は貧乏時代を世帯しょたいの苦労に苦しみ抜いて、碌々ろくろく夫の栄華の日にも会わずに、死んで行った糟糠そうこうの妻に対する、せめてもの心やりとして、此処ここに広大な墓地を営んだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
親兄弟でさえ間違えそうな茨右近——知らずのお絃と一しょにいき世帯しょたいをかまえて、神田の帯屋小路にひらいている物騒な商売、自ら名乗って喧嘩渡世とは一体どういうことをするのであろうか。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「行きますとも、この通り世帯しょたいをたたんでおります」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
女絵師は突然に世帯しょたいをたたんで、夜逃げ同様に姿をかくしたので、近所でもその引っ越し先を知らないと云うのであった。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
本郷菊坂に世帯しょたいを持って居りましたが丁度あの午年うまどしの大火事のあった時、宝暦ほうれき十二年でございましたかね、其の時私は十七で子供を産んだのですが
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
簡単に言うと、海原伯爵家の次男に生れた私が、ある許されない女と、神戸へ逃げて世帯しょたいを持って居たことがある。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
彼女は七年間同棲どうせいしていた独逸ドイツのある貴族の屋敷を出て、最近芝に世帯しょたいをもって何を初めようかと思案していた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
健三けんぞうが遠い所から帰って来て駒込こまごめの奥に世帯しょたいを持ったのは東京を出てから何年目になるだろう。彼は故郷の土を踏む珍らしさのうちに一種のさびさえ感じた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三十がらみのはきはきした、いかにも世帯しょたい持ちのよさそうな女房で、芳村が酒を持っているのを見ると、残りものでよければつまむ物を持って来ようかと云った。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一頃は本所辺に小さな家を借りて、細君の豊世と一緒に仮の世帯しょたいを持ったが、間もなくそこも畳んでしまい、細君は郷里くにへ帰し、それから単独ひとりに成って事業しごと手蔓てづるを探した。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その頃になって、藤木さんの世帯しょたいは、すこしばかりゆとりが出来た様子になった。
ここで夫婦にならはったら、直ぐにな、別に店を出してもらうなり、世帯しょたい持ってそこから本店ほんだなへ通うなり、あの、お爺はんと、三人、あんじょ暮らしてかはるように、私がちゃと引受けた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)