一揖いちゆう)” の例文
彼女は、私の注文を聞くと、一揖いちゆうしてくるッと背後うしろを向き、来た時と同じように四つ足半の足はばで、ドアーの奥に消えて行った。
白金神経の少女 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「お早う。」私たちは手をにぎりました。二人の子供の助手も、両手を拱いたまま私に一揖いちゆうしました。私も全く嬉しかったんです。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼はせかせかと右のほうへゆき、くるっと振り向いて、せかせかと左のほうへゆき、急に立ちどまると、いんぎんに一揖いちゆうした。
超過勤務 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「おそれいります。」魚容は一揖いちゆうして、「何せどうも、身は軽くして泥滓でいしを離れたのですからなあ。叱らないで下さいよ。」
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
旅僧はその時、南無仏なむぶつと唱えながら、ささなみのごとき杉の木目の式台に立向い、かく誓って合掌して、やがて笠を脱いで一揖いちゆうしたのであった。——
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
島太夫はうやうやしく一揖いちゆうしたが、そろそろとがんまで歩いて行き燭台にほのかに灯をともした。部屋の中が朦朧もうろうと明るんで来る。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白木の位牌いはいには、祐筆ゆうひつ相田清祐のあざやかな手蹟しゅせきが読まれた。端座してそれを見つめていた阿賀妻は、一揖いちゆうして、「されば?——」と振りかえった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私は一揖いちゆうして、タゴール老人の傍に坐った。話題は無論この島における膃肭獣おっとせいの生活以外のものであるはずはなかった
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それから傍の畑に入りこちらを見返りもせずにせっせと草を取り始めた。隠者いんじゃの一人に違いないと子路は思って一揖いちゆうし、道に立って次の言葉を待った。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
と閣下が一揖いちゆうした。外では時々顔を合せるけれど、言葉を交すのは初めてだった。安達君は鄭重に挨拶を申述べた。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
三度目には馬から降りて、徒歩で出て来て一揖いちゆうしたが、その気高い姿勢と、洗煉された足取りは、疑いもない宮廷舞踊の名手である事を証明していた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だが、意外意外、怪人は御一行の前に直立不動の姿勢をとったかと思うと、ピストル持つ手を胸に当てて、うやうやしく一揖いちゆうした。威儀正しい最敬礼だ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
磯上伴作は力尽きたように、バタリと椅子に腰を下ろすと、壇上の環玉枝は、静かに一揖いちゆうして壇を下りました。
夜も三更さんこう(午後十一時—午前一時)に至る時、扉をたたいて進み入ったのは、白いひげを垂れて紅いかんむりをかぶった老人で、朱鑠を仰いでうやうやしく一揖いちゆうした。
ギンツェ営業部長 (一揖いちゆうして)公爵閣下の仰せのとおり、いかなる障害、いかなる困難がありましても、吾人は決して、その困難、はたまた障害のために
そして老人は、我々の前に来て、莞爾にこやかに一揖いちゆうすると、慇懃いんぎんな調子で何か話し掛けてくるのであったが、もちろん何を言っているのか、わかろうはずもないことであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
源内先生は、そう言うと、満面に得意の微笑を泛べながら一座の人々に軽く一揖いちゆうした。
と、かの虎船長は一揖いちゆうして、きっと形をあらため、かたりだしたところによると
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
若者わかものはその全体の風貌ふうぼうからいままでに知らなかった威圧いあつをうけたので、思わず一揖いちゆうした。すると老人は音も立てずに一歩歩をすすめて、「何か思いごとがあって毎日ここにこられるのか」
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
誰も彼に、話しかけてれる人はなかった。接待をしている人達も、名士達の前には、頭を幾度も下げて、その会葬を感謝しながら、信一郎には、たゞ儀礼的な一揖いちゆうむくいただけだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
二尺七寸の蛤刃はまぐりばの木剣をえらび、型の如く道場の中央へ進んで一揖いちゆうなし、パッと双方に離れるが早いか、阿念と呼ばれた山伏は、金剛杖を三分に握り占めて横身に構え、春日新九郎は一歩退いて
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最後に、とく子は私の方へ顔を向け、一揖いちゆうしてから馬車の中に消えた。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
白い顔が夢のように浮かんだと思うと、ゆらりと一揖いちゆうして出て行く。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その男はひょろ長いからだに、襟が後頭部までもかぶさりそうな、長い半木綿のフロックコートをていたが、片手にナプキンを掛けたまま素早すばやく駆け出して、さっと髪を揺りあげるように一揖いちゆうするや否や
今は我輩も帰るべしと巡査にも一揖いちゆうして月と水とに別れたり。
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
喝采の中に彼女は愛らしく裾をつまんで、一揖いちゆうして退いた。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
登は片手で「どうぞ」というふうに一揖いちゆうした。松次郎は明らかに不安そうで、そのために却って虚勢を張り、長次のほうへ近よっていった。
中野ソックリの男はそういって立上ると、二人に一揖いちゆうして海に飛込み、そのまま抜手を切って泳ぎ去ってしまった。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
一揖いちゆうした九十郎が裾たくし上げ、刀の鯉口くつろげて、表門の方へ走って行く姿が、星空の下に魔物めいて見えた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
笑いむころ馬車は石動に着きぬ。車を下らんとて弁者は席をてり。甲と乙とは渠に向かいて慇懃いんぎん一揖いちゆうして
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて、美人玉乗りのお花は、あでやかに一揖いちゆうして、しなやかな身体からだを、その棺桶様の箱の中へ隠した。一寸法師はそれにふたをして、大きな錠前をおろした。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分で苦しんで、自分で創造して、自分の芸術を楽しんでいるようだ。大向うなどは大した問題ではない。喝采が湧き起ると、静かに立ち上って、フランス人らしく行儀よく一揖いちゆうする。
報告書は麾下きか陳歩楽ちんほらくという者が身に帯びて、単身都へせるのである。選ばれた使者は、李陵りりょう一揖いちゆうしてから、十頭に足らぬ少数の馬の中の一匹に打跨うちまたがると、一鞭ひとむちあてて丘を駈下かけおりた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
温泉場にはチト固苦しく上品に見えるものだから、気をとられて眺めていると、少女は顔をあげて俺と視線が合うや否や、頬を染めて腰をかがめ、一揖いちゆうするなりソコソコに宿の中庭へ入って行った。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
つかつかと進んでその前に一揖いちゆうした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
甲斐は一揖いちゆうした。それは否とも、応ともとれる表情であった。六郎兵衛は低頭して出ていった。うしろから見る彼の肩や背までくたくたに疲れた人のようであった。
オースチン師は一揖いちゆうした。彼は少しも恐れてはいない。彼の恐れるのは不義ばかりだ、金にはいんせず武威にも屈せず真箇大丈夫の英雄僧には、こうした威嚇いかくは無用である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その時、後を閉めようとして、ここに篤志とくし夜伽よとぎのあるのを知って一揖いちゆうした。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
花房一郎は丁寧に一揖いちゆうして、そのまま廊下へ出ようとしました。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
顎十郎は、いんぎんに一揖いちゆうすると
顎十郎捕物帳:05 ねずみ (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「いらっしゃい、どうぞ」と佐藤正之助は一揖いちゆうした、「力ずくで止めたりはしませんから」
燕(つばくろ) (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、民弥は意にも介せず、朗らかに微笑しちょっとうなずき、菊女へも会釈の一揖いちゆうをしてから
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
博士、僧都、一揖いちゆうして廻廊より退場す。侍女等慇懃いんぎんに見送る。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あなたのお部屋へ、ね」と津川は一揖いちゆうして云った、「かしこまりました、若先生」
その証拠にはその少年は、僕を見かけると微笑して、軽く一揖いちゆうしたのだからね。
鴉片を喫む美少年 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
学円、高く一人鐘楼しょうろうたたずみ、水に臨んで、一揖いちゆうし、合掌す。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
甲斐は一揖いちゆうした、「それこそおぼしめし違い、浪人のことでお歴々にふさわしいもてなしはできませんが、おたち寄り下さればこの上もなき名誉、よろこんで御接待をつかまつります」
白法師の眼はこう云った時ほのおのように輝いた。法師はやがて一揖いちゆうすると敷居をまたいで戸外そとへ出た。林の中へはいって行く。間もなく姿は木に隠れたが、その神々しい白衣姿は、三人の眼に残っていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小次郎法師は、寿ことぶくごとく、一揖いちゆうして
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それは失礼」彼は気取って一揖いちゆうした、「ではおふみどの、酒を頼みます」
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)