一夜あるよ)” の例文
一夜あるよ、清三は石川に手紙を書いた。初めはまじめに書いてみたが、あまり余裕よゆうがないのを自分で感じて、わざと律語りつごに書き直してみた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
あがけばつまづき、躓いては踠き、揚句あげくに首も廻らぬ破目はめに押付けられて、一夜あるよ頭拔づぬけて大きな血袋ちぶくろ麻繩あさなわにブラ下げて、もろくもひやツこい體となツて了ツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
年ももう八十を越えた三河武士であったが、竹千代が岡崎逗留とうりゅう中の一夜あるよ、そっと、あずさの腰を運んで目通りを乞い、そして幼君へ向って沁々しみじみというには。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれこれ四五十日がほどは帰省の機会おりを得ざるべく、しばしの告別いとまかたがた、一夜あるよ帰京して母の機嫌きげんを伺いたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
お妻が……言った通り、気軽に唄いもし、踊りもしたのに、一夜あるよ、近所から時借りの、三味線の、爪弾つめびきで……
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜にりては「レローイ」珈琲館かひいかんと云えるに行きたま歌牌かるたの勝負を楽むが捨難すてがた蕩楽どうらくなりしが、一夜あるよ夫等それらの楽み終りて帰り来り、球突たまつきたわむれを想いながら眠りにつきしに
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
此の密書をられてはと先頃按摩に姿をやつし、当家へ入込いりこみ、一夜あるよ拙者の寝室ねまへ忍び込み、此の密書を盗まんと致しましたところを取押えて棒縛りになし翌朝よくあさ取調ぶる所存にて
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これは友人のはなしだ、ある年の春の末、もう青葉の頃だったが、その男は一夜あるよ友人に誘われて吉原よしわらのさる青楼せいろうあがった、前夜は流連いつづけをして、その日も朝から酒を飲んでいたが、如何いかにも面白くない
一つ枕 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
「ああ辛気しんきだこと!」と一夜あるよお勢があくびまじりに云ッてなみだぐンだ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一夜あるよ雛壇ひなだな灯は消えて
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
日数ひかずれどももとを忘れず、身をへりくだりてよくつかうるまたなき心を綾子は見て取り、一夜あるよそば近く召したまいて
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だが、その年の冬の一夜あるよ——。いや、夜は明けて、霜にまッ白な凍地いてちの朝だ。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そばでは母親が賃仕事ちんしごとのあい間を見て清三の綿衣わたいれを縫っていた。午後にはどうかすると町へ行って餅菓子を買って来て茶をいれてくれることなどもある。一夜あるよこがらしが吹き荒れて、雨に交ってみぞれが降った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
五月雨さみだれ陰氣いんき一夜あるよさかうへから飛蒐とびかゝるやうなけたゝましい跫音あしおとがして、格子かうしをがらりと突開つきあけたとおもふと、神樂坂下かぐらざかした新宅しんたく二階にかいへ、いきなり飛上とびあがつて
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
眼前まのあたりお春が最期さいごを見てしより、旗野の神経狂出くるひだし、あらぬことのみ口走りて、一月余ひとつきあまりも悩みけるが、一夜あるよ月のあきらかなりしに、外方とのかたに何やらむ姿ありて、旗野をおびきいだすが如く
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
つれ/″\にはんで、つばさでもし、ひざきもし、ほゝもあて、よるふすまふところひらいて、あたゝかたま乳房ちぶさあひだはしかせて、すや/\とることさへあつたが、一夜あるよすさまじき寒威かんいおぼえた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
可恐おそろしいのは、一夜あるよ、夜中に、ある男を呪詛のろっていると、ばたりと落ちて、脇腹から、鳩尾みずおちの下、背中と、浴衣越しに、——それから男に血を彩ろうという——べにの絵の具皿のこぼれかかったのが
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)