“そうけん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
双肩20.5%
壮健7.7%
想見7.7%
総見7.7%
装剣7.7%
宋憲5.1%
創見5.1%
壯健5.1%
槍剣5.1%
崇顕2.6%
宗謙2.6%
棕軒2.6%
椶軒2.6%
双剣2.6%
宋謙2.6%
宗顕2.6%
曹建2.6%
相見2.6%
總見2.6%
鎗剣2.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
いわば一党の人の然諾(ぜんだく)と咲耶子の運命(うんめい)とは二つながら、かかって自分の双肩(そうけん)にあるのだ。敗れてなるものか、おくれてなるものか。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、村の壮健(そうけん)な人達が集まって、二三十人一かたまりになって出かけました。松明(たいまつ)、棒、太鼓(たいこ)、鐘(かね)、石油缶(せきゆかん)、そんなものをめいめい持っていきました。
ひでり狐 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
希臘語(ギリシャご)を解しプレートーを読んで一代の碩学(せきがく)アスカムをして舌を捲(ま)かしめたる逸事は、この詩趣ある人物を想見(そうけん)するの好材料として何人(なんびと)の脳裏(のうり)にも保存せらるるであろう。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その日は河内家(かはちや)の総見(そうけん)があつたので、肝腎の阿(お)つ母(かあ)は皆と一緒に場に坐つて、惚々(ほれ/″\)と吾児(わがこ)の芸に見とれて、夢中になつてゐた。
自体、駿河の今川家は、名門の誇りが高く、歌道といわず、舞楽といわず、総じて京風な華奢(きゃしゃ)の好みが、たとえば侍たちの装剣(そうけん)の具にも、女房たちの襟(えり)の下重(したがさね)にも見えていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
集めたいと思って、先ごろ、宋憲(そうけん)以下の者どもを山東へつかわしてあるが、彼らも、もう帰ってくる時分だろう
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
之を要するに大川博士の「人間改造術」は、その個々の原理には別段の創見(そうけん)がある訳ではない。ただ従来何人(なんぴと)も手を染めなかった、綜合医術を創始したまでである。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何故(なぜ)はがきでも越(よこ)しはせぬ、馬鹿(ばか)の奴(やつ)がと叱(しか)りつけて、母親(はゝおや)は無病(むびやう)壯健(そうけん)の人(ひと)とばかり思(おも)ふて居(ゐ)たが、癪(しやく)といふは始(はじ)めてかと睦(むつま)しう談(かた)り合(あ)ひて、與(よ)四郎(らう)は何事(なにごと)の秘密(ひみつ)ありとも知(し)らざりき。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
或は経史(けいし)を読み或は兵書を講じ、騎馬(きば)槍剣(そうけん)、いずれもその時代に高尚(こうしょう)と名(なづく)る学芸に従事するが故に、自(おのず)から品行も高尚にして賤(いや)しからず、士君子(しくんし)として風致(ふうち)の観(み)るべきもの多し。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「たれか聞いておけ。つかのま、具足を解いて、肌の汗を拭いたい。崇顕(そうけん)でも駿河でも、その間に戦況を聞きおいてくれい」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、廊の外へきていた金沢ノ入道崇顕(そうけん)の声だった。が、目もくれずに。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僧は林泉寺(りんせんじ)の宗謙(そうけん)であったが、振り仰いで
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると宗謙(そうけん)和尚はからからと笑って
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
継嗣正精は学を好み詩を善くし、棕軒(そうけん)と号した。世子(せいし)たりし日より、蘭軒を遇すること友人の如くであつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
わたくしは葌斎(かんさい)詩集に阿部侯棕軒(そうけん)の評語批圏のあることを言つたが、侯の閲を経た迹は此年の秋の詩に至るまで追尋することが出来る。是より以下には菅茶山の評点が多い。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
同門の友人樺島石梁(かばしませきりやう)がこれに銘し、阿部侯椶軒(そうけん)が其面に題した。碑陰に書したものは黒川敬之である。豊洲の墓は幸にして猶存じてゐるが、既に久しく無縁と看做されてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
椶軒(そうけん)阿部侯正精の此十六字を書した幅が分家伊沢に伝はつてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
悪因縁(あくいんねん)につながる雲竜(うんりゅう)双剣(そうけん)、刀乾雲丸は再び独眼片腕の剣鬼丹下左膳へ。そうして脇差坤竜丸は諏訪栄三郎の腰間(こし)へ——。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
長崎円喜(えんき)、金沢ノ大夫(たゆう)宗顕(そうけん)、佐介(さかい)ノ前司(ぜんじ)宗直(むねなお)、小町の中務(なかつかさ)、秋田(あきた)城(じょう)ノ介(すけ)、越後守有時(ありとき)、右馬(うま)ノ頭(かみ)茂時(しげとき)、相模(さがみ)の高基(たかもと)、刈田式部(かったしきぶ)、武蔵の左近将監(さこんしょうげん)など、ひと目に余る。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小式部(こしきぶ)が言下に歌を詠(よ)んだとか曹建(そうけん)が七歩(しちほ)の詩を作ったという事は習い覚えていますけれども怪我をした時即座の応急療法を施(ほどこ)すというような実用の学科は一つも習った事がありません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
宅(うち)には小供が三人まであるが、其等(それら)は一切人の好(い)い亭主に敲(たゝき)つけておいて、年中近所の放蕩子息(のらむすこ)や、若い浮氣娘と一緒になつて、芝居の總見(そうけん)や、寄席入(よせつぱい)りに、浮々(うか/\)と日を送り、大師詣(だいしまゐり)とか
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
自分はありがたいことには父のお蔭で弓馬鎗剣(そうけん)はもちろん、武士の表道具という芸道は何一ツ稽古に往かぬものはなかッたが、その中で自分の最も好いたものはというと弓で,百歩を隔てて
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)