“いっぱい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
一杯43.5%
充満28.3%
一盃12.0%
一拝2.2%
充溢2.2%
一抔1.1%
一排1.1%
一椀1.1%
一盞1.1%
一艘1.1%
(他:6)6.3%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
未だお昼前だのに来る人の有ろうはずもなしと思うと昨日きのう大森の家へ行って仕舞ったK子が居て呉れたらと云う気持が一杯いっぱいになる。
秋風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
褐色の口髭くちひげの短い彼は一杯いっぱい麦酒ビールに酔った時さえ、テエブルの上に頬杖ほおづえをつき、時々A中尉にこう言ったりしていた。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
空には今日も青光りが一杯いっぱいみなぎり、白いまばゆい雲が大きなになって、しずかにめぐるばかりです。みんなは又叫びました。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「うゝん、誰だか知らない。手桶の中に充満いっぱいになつて、のたくつてるから、それだから、げると不可いけないからふたをしたんだ。」
夜釣 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
漁師は膳の前に坐って蕎麦切をっている女房に、こんなことを云って、網の袋に充満いっぱいになって来る大きな鮭を想像していた。
鮭の祟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
未だ夜の明けきらないうちに、舟に充満いっぱいの鮭を獲った夫婦は、一度帰って来てから、また舟に充満いっぱいの魚を獲った。
鮭の祟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
文「どうぞ宜しく頼む、なるたけ人に知れぬよう、万一逃がしたら百日のなんとやら、そう事が分ったら一盃いっぱいやりましょう、これ町や」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
大「いや勧めの酒はの幾許いくら飲んでもうまくないので、宅へ帰ると矢張また飲みたくなる、一寸ちょっと一盃いっぱいけんか」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
大「のう林藏、是迄しみ/″\話も出来んであったが、今日きょうは差向いでゆっくり飲もう、まア一盃いっぱいいでやろう」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
俗に銀線に触るるなどと言うのは、こうした心持こころもちかも知れない。たっとい文字は、に一字ずつかすかに響いた。私は一拝いっぱいした。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一拝いっぱいよろしい」と云う会釈えしゃくがあった。宗助はあとを略して中へ入った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
富「あゝ痛い、つねってはいけない、そういう……又充溢いっぱいになってしまった……いけないねえ……だが、お隅さん、本当に御疑念はお晴らしください、富五郎迷惑至極だてねえ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
処の風と云うものは妙なもので、充溢いっぱいの人立ちでございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こりゃア驚いた、流石さすがは武士の御息女、嬉しいな…又充溢いっぱいになってしまった……こりゃア有難い、それじゃア云おうねえ、実は私は、お前にぞっこん惚れていたが、惣次郎があっては仕様がない、邪魔になるといっても、富五郎の手に負いない、所が幸い安田一角がお前に惚れているから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
やがて頭巾を取ると総髪そうはつ撫付なでつけで、額には斯う疵がある、色黒くせい高く、これからこれ一抔いっぱいひげが生えているたくましい顔色がんしょく
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
万障ばんしょう一排いっぱいして二月二十七日を都落みやこおちの日と定め、其前日二十六日に、彼等夫婦は若い娘を二人連れ、草箒くさぼうき雑巾ぞうきんとバケツを持って、東京から掃除そうじに往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
磯は更に一椀いっぱいけながら「おれは今日半食おやつを食わないのだ」
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
丈「此方こっちでも聞きてえ事もあるから、有合物ありあいもの一盞いっぱいやろう」
あいかわらず、このていだ、といううちにも、一昨々年さきおととしまでは、台湾に一艘いっぱい帆を揚げていたんだよ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひねる、押すか、一たび指が動けば、横浜、神戸から大船が一艘いっぱい、波を切って煙をくんだ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして何だかそのいとに身も魂も誘われて行くようにいとせめて遣瀬ない思いが小さな胸に充分いっぱいになった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
全く違った国を見るように一挙一動の掛け放れた彼らと、自分も同じように振舞いたいと思って手の届くところにえている虎杖すかんぽを力充分いっぱいに抜いて、子供たちのするように青い柔かい茎をんでも見た。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
そのまなこでなうて、そんな鬪爭けんくわまなこ何處どこにあらう? 足下おぬしあたまには鷄卵たまご黄蛋きみ充實つまってゐるやうに、鬪爭けんくわ充滿いっぱいぢゃ、しかも度々たび/″\打撲どやされたので、少許ちっと腐爛氣味くされぎみぢゃわい。
などとわめく。赫燿かくやくたる大蟹を篝火かがりびは分ったが、七分八分は値段ではない、の多少で、一貫はすなわち十分いっぱいの意味だそうである。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見る目清々すがすがしき緑葉あおばのそこここに、卵白色たまごいろの栗の花ふさふさと満樹いっぱいに咲きて、えがけるごとく空のみどりに映りたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
『いや、大変御馳走さまでした。もう満腹いっぱいなんです。愉快なお話が何よりの御馳走ですからね。』
ロミオ あゝ、ヂュリエット、今日けふうれしい、かたじけないとおもこゝろわしおなじに滿腔いっぱいなら