うえ)” の例文
彼は少量の携帯食糧にうえしのいだが、襲い来った山上の寒気に我慢が出来なかった。仕方なく落下傘を少しずつやぶっては燃料にした。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それをぼつぼつと摘まんで食べたのは、客などのきたときのただのなぐさみであって、うえしのぐというのは始めからの目的でなかった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
孔子がこれに和して弾じ、曲、三度みたびめぐった。傍にある者またしばらくはうえを忘れ疲を忘れて、この武骨な即興そっきょうまいに興じ入るのであった。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
単にうえを救われただけでなく病中の面倒までみてもらった。それも楽な生活をしているわけではなく、お豊は料理茶屋のかよい女中でかせいでいた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
徳さんが、どうして生きていたかと、不審に耐えなんだが、成程、彼は蟹の生肉でうえをいやしていたのだ。私達はそれを徳さんに貰って、たべた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
で、そのまま誓を立てさせては、今時誰も通らぬ山路、半日はよし、一日はよし、三日とたぬに、うえもしよう、渇きもしよう、炎天にさらされよう。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、あわれな人間の生活の有様や、うえいているあわれな獣物けだものなどの姿をながめたのであります。
月と海豹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
くて夜半やはんまで草を分けて詮議したが、安行の行方は依然不明であった。加之しかも夜の更けると共に、寒い雨が意地悪く降頻ふりしきるので、人々も寒気かんきうえとに疲れて来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日が高くなり、うえと疲れが少しずつ加わるにつれて、井上半十郎の焦燥は次第に濃くなりました。
江戸の火術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
彼はうえと疲れでがっくりと仰臥あおのけになったまま、暗い蒼穹おおぞらにきらめく星屑をうち眺めた。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
妻は病牀にし児はうえくとうたった梅田雲浜うめだうんぴんの貧乏は一通りのものではなかった。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
ましてや戦後の世の中、代用食に折々うえを忍んでいる人達の言葉をきけば、無理に死ぬるわけにも行かないから、自然に死んでくれるのが何よりの仕合せだと言っているではないか。
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さあうなると今迄いまゝで張詰はりつめてつた幾分いくぶんゆるんでて、疲勞つかれうえかんじてる。
ある犬通の話に、野犬やけんの牙は飼犬かいいぬのそれより長くて鋭く、且外方そっぽうくものだそうだ。生物せいぶつにはうえ程恐ろしいものは無い。食にはなれた野犬が猛犬になり狂犬になるのは唯一歩である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なんじはこの曠野あらのに我等を導きいだして、この全会をうえに死なしめんとするなり。」
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
気象学会より寄贈せられたる鑵詰をかじりてうえしのぎ、また寒気次第に凜冽りんれつを加うるといえども、器具散乱して寝具を伸ぶべき余地なく、かつ隔時観測を為しつつあるを以て、睡眠のすきを得ず
弁当腹べんとうばらで、長い路を歩いて来たので、少なからずうえを覚えていたのである。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
と文治はようようえしのぎまして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それはうえかつとであった。いや、飢より渇の方がはるかに恐ろしい。雲はだんだん薄くなって、熱い陽ざしがじりじりとボートのうえへさしてきた。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
草原の牝狼が、白けた冬の月の下でうえなやみながら一晩中てた土の上を歩き廻るつらさを語ることもある。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
遁るべきやうなければせんかた無くせめてはくもせば助からんかと、うえの用意に持ちたる団飯にぎりめし取出とりいで、手に載せて差出せしに、取食ひて此上無く悦べる様なり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
宗吉は、しかし、その長屋の前さえ、遁隠にげかくれするように素通りして、明神の境内のあなたこなた、人目のすきの隅々に立って、うえさえ忘れて、半日を泣いて泣きくらした。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口にうえを覚えるように、心にもまた常に飢を覚えている故である。珈琲コーヒーの香も嗅ぎたい。アラン・ポーの詩もよみたい。町のムスメを憎しみ嘲けるに先だって、おのれの身を省みねばならない。
冬日の窓 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うえに死なしめんとするなり。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
うえするに足るものは以前も多く、その中には或いは起原の稲よりも古いものが、あるかも知れぬと思うにもかかわらず、注意せずにはおられない一つの特徴は
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
梁山泊りょうざんぱく割符わりふでも襟に縫込んでいそうだったが、晩の旅籠にさしかかったうえ疲労つかれは、……六よ、怒るなよ……実際余所目よそめには、ひょろついて、途方に暮れたらしく可哀あわれに見えた。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
元船もとぶね乗棄のりすてて、魔国まこくとこゝを覚悟して、死装束しにしょうぞくに、髪を撫着なでつけ、衣類を着換きかへ、羽織を着て、ひもを結んで、てん/″\が一腰ひとこしづゝたしなみの脇差わきざしをさして上陸あがつたけれど、うえかつゑた上、毒に当つて
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
うえを感ずるままに始めは虫を捕って喰っていたが、それでは事足ことたらぬように覚えて、のちにはきつねたぬき、見るにしたがい引裂いて食とし、次第に力づいて、寒いとも物ほしいとも思わぬようになったと語る。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)