額際ひたいぎわ)” の例文
額際ひたいぎわから顱頂ろちょうへ掛けて、少し長めに刈った髪を真っ直に背後うしろへ向けてき上げたのが、日本画にかく野猪いのししの毛のように逆立っている。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
色の青褪めた、ひんやつれた母親が娘の枕元に来た。じっとうれわしげに、眼を閉じている苦しげな娘の額際ひたいぎわに手を当てて熱をはかって見た。
夜の喜び (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼女は丁度ちょうど奥の窓から額際ひたいぎわに落ちるキラキラした朝の日光ひかげまぶしさうに眼をしかめながら、しきいのうへに爪立つまだつやうにして黒い外套がいとうを脱いだ。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
金蔵の首へかけた縄は放さなかったけれど金蔵の刀は避けられず、またしても左の額際ひたいぎわ一刀ひとたちやられた。血がほとばしって眼へ入る。
額際ひたいぎわとか、み上げのようなところは金平糖が小さいので、それは別に頃合ころあいの笊を注文して、頭へ一つ一つくぎで打ち附けて行ったものです。
つみのやうにひらあやまりに謝罪あやまつて、いたみはせぬかと額際ひたいぎわあげれば、美登利みどりにつこりわらひてなに負傷けがをするほどでは
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
長火鉢の猫板ねこいた片肱かたひじ突いて、美しい額際ひたいぎわを抑えながら、片手の火箸ひばしで炭をいたり、灰をならしたりしていたが、やがてその手も動かずなる。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
眼も鼻も口もみな額際ひたいぎわへはねあがって、そこでいっしょくたにごたごたとかたまり、厖大な顎が夕顔棚の夕顔のように、ぶらんとぶらさがっている。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
額際ひたいぎわの髪にはゴムの長いくしをはめて髪を押さえて居る。四たび変って鬼の顔が出た。この顔は先日京都から送ってもろうた牛祭の鬼の面に似て居る。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
その上にむらさきのうずまくは一朶いちだの暗き髪をつかねながらも額際ひたいぎわに浮かせたのである。金台に深紅しんく七宝しっぽうちりばめたヌーボー式のかんざしが紫の影から顔だけ出している。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこへ塩気しおけがつく、腥気なまぐさっけがつく、魚肉にく迸裂はぜて飛んで額際ひたいぎわにへばり着いているという始末、いやはや眼も当てられない可厭いやいじめようで、叔母のする事はまるで狂気きちがいだ。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
顔は胸まで俯向うつむいている。雪のように白い頭髪かみのけを二房たらりと額際ひたいぎわから垂らし、どうやらもとどりも千切れているらしくまげはガックリと小鬢へれ歩くにつれて顫えるのである。
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
内儀さんは、家にいても夫婦一つの部屋で細々こまごま話をするようなことは、めったになかった。悧発りはつそうなその優しい目には、始終涙がにじんでいるようで、狭い額際ひたいぎわも曇っていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女の方では、何のことやら自分でも解らずに、両手を彼の肩に置いたまま、暫くはうっとりと眼がくらんだようになって、彼の聡明そうめいな皮肉な顔や、額際ひたいぎわや、眼や、美しいひげをじっと眺めていた。
年は五十に近いのだが、でっぷりと太って、額際ひたいぎわに向う傷があって人相がけわしい。これは前にしばしば名前の出た鳥沢の粂という男であります。
けれども長い足を大きく動かした代助は、二三町も歩かないうちに額際ひたいぎわに汗を覚えた。彼は頭から鳥打をった。黒い髪を夜露に打たして、時々帽子をわざと振って歩いた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
額際ひたいぎわへ膏薬が張ってある。もうこれだけでも見分けはつくまい。その上右のあごの辺に、上手にあざが描いてある。悪い病気と不養生とで、やつれた女のさまである。その枕もとに薬がある。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
生温なまぬるく帽を吹く風に、額際ひたいぎわから煮染にじみ出すあぶらと、ねばり着く砂埃すなほこりとをいっしょにぬぐい去った一昨日おとといの事を思うと、まるで去年のような心持ちがする。それほどきのうから寒くなった。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甚三郎は静かに、つややかな髪の毛の分け目を額際ひたいぎわから左へ撫でました。
秘蔵の義董ぎとうふくそむいてよこたえた額際ひたいぎわを、小夜子が氷嚢ひょうのうで冷している。蹲踞うずくまる枕元に、泣きはらした眼を赤くして、氷嚢の括目くくりめに寄るしわを勘定しているかと思われる。容易に顔を上げない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)