雲母きらら)” の例文
荒れはてているが、古ぶすまの白蓮びゃくれんには雲母きららのおもかげが残っていた。古風な院作りの窓から青い月影がしのびやかに洩れている。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ、おびほどの澄んだ水が、雲母きららのような雲の影をたった一つ鍍金めっきしながら、ひっそりと蘆の中にうねっている。が、女は未だに来ない。
尾生の信 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうだ、ちょうど「白金はっきん独楽こま」や「雲母きらら集」の詩や歌の出来た頃だ。ある晩坐っていると、筆がおもしろいくらい動くのだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
雲母きららのように光る白銀色の押革を表紙にして、四つ隅と背に海緑色ヴェル・マレのモロッコ皮をつけたぞっとするような美しい装釘だ。長謙さんの仕業だ。
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
雲母きららを張りつめたような底光った空の下に花がすんだ木蓮の濃い若葉、年経た百合の樹の枝々を覆うように茂った若葉、重なりあった楓の青葉など
杉子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
雪はほとんど小降りになったが、よく見ると鉛を張ったような都の曇り空とにかわを流したような堀河の間をつめき取った程の雲母きららの片れが絶えず漂っている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
へやの真中には、体のほっそりした綺麗に着飾った女がしょうぎに腰を掛けていた。室の隅ずみには雲母きららの衝立がぎらぎら光っていた。道度は遠くの方からおじぎをした。
黄金の枕 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「無益の殺生はよせ、唐崎辺へつけて、叡山から、雲母きらら越えに戻ろう。大津は、危いかも知れん」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
法水の眼には、それが雲母きららを地にした写楽の大首か、それとも、何かの死絵しにえのように見えた。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「さあ、石油せきゆのびんをわたせ。」と、おとこは、少年しょうねんからったくるとたんになわがれて、びんは地上ちじょうちて、たおれると石油せきゆしげもなく、くちから雲母きららのごとくながました。
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
それは錦の袋に這入はいった一尺ばかりの刀であった。さやなにとも知れぬ緑色の雲母きららのようなものでできていて、その所々が三カ所ほど巻いてあった。中身は六寸ぐらいしかなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
製法は何れも手づくね素燒すやきなり。土質中には多少たせう雲母きららふくむを常とす。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
激しい裂目をみせてもう雲母きららの冬。水退けの昏い耕地をずり落ちて天末線の風も凄く、とほく矮樹林は刺青いれずみのやうに擾れてゐる。ここにあるものは己の三歳とその他。純潔の約定と飢餓とその他。
逸見猶吉詩集 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
さらに正面の棺を破ってみると、棺中の人は髪がすでに斑白はんぱくで、衣冠鮮明、その相貌は生けるが如くである。棺のうちには厚さ一尺ほどに雲母きららを敷き、白い玉三十個を死骸の下に置きならべてあった。
朝なれば風はちて 雲母きららめく濠のおもてをわたり
無題 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
紙のような、雲母きららのような黄金こがね
雲母きららの羽を
短歌集 日まはり (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
ごうの北に八ツ面山おもてやまというのがある。そこから雲母きららを産するので、遠い昔からこの地方を、吉良きらあがたとよび、吉良の庄とも唱えてきたのじゃ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雲母きららのような波を刻んでいる東京湾、いろいろな旗をひるがえした蒸汽船、往来を歩いて行く西洋の男女の姿、それから洋館の空に枝をのばしている
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
長崎は雨の尠いところだそうだのに、今朝も、雲母きららを薄く張ったような空から小糠雨が降って居る。俥で、福済寺へ行く。やはり、南京寺の一つ、黄檗宗に属す。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
南は嶮山重畳のモン・ブランマシッフと、氷河の蒼氷を溶かしては流すアルヴの清洌、北には雲母きらら張りの衝立エクランのように唐突に突っ立ちあがるミデイ・ブラン、グレポンの光峰群デ・セイギイユ
雲母きららのようにぎらぎら光る衝立ついたてが立っているので、それを左によけて通った。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ひげやしている男は雲母きららのようなものを自分の廻りにき散らしながらひとりでにやにや笑っていた。入れ代って飛び込んで来たのは普通一般の化物とは違って背中せなかに模様画をほり付けている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
瑞典スウェーデンかぶら大蕪おおかぶら、銀のいわしがちらかれば、さしずめわたしの雲母きらら集。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
海は——目の前に開いている海も、さながら白昼の寂寞せきばくに聞き入ってでもいるかのごとく、雲母きららよりもまぶしい水面を凝然ぎょうぜんたいらに張りつめている。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
火事の煙がうすらぐと共に、世間の騒音もしずまって、おぼろな月明りがけた夜をいちめんの雲母きらら光りにぼかしていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると番茶はいつのにか雲母きららに似たあぶらを浮かせていた。しかもそれは気のせいか、彼女の眉にそっくりだった。
たね子の憂鬱 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
へだ一川いっせんはいうまでもなく木曾の上流。岩に鳴る水や瀬にしぶく水の響きはするが、ふかい水蒸気につつまれて、月も山も水も雲母きららの中のもののようだ。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ののしる声だの、得物えものを打ちあう音だのが、明らかに聞きとれてきて、雲母きらら月夜の白い闇を、身を低めてかしてみると、覚明法師ただ一人に、およそ、十四
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、これは思わず彼が手を伸ばして、とらえようとする間もなく、眼界から消えてしまった。消える時に見ると、裙子はしゃのように薄くなって、その向うにある雲のかたまりを、雲母きららのように透かせている。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
雲母きららを浮かしたような薄氷が張っていた。その川の水は、たった六、七間をへだてたのみであるが、賛之丞の眼には、遠い海にも持って行かれるような大きな運命的な流水に見えた。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おそろしい力が、今自分の信念もいや生命までも肉と魂とを引き裂いて胸のうちから引っ張ってゆくのではないかと気づいて、慄然りつぜんと、われにかえった眼で、雲母きらら曇りの月を探した。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近い山はうるしより黒い、遠い山は雲母きららよりあわかった。晩春なので、風はぬるくて。——
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その一つは今、佐々木小次郎の駈けて行った雲母きらら越え叡山道えいざんみち
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)