離室はなれ)” の例文
そして、庭の外はすぐ東山裾の深い竹林につづいている奥まった離室はなれに通って、二、三の食べる物などを命じてしばらく話していた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
やがてお客様達がお食堂の方へお入りになると、乳母ばあやさんは達也様を抱いて、静かなお離室はなれへやって来て、一息いていました。
美人鷹匠 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
「拙者は酒に弱いので早く酔いつぶれて、離室はなれを借りて寝てしまった、火事の知らせがあるまで、なにも知らずに眠っていたのだ」
初午試合討ち (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……そこへおまえさんというかもがかかったから、早速、馴じみの与力衆から手を廻して、今、わたしの出て来る前に、離室はなれでその取引さ
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
離室はなれになっている奥の居間へ行ってみると、竹の葉影のゆらぐ半月窓のそばに、二月堂にがつどうが出ているだけで、あるじはいなかった。
ユモレスク (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「嘘よ——。相変らず離室はなれで寝てゐるわよ。皆なが来てゐるから一処に遊びませんかツて、わたしが先刻お迎へに行つたらばね——」
夜の奇蹟 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
窓から見える草間の離室はなれへ、あさに晩にこっそり出入りしている隻眼せきがんのお侍が、栄三郎様と同じ作りの陣太刀をいていることを知って
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
客は、なまじ自分のほかに、離室はなれに老人夫婦ばかりと聞いただけに、廊下でいきなり、女の顔の白鷺しらさぎに擦違ったように吃驚びっくりした。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
視野をさえぎるのは長崎屋の巨大なむね、——その下には、巨万の富を護るために抱えておくという、二人の浪人者の住んでいる離室はなれも見えます。
竹村夫婦は、どこかの離室はなれめいたところに暮していて、柴折戸しおりどのような門口から、飛石づたいにいきなり座敷の前に出た。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
で、靜子は下女に手傳はして、兄を寢せ、座敷を片附けてから、一人離室はなれに入つた。夜氣がしつとりと籠つて、人なき室に洋燈が明るく點いてゐる。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
一人の息子さんがおありのようだが、土蔵の裏の離室はなれが空いているから、そこを勉強室にした方がよかろう、と言った。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
ところがこの家では、お祖母さんが離室はなれで、おりおり卵の壺焼をこさえては、おやつ代りに恭一と俊三とに与えている。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
F楼の廊下から中庭の飛び石へ、離室はなれからまた店へ——彼女の遁げめぐる痕々あとあとへ生命の最後の赤い点滴が綴られた。
彼はその眼から、自分と自分を引きもぎるようにして、鈎の手の廊下で半ば離室はなれになってる自分の室へ退いた。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ことに私はいつも其家そこ離室はなれに滞在する事にきめてあるので少しの遠慮もいらないから、とたって勧める。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
大きい木戸から作り庭の燈籠とうろうの灯影や、橋がかりになった離室はなれ見透みすかされるような家は二軒とはなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
美迦野みかのさんは、炬燵布団こたつぶとん綴糸とぢいとをまるいしろゆびではじきながら、離室はなれ琴歌ことうたこえをあはせた。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
桂木先生と誰れも褒めしが、下宿は十町ばかり我が家の北に、法正寺と呼ぶ寺の離室はなれかりずみなりけり、幼なきより教へを受くれば、習慣ならはしうせがたく我を愛し給ふこと人に越えて
雪の日 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
周囲を廻れば五町もあろうか、主屋おもや離室はなれ、客殿、ちん厩舎うまや納屋なやから小作小屋まで一切を入れれば十棟余り、実に堂々たる構造かまえであったが、その主屋の一室に主人紋兵衛はせっていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
十分ばかりつたのち、僕は息を切らしながら、当時僕等の借りてゐた、宿やど離室はなれに帰つて来た。離室はたつた二間ふたましかない。だから見透みすかし同様なのだが、どこにも久米の姿は見えなかつた。
微笑 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その鉱泉旅館へ一二回往ったことのある二人は、すぐ多摩川の流れを欄干らんかんの前に見る離室はなれへ通された。二人はその離室で午食ごしょくとも夕食ゆうしょくとも判らない食事をしながら話した。章一は酒を飲んでいた。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と夫婦打ち連れ、廊下伝いに娘お豊のめる離室はなれにおもむきたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
コゼットは父が病気なのを見て、母家おもやをすて、小さな離室はなれと裏の中庭とにまた多くいるようになった。彼女はほとんど終日ジャン・ヴァルジャンのそばについていて、彼の好きな書物を読んでやった。
「その家には、離室はなれでも、別にあるのかね?」
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「その謠の先生いふ家が、たゞの家とは違ひまんねと。奧に離室はなれ座敷があつて、おみつつあんみたいな娘さんが、五人も六人も集まつて來るしくみになつてゐますさうな。うちのおつさんが、饂飩屋で聞いて來やはりましてん。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
友人の離室はなれなどで
わがひとに与ふる哀歌 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
一緒に家へ帰ってみるとなるほど、奥の離室はなれの方から賑かな楽しそうな笑声が聞えています。従兄の仙ちゃんが来ているんです。
深夜の客 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
その奥庭の離室はなれだ。午下ひるさがりのうららかな陽が、しめきった障子に木のかげをまばらにうつして、そよ風に乗ってくる梅の香。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
御新造ごしんぞのお利榮さんと、私と手代の勘次郎と、下女のお萬と、それつきりでございます。——それから離室はなれのお安さん」
で、静子は下女に手伝はして、兄を寝せ、座敷を片付けてから、一人離室はなれに入つた。夜気が湿しつとりと籠つて、人なきへやに洋燈が明るくいてゐる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私の生れたのは今私が籠居してゐるあのまゝの離室はなれであり、あの撥釣瓶でその産湯が汲まれたのであるといふやうなことを呑気に告げたのである。
心象風景(続篇) (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
その一つは三日まえにこの佐原屋の二階の離室はなれへ泊りこんだ客の、ずしりと重い懐中ふところである、旅へ出ての手始め、三次は気負ってこいつを狙った。
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と慌ててそこから庭下駄の音を転ばせた千浪が、前の離室はなれの側まで帰って来ると、おどろいたように床下からぱっと飛び出した男が、千浪の胸にどんとぶつかった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旅客用の部屋は母屋おもや鍵形かぎがたになつた離室はなれの方で、二階二間、階下二間、すべて六疊づつの部屋なのです。
樹木とその葉:33 海辺八月 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
順造は一寸其処につっ立っていたが、産婆が何かの用事にかかったので離室はなれの自分のへ逃て行った。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「ことによるとわたし達は冬子さんのいる春風楼へゆくことになるかも知れませんよ。あすこの離室はなれが空いているから、そこをお前の勉強室なり、寝室なりにしておいてね」
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
次郎は、はっとして、カステラの箱を小脇に抱えるなり、階段を降りて、大急ぎで離室はなれの方に行った。離室は人の頭で真っ黒だった。大ていの人は立ったまま病人を見つめていた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
知合のうちが広うございますもんですから、その離室はなれのような処へ移しましたんですの。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幸ひと申しては變ですが、旦那樣はお耳が遠くて、少しくらゐのことでは氣がつかず、若旦那樣方のお部屋は離室はなれで、ぐつと遠くなつて居ります
四年以前、野村が初めて竹山を知つたのは、まだ東京に居た時分の事で、其頃渠は駿河臺のとある竹藪の崖に臨んだ、可成な下宿屋の離室はなれにゐた。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
離室はなれのお客さんが、御酒ごしゆを所望なすっていられるのです。宿をするぐれえなら、寝酒はつきものだとおっしゃるので」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
恰度離室はなれが六畳八畳の二間なので、私はもと/\からの南向きの六畳に、彼は西向きの部屋に、わかれた。
病状 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
龍助の画室は洋館の離室はなれを改造したもので、明りとりも大きく、贅沢ぜいたくな嵌込み煖炉だんろがあって窓は全部二重硝子ガラスになっている十坪ほどのがっちりした部屋だった。
正体 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その間に、夫人は、竹荘ちくそうと呼んでいる奥殿の離室はなれで、静かに朝茶の釜をにかけている。その釜の湯のたぎる頃——内匠頭の庭下駄の音がそこへ近づいて来る。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「宅の離室はなれをおかしして上げていました。こんどの兄の滞在は余り長くない予定でございましたので——」
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
離室はなれになつてゐる私の書齋の石段には、常に三四種類の蟻が來て餌をあさつてゐた。眼にも入らぬ埃の樣な追ふにも追はれぬ小さな薄赤い蟻はよく机から本箱の隅までも這ひよつて來た。
僕の身分で贅沢なことは云って居られませんから、百姓家の狭い離室はなれを借りたのです。僕は士官学校がなお休暇にならないものですから——休暇は八月になってからです——東京に残っていました。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
此室ここ貴方あなたと、離室はなれの茶室をお好みで、御隠居様御夫婦のお泊りがあるばかり、よい処で、よい折から——と言った癖に……客がぜんの上の猪口ちょくをちょっと控えて、それはお前さんたちさぞ疲れたろう
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてお祖母さんは、離室はなれの縁から
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)