逡巡しゅんじゅん)” の例文
羞恥とか逡巡しゅんじゅんとかいう感情は微塵みじんもなく、人前であろうとなんであろうと遠慮なく極端な愛情を流露させるというやりかたなのです。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
逡巡しゅんじゅんしていたが、けさ末造が千葉へ立つと云って暇乞いとまごいに来てから、追手おいてを帆にはらませた舟のように、志す岸に向って走る気になった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
この際にも、正しく事態を直観していた者は、かの老将斎藤利三としみつであった。そして光秀が逡巡しゅんじゅんなお決しかねている進退にたいしても
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
容易にさばけぬと叫ぶようであった。先がつかえているためにむなく逡巡しゅんじゅんして、何かそのことを憤っているような川鳴りの音であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
それでも彼が入口に立って、逡巡しゅんじゅんの視線を漂わせていると、気のいた給仕が一人、すぐに手近の卓子テエブルに空席があるのを教えてくれた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
サン・メーリーの頑強がんきょうな警鐘の響きは、逡巡しゅんじゅんしてる者らを多少奮い立たした。ポアリエ街とグラヴィリエ街とに防寨が作られた。
愛は一つの時には一つの対象に向って、躊躇逡巡しゅんじゅんなく傾けつくされる。心が分かれるのは愛でありません。愛は全部的です。
僕は生まれつきすこぶる寒さに弱い体質である。しかし報道記者としての僕の野心は、つひに一切の顧慮や逡巡しゅんじゅんにうち勝つた。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
小児等しばらく逡巡しゅんじゅんす。画工の機嫌よげなるを見るより、一人は、画工のせなかいだいて、凧を煽る真似す。一人は駈出かけだして距離を取る。その一人いちにん
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
温和しい妻が夫人のために、どんなに云いくるめられ、どんなに飜弄ほんろうされているかも知れぬと思うと、一刻も逡巡しゅんじゅんしているときではないと思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし解剖医は逡巡しゅんじゅんも興奮をも示さず、きわめて自然にメスをあげて、屍体の右の耳の上に当てた。そしてそのまま、頭の上の方へスーッと引いた。
人体解剖を看るの記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それなら親切に教えてやるべきだという勇気が急に起ったので、彼は逡巡しゅんじゅんする気色けしきもなく、真正面に女の方を向いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
産褥さんじょくの苦痛に逡巡しゅんじゅんしたり、性交の快楽を減じたりする理由から妊娠をいとい、または生児の養育を他人に託するようなことを弁護する者では断じてない。
母性偏重を排す (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
逡巡しゅんじゅんしたが、しかしもうどうしようもない、半ば自棄やけ気味で覚悟を定めると、彼は裸になり、湯ぶねの蓋を取った。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
この企画に躊躇ちゅうちょしていたようであったが、私は、少年の逡巡しゅんじゅんの様を見て、かえってたけりたち、佐伯の手を引かんばかりにして井の頭の茶店を立ち出で
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
むしろかの女の未練やら逡巡しゅんじゅんやらのむしゃむしゃした感情を一まとめにかき集めて、あわや根こそぎ持ち去って行きそうな切迫をかの女に感じさせた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
空想はかなり大きく、談論は極めて鋭どかったが、ざ問題にブツかろうとするとカラキシ舞台度胸がなくて、存外※咀しそ逡巡しゅんじゅんして容易に決行出来なかった。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
菜穂子の考えはいつもそうやって自分の惨めさに突き当った儘、そこで空しい逡巡しゅんじゅんを重ねている事が多かった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
逡巡しゅんじゅん」という漢語を奇警きけいに使って、しかもよく効果を納めている。芭蕉もよく漢語を使っているが、蕪村は一層奇警に、しかも効果的に慣用している。一例として
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
私たちの歩行にはかつて懐疑があったろうか、私たちの言語にはかつて逡巡しゅんじゅんがあったろうか。もしあるなら立ちどころに足は渋るであろう、言葉は絶えるであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
したがって殺した方が目的にかなう場合には、みずからを逡巡しゅんじゅんや反省なしに平気で殺人を敢行かんこうするのである。そして、that's that として、すぐに忘れる。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
こう言ったら恐らく驚いて逡巡しゅんじゅんするだろうと思ったところが、案外にも川上は平気な顔で——努めて平気をよそおっていたのかも知れないが——はあ、よろしゅうございます
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もうそろそろ信心の方も見きりをつけて浮世の為事しごとをして見ようと思ったそうである。そして逡巡しゅんじゅんしているうちに、眼は二たびかすんで来てもとのようになりかけたそうである。
遍路 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
逡巡しゅんじゅんするはいたずらに時刻の空費と考えた栄三郎、躍動に移る用意に、体と剣に細かくはずみをくれだすと、機先きせんせいしてくるかと思いのほか、正体の知れない火事装束の武士
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
先ずよほどの自信家でない限り論文提出について逡巡しゅんじゅんせざるを得ないであろう。
学位について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自分の心象を綴るに恋々れんれんとしている私の心をもう押えることは止めにしましょう。低徊ていかい逡巡しゅんじゅんする筆先はかえって私の真相をお伝えするでしょう。調ととのわぬ行文はそのまま調わぬ私の心の有様です。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
と申しましても私自身その行動に就いては或る鬼魅きみの悪い疑問を持っているのでありますが、然も己が罪悪を認めるにいささかも逡巡しゅんじゅんする者でなく会う人ごとに自分は人殺しだと告白するにも拘わらず
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
ルセアニア人が、逡巡しゅんじゅんしながら、割り込んだ。彼女が、受け取った。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
世に認められようとして苦しむ美術家たち、冷たき軽侮の影に逡巡しゅんじゅんしている疲れた人々よ! などというが、この自己本位の世の中に、われわれは彼らに対してどれほどの鼓舞激励を与えているか。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
これは当人が逡巡しゅんじゅんするであろうことはほぼ間違いがないのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と僕は躊躇ちゅうちょ逡巡しゅんじゅんする訳があるのだった。
ロマンスと縁談 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
逡巡しゅんじゅんとしてまゆごもらざる蚕かな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
逡巡しゅんじゅんしない勇気を身に覚える。
しかしこういう内省はしても、その内省にとらわれて、彼に会うことを逡巡しゅんじゅんしたり卑屈な弁解べんかいを考えてみたりする信長ではなかった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし少しも逡巡しゅんじゅんすることなしに、承諾の返事をさせたのは、色糸のおちゃらが坂井夫人の為めに緩頬かんきょうの労を取ったのだと云ってもい。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
開拓主事の阿賀妻には、かあいそうに——逡巡しゅんじゅんの気持はなかったのだ。彼は代表し実行した。妻女も位牌いはいも連れて率先して出かけていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
惑乱と逡巡しゅんじゅんとのあの夜に彼が予見したことは、すべて事実となって現われた。彼がいなくなったことは、果して魂のなくなったに等しかった。
小児等こどもらしばらく逡巡しゅんじゅんす。画工の機嫌よげなるを見るより、一人は、画工のせなかいだいて、凧を煽る真似す。一人は駈出かけだして距離を取る。其の一人いちにん
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
十分ばかり逡巡しゅんじゅんした後、彼は時計をポケットへ収め、ほとんど喧嘩けんかを吹っかけるように昂然こうぜんと粟野さんの机の側へ行った。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人夫の逡巡しゅんじゅんのうちに、いよいよ疾風がドッと吹きつけてきた。黒雲は、手の届きそうな近くに、怒濤のように渦を巻きつつ、東へ東へと走ってくる。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
思った事と、それを言葉で表現する事との間に、些少さしょう逡巡しゅんじゅん、駈引きの跡も見えないのです。あなた達は、言葉だけで思想して来たのではないでしょうか。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
「そりゃわたしのために大変都合が好かった」と機嫌きげんの好い調子で受けたが、「しかしあなたの勝手と云うのは何です」と聞き返した。敬太郎は少し逡巡しゅんじゅんした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その筆にかつてよどみがあったろうか、逡巡しゅんじゅんが見えるであろうか。それも筆の走りに美しさを認めたからではない。多く描かねばならない故、早さが伴うたに過ぎない。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かの女はそんな空想や逡巡しゅんじゅんの中に閉じこもって居るために、かの女に近い外界からだんだんだん遠ざかってしまった。かの女は閑寂かんじゃくな山中のような生活を都会のなかに送って居るのだ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
すこし逡巡しゅんじゅんしたのち、夫人はその夢物語をはじめた。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
行く春や逡巡しゅんじゅんとして遅桜おそざくら
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「たのみましょうぞ、貴殿に——こういうことは、逡巡しゅんじゅんいたしておれば得てして邪魔がはいるもの、兵は迅速をとうとしとなしますでのう」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
さすれば孟達の良心は自らの苛責かしゃくに、進むも得ず、退くも難く、結局、仮病けびょうをつかって、逡巡しゅんじゅん日を過してしまうでしょう。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日でも中産下層階級の子弟は何か買いものをするたびにやはり一円持っているものの、一円をすっかり使うことに逡巡しゅんじゅんしてはいないであろうか?
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
官憲も狼狽ろうばいさせられることがある、規則も事実の前に逡巡しゅんじゅんすることがある、万事が法典の明文のうちに当てはまるものではない、意外事は人を服従させる