身上しんしょう)” の例文
お雪ちゃん、お前の前だけれども、女というものは、なんのかんのと言うけれど、つまるところは面だけが身上しんしょうじゃねえのかなあ——
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
家を堅くしたと言われる祖父が先代から身上しんしょうを受取る時には、銭箱に百文と、米蔵に二俵のたくわえしか無かった。味噌蔵も空であった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
第一身上しんしょうが違う、三河町の吉田屋へ転がり込めば、相手が仏様になっていても、まさか唯じゃ投り出されない——まず欲得ずくだろうな
その苦労をおとらは能くお島に言聞せたが、身上しんしょうができてからのこの二三年のおとらの心持には、いくらかたるみができて来ていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何んと恐しかろう。捻平さん、かくまで身上しんしょうを思うてくれる婆どのに対しても、無駄な祝儀は出せませんな。ああ、南無阿弥陀仏なむあみだぶつ
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしは抽斎の師となるべき人物を数えて京水けいすいに及ぶに当って、ここに京水の身上しんしょうに関するうたがいしるして、世の人のおしえを受けたい。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
久「おら此家こっちの旦那の身寄りだというので、みんなに大きに可愛かわいがられらア、このうち身上しんしょうは去年から金持になったから、おらも鼻が高い」
身上しんしょうを潰したのも八橋が半分は手伝っている。命と吊り替えというほどの千両を残らずけむにしたのも、みんな八橋のためである。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
僕の一家は宇治紫山うじしざんという人に一中節いっちゅうぶしを習っていた。この人は酒だの遊芸だのにお蔵前の札差しの身上しんしょうをすっかり費やしてしまったらしい。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
当時頭をもたげて来たのが東金家だった。東金君のお父さんは一代で身上しんしょうを拵えるくらいの人だから、ナカ/\の遣手やりてで、兎角の風評があった。
村一番早慶戦 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
律義な爺さんの一代にしっかり身上しんしょうを持ち上げ、偕白髪ともしらがの老夫婦、子、孫、曾孫の繁昌を見とどけてのめでたい往生でした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お前も知ってのとおり深田はおらうちなどよりか身上しんしょうもずっとよいし、それで旧家ではあるし、おつねさんだって、あのとおり十人並み以上な娘じゃないか。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
智慧ののような金具を出して五ツのかぎに解き放し、それを長押なげしへ一つずつ懸けて、笠、衣類、合財袋、煙草入れ、旅の身上しんしょうをのこらずこれに吊ってみせる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とにかく大師の立寄った家では身上しんしょうがよくなると言って、今でもひそかに心待ちにしている人もあるという。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
伊豆伍いずごは、身上しんしょう二十五万両と言われる神田三河町の大店おおだなだ。一代分限だいぶんげんで、出生しゅっせいは越後の柏崎かしわざきだという。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ドーブレクは彼を刑事と思った。ドーブレクにしろ、警視庁にしろ、この事件のうちへ第三の怪物が飛び込んで来た事を未だに知らないでおる。それだけが彼の身上しんしょうだ。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
女道楽をはじめとして私行的の道楽なら、いくら金を使っても池上の身上しんしょうとしてはたかが知れたものである。たゞ事業の道楽をやられては怖い。父の理兵衛がよい手本である。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
長火鉢は拭き込んでてらてら光るところが身上しんしょうなのだが、この代物しろものは欅か桜かきりか元来不明瞭な上に、ほとんど布巾ふきんをかけた事がないのだから陰気で引き立たざる事おびただしい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ものをしまつにするすべを知らないで、一生乏しい乏しいで終わったものの子供は、生まれながらに福分うすく、一代で身上しんしょうを起こしたというような人は、その親であった人も
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
一体その娘の死んだ親父おやじというのが恐ろしい道楽者で自分一代にかなりの身上しんしょうを奇麗に飲みつぶしてしまって、後には借金こそなかったが、随分みじめな中をおふくろと二人きりで
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
その代り身上しんしょうの贅沢はいわない、どのみち何とか色は附けてくれるんだろうから。——さきの出ようが出ようだから。こっちも構わねえ、高飛車に出てやったとそういっていた。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
千吉は今では新しい得意もでき、子育ての中で家を建てたり、畑を買ったり、やりくりのうまい女房のおかねは身上しんしょうを作るのに夢中で、近所づき合いもろくにしない暮し方をしていた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
「じゃ、あんたは一度にひと身上しんしょうこさえてしまわなくちゃ承知できないの?」
ふきのすりきれた古袷と剥げッちょろ塗鞘の両刀だけの身上しんしょう
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
身上しんしょうを起すには今日を逸してはならぬと寄手は勇み立った。
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
はしのいたところが、まずなによりの身上しんしょうなのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
身上しんしょうだって財産かまどだって、つぶれてしまうのあたりめえだ……
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「伊勢屋の後家だよ、たいした身上しんしょうだとさ。それをつけ廻して三年、とうとうものにしたじゃないか、忘れもしない、あの前の晩だよ」
「あすこも近ごろは身上しんしょうを作ったそうで、良人おやじからお庄をくれてやろうかなんて言ってよこしましたけれど、私は返事もしましねえ。」
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
旅順は落ちると云う時期に、身上しんしょうの有るだけを酒にして、漁師仲間を大連へ送る舟の底積にして乗り出すと云うのは、着眼が好かったよ。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「この店もしかるべき大家のようだが、こう人真似ひとまねをするようになっちゃあ、身上しんしょうが左前になったのかな……番頭にいいのがいねえんだな」
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
質屋と云っても半分は農家で、相当の身上しんしょうであるらしい。その裏手に二軒の家作かさくがあって、大工や左官などがはいっていた。
今では横浜はまへ往って居りやすが、何うも身上しんしょうを大きくするくらいの奴は無理な算段でもって店を明けるような事が有ろうが、何うもへゝゝゝゝ
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この路を去る十二三町、停車場よりの海岸に、石垣高く松をめぐらし、廊下でつないで三棟みむねに分けた、門には新築の長屋があって、手車の車夫の控える身上しんしょう
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僕は遊びに行っていて、これじゃとてかなわないと思ったことがある。村の連中は身上しんしょうの大小で人間の値打をめる。最も興味のある話題は人の家の財産だ。
村一番早慶戦 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「ねいおッさん、小手の家では必ず省作に身上しんしょうを持たせるといってるそうだから、ここは早く綺麗きれいに向うへくれるのさ。おッ母さんには御異存はないですな」
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
諸人の羨望せんぼうの的であって、一代に身上しんしょうを作ったものの器量と才覚では、とうていこれと競争もできず、本人たちもまたたとい隆々たる家運を誇ることはできぬまでも
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
どうも、うちの老先生のようじゃ、とても身上しんしょうの持ち直しは覚束おぼつかないですねえ。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
細君が年に一度の願だから是非かなえてやりたい。平生いつも叱りつけたり、口を聞かなかったり、身上しんしょうの苦労をさせたり、小供の世話をさせたりするばかりで何一つ洒掃薪水さいそうしんすいの労にむくいた事はない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父子各自の身上しんしょうについてはすべてかれこれと互いに異議をいれずに適宜に処置するであろう、神葬墓地の修繕を怠るまじきことはもとより庭園にある記念の古松等はみだりに伐採しないであろう
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
井筒屋の引っ越したのも、それにつづいての二三げんの空家になったのも、おそらく……ではない、まちがいなく、またしても、そこに、大きな身上しんしょうの、銀行あるいは会社ができるにちがいない……
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「旦那、まだありますよ、——身上しんしょうつぶしてしまった研屋五兵衛に、三千五百両という大金を融通したのは、ありゃ、何のためでした」
「それに自分の着物を畳みもせずに、ぬぎっぱなしで寝て了うなんて、それだから御父さんも、この身上しんしょうは譲られないと言うんじゃないか」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女のために身上しんしょうを棒に振るほどの粋人でないだけが恨みだが、半七よりもいくらか若くて、武骨で、ウブなところが嬉しい。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その償いの一端にさえ、あらゆる身上しんしょうけむにして、なお足りないくらいで、焼あとには灰らしい灰も残らなかった。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「その家主の煙草屋は関口屋という古い店で、身上しんしょうもよし、近所の評判も悪くないうちです。そこの女中のお由という若い女が二、三日前に死にました」
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
丈「いや奉公人も大勢置いたが、宿屋もあわんから奉公人にはいとまを出して、身上しんしょうを仕舞おうと思ってるのさ」
差当り、銀さんはたった一人の内弟子だった。経歴は商業学校卒業、会社員、斯ういう芸道の志望者としては珍らしい。親父さんが義太夫にって身上しんしょうつぶした。
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だって随分いろいろな事をして、一代のうちに身上しんしょうを拵えた人だと云うのですから、わたくしどんな気立の人だか分からないと思って、心配していたのですわ。そうですね。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
またはこまかく裂かずに一枚の附木を使ったために、身上しんしょうが持てぬと謂って帰された嫁の話なども、つまりはこの物が火吹竹と同じに、ぜにを払わなければならぬ発明であるが故に
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)