豊饒ほうじょう)” の例文
旧字:豐饒
そして、胸のふくらみから腰から脚へかけての線など、その豊饒ほうじょうな肉体の弾力のある充実を、めざましく、ものの美事に示している。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
三十五歳で不遇のうちに死んだモーツァルトの遺産が、なんと後世の生活を豊饒ほうじょうにし、張り合いのあるものにしたことであろうか。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
イギリスの土地のある小さな部分を美しく平和にかつ豊饒ほうじょうなるものにしようと試みよう。そこには蒸汽機関も鉄道も一切なしにしよう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
次にこの鉢を持って裏の畑へ行き、最も豊饒ほうじょうらしい土を一鉢分失敬した。だが、いくら豊饒でも、畑の土には石や枯れ葉がまざっている。
雪割草の花 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
一時の愛と母性というただ二つの偶像に燔祭はんさいとしてささげられて、いたずらに燃えつくしてる、その熱烈豊饒ほうじょうな力をもってる無数の女を
たとえば、五穀の豊饒ほうじょうを祈り、風水害の免除をいのり、疫病の流行のすみやかに消熄しょうそくすることをいのみまつったのである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
活溌な有機的関係によって相互的に各面が豊饒ほうじょうになりつつあること、強靱きょうじんになりつつあることの自覚を高めているのです。
北斎ほくさいなどの読み本の挿画には、田舎の豊饒ほうじょうを写し出そうとすると、きまって鳴子なるこ頓著とんじゃくせぬらしい雀の大群が描いてある。
物足りなさにすすり泣いていた豊饒ほうじょうな肉体——かの女が規矩男のその肉体をまざまざ感じたその日、かの女は武蔵野へ規矩男を無断で置いて来た。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私が一度その坂の上に立った時は秋で、豊饒ほうじょうな稲田は黄色い海を見るようだった。向の方には千曲川の光って流れて行くのを望んだこともあった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
だが元々、藩士の性骨しょうぼねは、この五こく豊饒ほうじょうで風光のものやわらかな瀬戸内の潮風や中国の土だけに出来上ったものじゃない。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこには何か宇宙的なものがあり、世界のつきることのない活力と豊饒ほうじょうとを、そうすることを禁じられるまではいつまでも宣べ伝えているのであった。
小さい愛の神のアモールたちは、そのまわりでワニとたわむれていました。豊饒ほうじょうの角の中にはごく小さいアモールがひとり、うでを組んですわっていました。
豊饒ほうじょうな土地には、もう立札が立っている。雪の中に埋められて、馬鈴薯も食えずに、一家は次の春には餓死することがあった。それは「事実」何度もあった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それで歩きながらわたしの目は両側りょうがわかぎっているおかや、豊饒ほうじょうな田畑よりも、よけい水の上に注がれていた。
これが実現されると領内の耕作地はたちまち豊饒ほうじょうな田園に一変するが、しかし、これに隣接する他領
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
豊饒ほうじょうな大陸文化を十分に摂取しながら、よく日本独特の美の源泉を濁らしめず、現場の技術者等をも用捨なく指揮統率あらせられた御姿は実に颯爽さっそうたるものであった。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
豊饒ほうじょうな土地におろされた種が伸びやかに生長して美しき花を咲かせやすいように、よき周囲の状態に置かれた心は純粋にまた正直に育って行って美しき夢を結びやすい。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
と、歌にさえ作られて唄われた、その豊饒ほうじょうの伊那平野には青い物の影さえ見られなくなった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
はたしてこの地つづきの原野に、報告されたほどの豊饒ほうじょうな土があるか? くわをふるって開墾するだけがわれわれのあたえられたみちか? 土民になるのが唯一の生きる途であろうか?
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
もっとも最近になって、独逸ドイツのヒッペルのように、先生の仕事を引用して、火花の形の研究から豊饒ほうじょうな研究の領域がひらけるであろうということを指摘しているような人もないではない。
指導者としての寺田先生 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼女はそれらの行のうちに感じた、情に燃えた熱烈な豊饒ほうじょうな正直な性質を、きよい意志を、大なる悲哀と大なる希望を、思いもだえる心を、また恍惚こうこつたる喜びの発揚を。その手記は何であったか。
ジャン・クリストフの眼つきに接しただけですでに、世界に散在してる未見の友人らは、この作品の源泉たる悲壮な友愛、この勇壮な気力の河流が出てきた豊饒ほうじょうな絶望を、感じてくれたのである。
ここが最も豊饒ほうじょうな産地であろうと語られた。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
豊饒ほうじょうな科学のみのりが
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
そして今二人いっしょにいると豊饒ほうじょうな気がした。クリストフの影に身を置いて、オリヴィエは光にたいする趣味を見出した。
立派な作、豊饒ほうじょうな作、こう讃えるより外はない。上部左右には四角の面相対し、合せて下部一条の円筒形に相対する。驚くべき確かな均合つりあいとその調和。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
仏伊の通俗楽に通暁つうぎょうした彼にとっては、その豊饒ほうじょうなる創作力を傾けて、美しき組曲、序曲、その他の器楽曲を生産せしむる唯一の機会でもあったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
ニオはすなわち稲村いなむらのこと、中央部でスズミともスズシともいうものと同じであって、この日新たにこれを積んで見るのは、秋の豊饒ほうじょうを祝する意と思われるが
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
泡鳴著作多く、詩歌しいかに小説に、独自の異才を放つ。その感情の豊饒ほうじょうと、着想の奇抜は、時人を驚せり。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
過ぐる長雨から起き直ったはたけのものは、半蔵らの行く先に待っていて、美濃の盆地の豊饒ほうじょうを語らないものはない。今をさかりのいもの葉だ。茄子なすの花だ。胡瓜きゅうりつるだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこは河南の陳留ちんりゅう(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒ほうじょうであった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働いている。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
和金の清洒せいしゃな顔付きと背肉の盛り上りを持ち胸と腹は琉金の豊饒ほうじょうの感じを保っている。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けっして誤ることのないのは何事もなさない者ばかりである。生きたる真理のほうへ邁進まいしんする誤謬ごびゅうは、死んだ真理よりもいっそう豊饒ほうじょうである。
湖北某村とあるのみだが、春秋の二度、村社において行わるる家内安全五穀豊饒ほうじょうを祈る神事で、春は一月から二月の間に行われ、この村の実例は二月十二日だとある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この谷間は割合に豊饒ほうじょうで、傾斜の上の方まで耕されている。眼前めのまえに連なる青田は一面緑の波のように見える。士族地からここへ通って来るということも先生方を悦ばせた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この家の娘が身をけるようにして、河上を探りつつ試みたあの土俗地理学者との恋愛の話の味い、またその娘がついに流れ定って行った海の果の豊饒ほうじょうを親しく見聞して来た私には
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
浙江せっこう一帯の沿海を持つばかりでなく、揚子江の流域と河口をやくし、気温は高く天産は豊饒ほうじょうで、いわゆる南方系の文化と北方系の文化との飽和によって、宛然えんぜんたる呉国色をここに劃し
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その比類なき魅力は、豊饒ほうじょうなりっぱな土地にかかってるとともにまた、不屈不撓ふとうな民衆の努力にかかってるのだった。
五穀は豊饒ほうじょうだし、塩は増産されるし、風土はよし、物質ものにも、天然にも、余りめぐまれているので、おまえ達、町人初め、百姓も、藩士も、貧困を知らずに少しんびりしすぎておるよ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどもそういうものの起ったとき、無暗にこれ等の豊饒ほうじょうな果ものにかぶりつくのです。暴戻ぼうれいにかぶりつくのです。すると、いつの間にか慰められています。だから手元に果物は絶やさないのです
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
とりあえず半蔵らはその請書うけしょしたため、ついでにこの地方の人民が松本辺の豊饒ほうじょうな地とも異なり深山幽谷の間に居住するもののみであることを断わり、宿場しゅくば全盛の時代を過ぎた今日となっては、茶屋
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
力と愛とにあふれてる健全な豊饒ほうじょうな魂にとっても、神が存在するか否かを懸念けねんすることより、もっと緊急な沢山たくさんの仕事があたかもないかのようである。
玄徳は、劉表に代って、国主の「豊饒ほうじょうを共に慶賀するの文」を読みあげた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてその原始の自然に食い込んで生活を立てて行く仕事が、何の種類であれ、人間の生きる姿の単一に近いものであるように考えさせられた。始終自然からける直接の豊饒ほうじょうな直観に浸れもしよう。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これまで灰色の幻像にばかり限られていた禁欲生活の補いをつけた。運命のために息をふさがれていた彼の豊饒ほうじょうな性質は、これまで用いなかった享楽の力を突然意識しだした。
唯々いいとご承諾になったようですが、何といっても淮南わいなん豊饒ほうじょうの地、えん一族は名望と伝統のある古い家柄です。先ごろ呂布と一戦してやぶれたりといえども、決して軽々しく見ることはできません。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしこんどの新しい神秘な結合は、それよりもさらに豊饒ほうじょうであった。というのは、オリヴィエがかつて所有しなかったまれな宝を、喜悦を、グラチアは彼にもたらしたのだった。
行ってみると、ここは地味豊饒ほうじょう銭粮せんろうの蓄えも官倉に満ちているので
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ついに彼は、昔自分が攻撃した精神傾向を他人のうちに是認したばかりでなく、それを享楽するまでになった。なぜなら、それは世界の豊饒ほうじょうに貢献するところがあるようだったから。