裏表うらおもて)” の例文
「それが少しもわからないんですよ、その上裏表うらおもての門も切戸も内から念入に締って、輪鍵が掛っていたというから変じゃありませんか」
と、えいちゃんは、いまのからると、大形おおがたな、そして、ずれのした、一せん銅貨どうか裏表うらおもてかえしながら、さもなつかしそうにながめていました。
一銭銅貨 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たまたま大きな声で呼び留める人があるかと思えば、裏表うらおもての見えすいたぺてんにかけて、昔のままの女であらせようとするものばかりだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
花前と大悟徹底だいごてっていとは、裏表うらおもてであるが、自分と大悟徹底とは千葉と東京とのであるように思われた。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
一箇月ばかり前のばんに私がお客さんと舟で難波橋なにわばしの下で涼んで居たら、橋の上からお皿を投げて、丁度ちょうど私の三味線にあたって裏表うらおもての皮を打抜うちぬきましたが、本当に危ない事で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
他所よそくちさがせとならばあししまじ、いづ奉公ほうこう秘傳ひでん裏表うらおもてふてかされて、さてもおそろしきことひとおもへど、なにこゝろ一つでまたこのひとのお世話せわにはるまじ
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
上着と下着と長襦袢ながじゅばんと重なり合って、すぽりと脱ぎ捨てられたまま、畳の上にくずれているので、そこには上下うえした裏表うらおもての、しだらなく一度に入り乱れた色のかたまりがあるだけであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下札さげふだいまあつらへにやつてある、まだ出来できんが蝋色ろいろにして金蒔絵きんまきゑ文字もじあらはし、裏表うらおもてともけられるやうな工合ぐあひに、少し気取きどつて注文をしたもんぢやから、手間てまが取れてまだ出来できぬが
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
駆けて出て我家わがやかど飛着とびついて、と思ふに、けて、他人ひとの家からは勝手が分らず、考ふれば、毎夜つきに聞く職人が湯から帰る跫音あしおとも、向うと此方こちら、音にも裏表うらおもてがあるか
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と部下は武者声むしゃごえをあげるやいなや、蚕婆の家の裏表うらおもてから、メリメリッ、バリバリッと戸をみやぶっておどりこんだ。が、なかは暗澹あんたん、どこをさがしても、人かげらしい者は、見あたらなかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「僕はそんな裏表うらおもてのある人間は嫌いです」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その思想と伎倆ぎりょうの最も円熟した時、後代に捧ぐべき代表的傑作として、ハムレットを捕えたシェクスピアは、人の心の裏表うらおもてを見知る詩人としての資格を立派に成就した人である。
二つの道 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その本は大分丹念たんねんに使用したものと見えて裏表うらおもてとも表紙が千切ちぎれていた。それを借りたときにも返した時にも、先生は哲学の方の素養もあるのかと考えて、小供心こどもごころうらやましかった。
して、ばあさんのみせなりに、おうら身体からだむかふへ歩行あるいて、それが、たにへだてたやま絶頂ぜつちやうへ——湧出わきでくも裏表うらおもてに、うごかぬかすみかゝつたなかへ、裙袂すそたもとがはら/\と夕風ゆふかぜなびきながらうすくなる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「いえいえ。そういう大事なお使者なら、たった一つ人穴城へぬけるかくしみちへ、ごあんないいたしましょう。これ燕作さん、おめえちょっと、裏表うらおもてにあやしいやつがいないかどうかあらためておくれ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうもわからぬことがあるものだ。弥次馬やじうまにはなにもわかるまいが、わかる者から見ていると、世の中の裏表うらおもては、じつに奇妙きみょうだ。いや裏が表だか、表が裏だか、こう見ているとおれにさえわからなくなってくる」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)