つぐ)” の例文
それを見ると弟はきゅうに口をつぐんで、彼女を放っておいてどんどん先へいった。弟の胸の中に不満と淋しさがふくれ上っていたのだ。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
平次は他にもいろ/\のことを訊いて見ましたが、堀周吉は老巧な用人らしく口をつぐんで、それ以上は何んにも話してくれません。
ここに至っては、道西入道もおぞ毛をふるって口をつぐむほかはなかった。そして到底、かかる間の使いに立つのは身の危険であるとも考えた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
圭子が気色けしきばんで言ふので、蓮見も、「ぢや、君の好いやうにするさ」と言つて口をつぐんだのだつたが、彼とても別に定見のありやうもなかつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
しかし、それから奥のことについては、侯は一切口をつぐんで語らないので、ドイツ側じゃ、ごうやしているらしい。
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いやさうでもありません。」さう云ひながら、青年は力無ささうに口をつぐんだ。簡単に言葉では、現はされない原因が、存在することを暗示するかのやうに。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
いな」と気の毒そうに男が答える。「逢わせまつらんと思えど、公けのおきてなればぜひなしとあきらめたまえ。わたくしなさけ売るは安きの事にてあれど」と急に口をつぐみてあたりを見渡す。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぢい、いまひとつくんねえか」とさら強請せがんだ。かれは五りん銅貨どうくわ大事だいじにした。しかかれしばらく一せん銅貨どうくわれてたのでこゝろわづか不足ふそくかんじたのであつた。卯平うへいくちつぐんでる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その以前には皆して家の祕密の事は口をつぐんでしまつてゐたのです。孝順なバァサは、その兩方の點で親そのまゝでした。私は素敵な伴侶を持つた譯です——清淨で、かしこくて、從順な。
こう言って朴はしばし口をつぐんだ。が、しばらくしてまた彼は言った。
とこの説明を聞きて若紳士は忽ち口をつぐみぬ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
つぐみたる色あかきくちびるに、あるはいやしく
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「此家の前で、親分に話そうとしたが、奥にお組が居るから——私は怖い——とか何んとか言って、口をつぐんでしまったでしょう」
「あなたは妾に信頼して下さらない。」と細い声で云つてきつと口をつぐんだ。道助は少しけはしい眼つきをした。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
「いやそうでもありません。」そう云いながら、青年は力無さそうに口をつぐんだ。簡単に言葉では、現わされない原因が、存在することを暗示するかのように。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そして道ゆく者が近づくとすぐ口をつぐむのであった。人目に対してよそおうことに主従はいつか熟練していた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし婦人が何者であるか、彼との関係はどうなのであるかについては中々口をつぐんで語らなかった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
男は仕方なしに口をつぐんだ。女も留ったまま動かない。まだ白状しない気かと云う眼つきをして小野さんを見ている。宗盛むねもりと云う人は刀を突きつけられてさえ腹を切らなかったと云う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そんぢやだれだんべ、せんな」女房にようばうつたまゝどう見廻みまはして嫣然にこりとしていつた。それでもしばらくはすべてがくちつぐんでた。巫女くせよせばあさんははこつゝんだ荷物にもつそのまゝ自分じぶんひざきつけてつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「この家の前で、親分に話さうとしたが、奧にお組がゐるから——私は怖い——とか何んとか言つて、口をつぐんでしまつたでせう」
そこには秋霜のごとく犯しがたき威厳が伴った。こうした場合、これまでも忠直卿の意志は絶対のものであった。土佐は口をつぐんだまま、悄然として引き退いた。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
信盛もぜひなく口をつぐんだまま彼の落着くのを待っていた。しかし烈しい咳声しわぶきを抑えて病躯をんでいる半兵衛を前にしては、さすがに見ているのも苦しくなったとみえ
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の態度にはいつもに似気なく真剣なところがあるので、無駄の多いガラッ八も、さすがに口をつぐんで、親分の顔を見上げました。
符牒ふちょうの呼び値がかかりだすと、伊太利珊瑚の値は一躍百両を越えて百五十両の台になり、さすがな、買い方もッけにとられて口をつぐんでしまったと思うと、金吾のうしろから
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の態度にはいつもに似気なく真剣なところがあるので、無駄の多いガラッ八も、さすがに口をつぐんで、親分の顔を見上げました。
異様な感動に心もしびれたかの如くそのまま口をつぐんでいた。廊下を歩むしずかな跫音あしおとがそれとともに主従の耳に聞えた。於菊である。命ぜられた水を器に汲んでもどって来た。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は他にもいろいろのことを訊いてみましたが、堀周吉は老巧な用人らしく口をつぐんで、それ以上は何にも話してくれません。
と、時政はなぜか口をつぐんでしまう。あたりを見ているのである。それから云った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お葉は急に口をつぐみました。男に逢ふのを一生の大事と考へるやうな、冒涜ばうとく的な習慣を身につけたことが、フト極りが惡かつたのでせう。
宗矩は、それからまた、短檠たんけいに横顔を照らされたまま、しばらく口をつぐんでいたが
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うっかり口を滑らして、あわてた自分の態度がうとましいような気がして、ツイ按摩の顔から眼をらして、フッと口をつぐんでしまいました。
禁断の死針 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
で、彼が黙っていると、耕介も、ぶあいそに、いつまでも、口をつぐんでいる。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お梅は何か言はうとして口をつぐんでしまひました。平次はそれを聽き度くも無ささうに、八五郎を促し立てゝ外へ出るのです。
飲みほして、二人はなお語りつづけていたが、夜半よなかになると、さすがに何っ方からともなく口をつぐんで、まだ酒も少し残っていたが、脚だけを夜具に入れて、手枕のまま寝入ってしまった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お菊は何んか知って居たに違いないよ、昨日の夕方、此家の入口で俺と逢った時、何んか言いかけて急に口をつぐんでしまったじゃないか」
魚住十介を初め、ぴりっとして、口をつぐんでしまう。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次が問ひかけると、娘多世里は自分の喋舌しやべり過ぎたことに氣が付いたらしく、ハツと口をつぐんで平次の顏を見上げました。
金子重輔は、涕涙ているいして暫く、口をつぐんでしまった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
言いかけて又次郎は口をつぐみました。馬道からここまでは一と走りです。煙草を買うことにして、人一人殺しに来られないはずはありません。
「お菊は何にか知つてゐたに違ひないよ。昨日の夕方、この家の入口で俺と會つた時、何にか言ひかけて急に口をつぐんでしまつたぢやないか」
平次の論告に壓倒されて、お關の濱路はタジタジとなつて了ひましたが、それでも頑固に口をつぐんで、實は——と言つてくれさうもありません。
上樣御脈を拜する矢先となれば、隨分口をつぐんで、御檢屍も内々に願ふもあるでせうが、金づくでやつたとあつちや、私の顏が納まりません。
平次の論告に圧倒されて、お関の浜路はタジタジとなってしまいましたが、それでも頑固に口をつぐんで、実は——と言ってくれそうもありません。
一味の者は誰も知らず、係りの平見なにがしは口をつぐんで殺され、その首領の柴田三郎兵衛は、すずもりで腹を切ってしまった。
一味の者は誰も知らず、係りの平見なにがしは口をつぐんで殺され、その首領の柴田三郎兵衞は、鈴ヶ森で腹を切つてしまつた。
「近所の噂をかき集めて見たが、俵屋に遠慮して、田螺たにしのやうに口をつぐんでしまひますよ、成程、俵屋に睨まれちや、この土地で暮しが立たない」
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
掛けると、逃げ出さないまでも、用心深くなつて、田螺たにし見たいに口をつぐむに決つて居る、——知らん顏をして居るんだ
掛けると、逃げ出さないまでも、用心深くなって、田螺たにしみたいに口をつぐむに決っている、——知らん顔をしているんだ
これが伊與之助から引出した全部で、これより突つ込んで訊くと、口をつぐんでしまひます。伊與之助を歸すと、入れ代りに八五郎が戻つて來ました。
内儀のお延はフト舌をすべらせて、あわてて口をつぐみました。聡明さがツイ、女の本能のいかりに破れたという様子です。