総身そうしん)” の例文
旧字:總身
思わず飛上って総身そうしんを震いながらこの大枝の下を一散にかけぬけて、走りながらまず心覚えの奴だけは夢中むちゅうでもぎ取った。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
総身そうしんの活気が一度にストライキを起したように元気がにわかに滅入めいってしまいまして、ただ蹌々そうそうとして踉々ろうろうというかたちで吾妻橋あずまばしへきかかったのです。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
投げて俯伏うつぶせしまゝ牢番の言し如く泣沈めるていにして折々に肩の動くは泣じゃくりの為なるべく又時としては我身の上の恐ろしさに堪えぬ如く総身そうしんを震わせる事あり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
其の腹へ出来たは女という事を物語ったが、そんなら七ヶ年以来このかた夫婦の如く暮して来たお賤は、我が為には異腹はらちがいいもとであったかと、総身そうしんからつめたい汗を流して、新吉が
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これを見ました老爺おやじは、やがて総身そうしんに汗をかいて、荷を下した所へ来て見ますと、いつの間にか鯉鮒こいふな合せて二十もいた商売物あきないものがなくなっていたそうでございますから
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとりごちし時、総身そうしんを心ありげに震いぬ。かくて温まりし掌もて心地よげに顔をりたり。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
急に襲いかかるやるせない嫉妬しっとの情と憤怒とにおそろしい形相ぎょうそうになって、歯がみをしながら、写真の一端をくわえて、「いゝ……」といいながら、総身そうしんの力をこめてまっ二つに裂くと
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私は総身そうしんへ水をかけられたように寒くなり、真っ蒼な顔をして死んだように立ち竦んでしまった。すると緞子の帷の皺の間から、油絵に畫いてある通りの乙女の顔が、又一つヌッと現れた。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おもはず飛上とびあがつて総身そうしんふるひながら大枝おほえだしたを一さんにかけぬけて、はしりながらまづ心覚こゝろおぼえやつだけは夢中むちうでもぎつた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
今日けふはじめて自然しぜんむかしに帰るんだ」とむねなかで云つた。う云ひ得た時、彼は年頃としごろにない安慰を総身そうしんに覚えた。何故なぜもつと早くかへる事が出来なかつたのかと思つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
源次郎は孝助のうしろから逃げたら討とうと思っていますから、孝助は進めば鉄砲で討たれる、退しりぞけば源次郎がいて進退こゝきわまりて、一生懸命に成ったから、額と総身そうしんから油汗が出ます。
総身そうしんふるはして、ちひさなくちせつなさうにゆがめてけると、あふみづ掻乱かきみだされてかげえた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
総身そうしんが名状しがたい圧迫を受けて、わきの下から汗が流れた。漸く結末へ来た時は、手に持った手紙を巻き納める勇気もなかった。手紙は広げられたまま洋卓テーブルの上に横わった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と四人ひとしく刀を抜きつれ切ってかゝる、花車はかたわらった手頃の杉のを抱えて、総身そうしんに力を入れ、ウーンとゆすりました、人間が一生懸命になる時は鉄門でも破ると申すことがございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
突出つきだしひさしに額を打たれ、忍返しのびがえしの釘に眼を刺され、かっと血とともに総身そうしんが熱く、たちまち、罪ある蛇になって、攀上よじのぼる石段は、お七が火の見を駆上った思いがして、こうべす太陽は
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
明日の朝の八時はいつもの通り強い日が空にも山にも港にも一面に輝いていた。馬車をてて山にかかったときなどは、その強い日の光が毛孔けあなから総身そうしん浸込しみこむように空気が澄徹ちょうてつしていた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのうちに総身そうしんの毛穴が急にあいて、焼酎しょうちゅうを吹きかけた毛脛けずねのように、勇気、胆力、分別、沈着などと号するお客様がすうすうと蒸発して行く。心臓が肋骨の下でステテコを踊り出す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
総身そうしん赤くれたるに、紫斑々しはん/\あとを印し、眼もてられぬ惨状ありさまなり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
自分の眼が、ひとたびその邪念のきざさないぽかんとした顔にそそぐ瞬間に、僕はしみじみ嬉しいという刺戟しげき総身そうしんに受ける。僕の心は旱魃かんばつに枯れかかった稲の穂が膏雨こううを得たようによみがえる。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜なかに大騒ぎさ。先生悟ったような事を云うけれども命は依然として惜しかったと見えて、非常に心配するのさ。鼠の毒が総身そうしんにまわると大変だ、君どうかしてくれと責めるには閉口したね。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)