盃洗はいせん)” の例文
広巳は瓦盃かわらけを手にした。瓦盃には酒がすこしあった。広巳はそれを飲んで盃洗はいせんですすごうとしたが、すすぐものがないので躊躇ちゅうちょした。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
栄二は盃の酒を盃洗はいせんへあけ、すぐに手酌で注ぎながら、なんでもない、ごみだと云って、また盃の中をみつめてから酒を啜った。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なお親戚の者が差出した盞も盃洗はいせんの水で丁寧ていねいに洗った後でなければ受け取ろうとせず、あとの手は晒手拭さらしてぬぐいで音のするくらい拭くというありさまに
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
芳太郎はそこにあった盃洗はいせんを取って投げつけるし、お庄は胸から一杯に水を浴びながら、橋廊下の方へ逃げて行って、手帕ハンケチ頚首えりくびなどを拭いていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
徳利とっくりは或いは独立して、酒を温める用途にもう少し早くから行われていたかも知れぬが、少なくとも盃洗はいせんなどというものはその前には有り得なかった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
井村は、この時、そこにあった盃洗はいせんを取るより早く、兵馬をめがけて投げつけたのが、盃洗は床柱に当ってガッチと砕ける、水は飛んで室内に雨をふらす。
まさか、壺皿つぼざらはなかつたが、驚破すはことだと、貧乏徳利びんぼふどくり羽織はおりしたかくすのがある、誂子てうしまた引挾ひつぱさんで膝小僧ひざこぞうをおさへるのがある、なべ盃洗はいせんみづ打込ぶちこむのがある。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そのつもりで前祝いに一杯、私はこの小さい杯が大嫌いでね、——盃洗はいせんを借りますよ。水を開けっちまえ
銭形平次捕物控:245 春宵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その頃この辺の矢場の奥座敷に昼遊びせし時肱掛窓ひじかけまどそばに置きたる盃洗はいせんの水にいかなるはづみにや屋根を蔽ふ老樹の梢を越して、夕日に染みたる空の色の映りたるを
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
女は最初自分の箸を割って、盃洗はいせんの中の猪口ちょくを挟んで男に遣った。箸はそのまま膳の縁に寄せ掛けてある。永遠に渇している目には、またこの箸を顧みる程の余裕がない。
牛鍋 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
目鏡めがめちうだとわらはるゝもありき、町子まちこはいとゞ方々かた/\もてはやし五月蠅うるさく、おくさんおくさんと御盃おさかづきあめるに、御免遊ごめんあそばせ、わたしいたゞきませぬほどにと盃洗はいせんみづながして
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おそります。』と、玄竹げんちくさかづき盃洗はいせんみづあらひ、懷紙くわいしして、丁寧ていねいいたうへ但馬守たじまのかみさゝげた。それをけて、波々なみ/\がせたのを、ぐつとした但馬守たじまのかみ
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それだけわかれば、酒の嫌いな人に、盃をさすような習慣は無くなっているはずである。もっとも献酬くらいのことは、大した問題ではない。上手に盃洗はいせんに棄てればすむ話である。
無知 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
風に動いてゐる伊予簾いよすだれ、御浜御殿の森のからすの声、それから二人の間にある盃洗はいせんの水の冷たい光——女中の運ぶ燭台の火が、赤く火先ほさきなびかせながら、梯子段の下から現はれるのも
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それには、箪笥たんすぜん、敷物、巻煙草入、その他徳利、盃洗はいせんなどとしてあった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
皿、鉢、盃洗はいせん猫足ねこあし膳などを手当り次第に打ち付けた。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と、盃洗はいせんの水を切って、お米に向けた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
盃洗はいせんに飲ました。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
兵馬はいきなり燗徳利かんどっくりを取ると、盃洗はいせんへあけてぐぐぐと呷りつけたが、——どう思ったかそのままごろりと仰反あおむけに倒れて
初午試合討ち (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お神の小夜子さよこは、なまめかしげにちろちろ動く美しい目をしていて、それだけでもその辺にざらにころがっている女と、ちょっと異った印象を与えるのであったが、彼女は一本のお銚子ちょうし盃洗はいせん
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
通力自在、膳も盃洗はいせんもすぐ出る処へ、路之助が、きちんと着換えて入って来て、なべのものも、名物の生湯葉なまゆば沢山に、例の水菜、はんぺんのあっさりした水煮で、人まぜもせず、お絹が——お酌。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「本当に酒を呑んだのは、吸物椀と盃洗はいせんと、吐月峰はいふきさ」
健吉は、盃洗はいせんへ手をのばしながら
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
胃腸の弱い瀬川はたまに猪口を手にするだけで、盃洗はいせんのなかへこぼし滾しして、んだふりをしていたが、お茶もたて花もけ、庖丁ほうちょうもちょっと腕が利くところから、一廉いっかどの食通であり、(未完)
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
手を伸ばして、盃洗はいせんの水を……。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)