白痴はくち)” の例文
旧字:白癡
いかめしい石門を潜ってだらしなく迷い込む瞬間から、私も一人の白痴はくちのようにドンヨリしてしまう精神状態が気に入ったり、それに私は
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
浦子はこどものときにひどい脳膜炎をわずらったため白痴はくちであった。十九にもなるのに六つ七つの年ごろの智恵しかなかった。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けれども、白痴はくち、は言えなかった。また、自動車、は言えなかった。老人、これは言えた。正しく年老いた老人である。
老人と鳩 (新字新仮名) / 小山清(著)
白痴はくちの與吉だよ、——子供だし、智惠の遲い方だから、皆も氣がつかなかつたのだ、尤も細工をして、與吉に綱を切らせたのは母親のお高だが」
「あれは関西で、白痴はくちのことを言うんだよ」と言えば、沢村さんも、「そうとも、ボンチはつまりポンチと同じことじゃ。阿呆あほうのことをいうんだぞ」
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
『ではわたくしなどはいたずらくるしみ、不満ふまんならし、人間にんげん卑劣ひれつおどろいたりばかりしていますから、白痴はくちだと有仰おっしゃるのでしょう。』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
人も同じく多数の者が同種類の仕事に従事していても、仕事の能率の上に非常なる差があっても、白痴はくちでなければ、みな一人前とかぞえらるるであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
なに、あの小僧こぞうは、白痴はくちのように見えてざかしいところがあり、悧巧りこうに見えてのぬけているてんがある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
入費は、町中持合いとした処で、半ば白痴はくちで——たといそれが、実家さとと言う時、魔の魂が入替るとは言え——半ば狂人きちがいであるものを、肝心火の元の用心は何とする。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その精神病院せいしんびょういんには、おんなや、おとこ白痴はくちがうようよしていました。ひるよる見分みわけがつかずに、かれらはいたり、わめいたり、かなしんだり、またこえをたててわらったりしていました。
消えた美しい不思議なにじ (新字新仮名) / 小川未明(著)
一人ひとり二人ふたり分の性格が出来ると同時に、他の一人は白痴はくちになつてしまふ。その径路けいろを書いたものですが、外界には何も起らずに、内界に不思議な変化の起る所が、すこぶる巧妙に書いてある。
近頃の幽霊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ゆうべ、柿江のはいているぼろばかまに眼をつけて、袴ほど今の世に無意味なものはない。袴をはいていると白痴はくちの馬に乗っているのと同じで、腰から下は自分のものではないような気がする。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その顏付は狂氣きちがひじみた言葉よりも、遙かに反抗し難いものだつた。だが、今ひるむのは白痴はくちしかあるまい。私は思ひきつて彼の激情の裏をかいた。私は彼の悲しみを避けなければならない。
声もなき白痴はくちの児をば抱きながら入日を見るがごとくにあゆ
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「ははあ、すると満更まんざら白痴はくちでもなかったんだね」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
佐々木基一ささききいち君より来信。「白痴はくち」に就ての感想を語ってくれたもの。私が日記をつけてみようと思ったのは、この佐々木君の手紙のせいだ。
一行中の朴拳闘ぼくけんとう選手が、この男をみるなり、「金徳一だ!」とさけび、けよって手をにぎっていましたが、その男の表情は、依然いぜん白痴はくちに近いものでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
大根畠の小町娘が、白痴はくちの定吉に殺された事件(『人形の誘惑』參照)が、危く迷宮入りになりかけたとき、平次の助けで厄介な謎を解いたことのある喜三郎。
さもなくては、その時、日吉が取った行動は、余りに豪胆ごうたんすぎるし、白痴はくち所作しょさというしかなかった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貴方あなたうジオゲンは白痴はくちだ。』と、イワン、デミトリチは憂悶ゆうもんしてうた。『貴方あなたなんだってわたくし解悟かいごだとか、なんだとかとうのです。』と、にわか怫然むきになって立上たちあがった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
また、男女間の妬情とじょうに氏はほとん白痴はくちかと思われるくらいです。が氏とて決してそれを全然感じないのではないそうですが、それにいて懸命けんめいになる先に氏は対者あいてに許容を持ち得るとのことです。
母親ははおやは、自分じぶん子供こどもが、白痴はくちでないかと、いわれているとがついたので
天女とお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
白痴はくち乞食こじき
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
ここに私の従兄いとこに当る男が住んでおり、女中頭の子供が白痴はくちであった。私よりも五ツぐらい年上であったと思う。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「見えなかつたやうです、——さう/\、それから珍らしい事に白痴はくちの與吉が、何んか手紙か何んかを持つて、壁隣の天童太郎親方のところへ行く樣子でした」
けれど、うすい朝陽あさひをうけている紫の房からこぼれてくるにおいは、官兵衛の面を酔うばかりつよく襲ってくる。彼は仰向いたまま、白痴はくちのように口をあいて恍惚こうこつとしていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は財力もきるといっしょに白痴はくちのようになって行衛ゆくえ知れずになった。「赫耶姫かぐやひめ!」G氏は創造する金魚につけるはずのこの名を呼びながら、乞食こじきのような服装ふくそうをして蒼惶そうこうとして去った。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
傴僂せむしのやうに思ひますが、別に不具かたはな樣子はなく、竹のやうに長くて武骨な手足、白痴はくちのやうに陰氣で無表情な顏、油つ氣のないまげ、何處から見ても、お舟と一緒に置いて
ふと——白痴はくちかナ? と疑ってみたくもなった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白痴はくちなのですか、これが」私はたずね返した。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
まるで白痴はくちのような人があったりする。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
下女のお紺は二十二三、少しりない女とは聽きましたが、全くの白痴はくちで、使ひ走りも覺束なく、炊事すゐじと掃除が精一杯、こんなのは反つて、お妾の下女には打つてつけかも知れません。
二十五六の立派な恰幅かつぷくですが、生れ乍らの白痴はくちで、する事も、言ふ事も、皆んな定石がはづれます。そのくせ馬鹿力があるので、いろ/\の仕事を手傳つて、町内の殘り物を貰つて暮してゐる男でした。