田畝たんぼ)” の例文
「谷へ下りたから、あのまんま田畝たんぼへ出て、木賃へ引取りましょうよ。もう晩方で、山に稼ぎはなし、方角がそうなんですもの。」
千駄谷せんだがや田畝たんぼを越して、くぬぎの並木の向こうを通って、新建ちのりっぱな邸宅の門をつらねている間を抜けて、牛の鳴き声の聞こえる牧場
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
右は田畝たんぼ、そっちへトッ走りはしないかな? おれの身体が三つあるなら、三方へ走ってゆくのだが、お生憎様、一つしかねえ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
主家しゅかの方へ戻って来る途中、其処そこは山のすそを廻る道なので右の方が松林で、左が田畝たんぼになっているのであるが、彼はそのみちを一人急いで、娘のことなど考えながらやって来ると
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
朝露しとしととこぼるる桑畑の茂り、次ぎな菜畑、大根畑、新たに青み加わるさやさやしさ、一列に黄ばんだ稲の広やかな田畝たんぼや、少し色づいた遠山の秋の色、ふもとの村里には朝煙薄青く
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
横町を田畝たんぼへ抜けて——はじめから志した——山の森の明神の、あの石段の下へ着いたまでは、馬にも、いのししにも乗ったいきおいだった。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山手線の朝の七時二十分の上り汽車が、代々木よよぎの電車停留場の崖下がけしたを地響きさせて通るころ、千駄谷せんだがや田畝たんぼをてくてくと歩いていく男がある。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
(それでははやしへでも、うら田畝たんぼへでもつてておいで。何故なぜツて天上てんじようあそんでるんだからかごなかないのかもれないよ)
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
片側は人家がつゞいてゐるが、向ふは田畝たんぼになつてしまふので、わたしはまたあるうちに立寄つて聞くと、このすぐ向ふだといふ。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
あの咲いております処は、今は田畝たんぼのようになりましたけれど、もと、はなれの庭だったそうですの……そして——
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
垣の角でよく邂逅めぐりあはす軍人や、田畝たんぼで一所になるハイカラな若い男や、お茶の水に通ふふとつた娘や、勿論口を利いたことは一度も無いが、互に顔だけは知つて居て
晩秋の頃 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
これは新停車場しんていしゃじょうへ向って、ずっと滝の末ともいおう、瀬の下で、大仁通おおひとがよいの街道をわきへ入って、田畝たんぼの中を、小路へ幾つかうねりつつのぼった途中であった。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
殊に、い女、と思うほど、ここにうそうそ居て、この顔が見えよう。覗くのさえ気がさしますから、思切って、村はずれの田畝たんぼまで、一息に離れました。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ船底を踏占めるような、重い足取りで、田畝たんぼ添いのすねを左右へ、草摺れに、だぶだぶと大魚おおうおゆすって
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨脚も白く、真盛まっさかりのの花が波を打って、すぐの田畝たんぼがあたかも湖のように拡がって、かえるの声が流れていた。これあるがためか、と思ったまで、雨の白河は懐しい。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
えゝ、じやうぬまの。はあ、夢中むちゆう其処そこ駆廻かけめぐらしつたものとえる……それはやまうへではい。お前様めえさま温泉をんせんさつしやつた街道端かいだうばたの、田畝たんぼちか樹林きはやしなかにあるおほきぬまよ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
途中、田畝たんぼ道で自殺をしますまでも、わたくしは、しかしながらお従い申さねばなりますまい。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほかに、目に着いたものはなかったのですが……宿で教えられた寺の入口の竹藪たけやぶが、ついそこに。……川はななめに曲って、いわけわしくなり、道も狭く、前途ゆくては、もう田畝たんぼになります。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
田畝たんぼの鼠が、蝙蝠こうもりになった、その素袍すおうひらつかいたかて、今更隠すには当らぬやて。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おきれいなのが三人さんにんばかりと、わたしたち、そろつて、前津まへつ田畝たんぼあたりを、冬霧ふゆぎり薄紫うすむらさきにそゞろあるきして、一寸ちよつとした茶屋ちやややすんだときだ。「ちらしを。」と、夫人ふじんもくずしをあつらへた。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
卯の花のたえ間をここに音信おとずるるものは、江戸座、雪中庵の社中か、抱一ほういつ上人の三代目、少くとも蔵前の成美せいびの末葉ででもあろうと思うと、違う。……田畝たんぼに狐火がともれた時分である。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは路傍みちばたおのずから湧いて流るるのでなく、人が囲った持主があって、清水茶屋と言う茶店が一軒、田畝たんぼの土手上にひさしを構えた、本家は別の、出茶屋でぢゃやだけれども、ちょっと見霽みはらしの座敷もある。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こうか、埋めようか。ちょっと九尺二間を建てるにしても、場所がいまの田畝たんぼではどうにもならず。(地蔵様のほこらを建てなさい、)隠居たちがいうんです。ああ、いいわねえ、そうしましょうか。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
下階したの病室を済ました後、横田の田畝たんぼを左に見て、右に停車場ステイションを望んで、この向は天気が好いと、雲に連なって海が見える、その二階へ、雪洞ぼんぼりを手にした、白衣びゃくえの看護婦を従えて、真中まんなかに院長夫人。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おい、おれを、まあ、何だと思う。浅草田畝たんぼに巣を持って、観音様へ羽をすから、はやぶさりき綽名あだなアされた、掏摸すりだよ、巾着切きんちゃくきりだよ。はははは、これからその気で附合いねえ、こう、頼むぜ、小父さん。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あきだなさ、お前さん、田畝たんぼ葦簾張よしずばりだ。」
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)