瓦斯燈ガスとう)” の例文
新字:瓦斯灯
そして間をおいて青白い瓦斯燈ガスとうともっている右側の敷石の上を歩いてゆくと、突然前方の暗闇から自動車が疾走はしってきて、彼の横を通り過ぎた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
最早もはや十一時をや過ぎけん、モハビツト、カルヽ街通ひの鉄道馬車の軌道も雪に埋もれ、ブランデンブルゲル門のほとり瓦斯燈ガスとうは寂しき光を放ちたり。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
お杉は漆喰の欄干にもたれたまま片手で額をおさえていた。彼女の傍には、豚の骨や吐き出された砂糖黍の噛みかすの中から瓦斯燈ガスとうが傾いて立っていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
小女こむすめは左へ曲って林の中へ入った。微暗うすくら木立こだちの間にはそこここに瓦斯燈ガスとうともって、ぽつぽつ人が通っていた。白粉おしろいをつけた怪しい女も通って往った。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「あの、イ……四つ目の瓦斯燈ガスとうの出てるところだよ。松葉屋まつばやと書いてあるだろう。ね。あのうちよ。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つきのないさかのぼつて、瓦斯燈ガスとうらされた砂利じやりらしながら潛戸くゞりどけたときかれ今夜こんや此所こゝ安井やすゐやう萬一まんいちはまづおこらないだらうと度胸どきようゑた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
隣りの文房具店の前へ来るとしばらく店口の飾りを眺めていたが戸を押し開けてはいって行った。眩しいような瓦斯燈ガスとうの下に所狭く並べた絵具や手帳や封筒が美しい。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それは街に青い瓦斯燈ガスとうがまたたき出した頃で、職人がその一日の仕事を終えてその木の馬や鳥や、それからそのコーモリの弟である沢山のコーモリなどをかたづけてから
おもちゃの蝙蝠 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
広い通りへ出ると、両側の妓楼ぎろうの二階や三階に薄暗い瓦斯燈ガスとうともれて、人影がちらほら見えた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
瓦斯燈ガスとうに大きいがひとつ、ピンで留められたようについている。ふと見ると、ベンチにあの人がいる。私の散歩の癖を知っているから、ここで待ち伏せていたのであろう。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
女は馬車の隅に、楽に身を寄せて、車の心地好く滑って行くのを喜び、夜の薄明りと、ひらめく瓦斯燈ガスとうの明りとの間を出没する、種々の事物の移り変るのを眺めて楽しんだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
そこから間もなく、西洋人の名札の出た、白いペンキ塗りの、小さい平家ひらやだての西洋館の前を通つて一寸行くと、右手の杉垣のつゞきの中に、青木さんのお家の瓦斯燈ガスとうが見えた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
一寸ちょっと不思議な気がする、——その便所のひさし瓦斯燈ガスとうがさびしくともれていた。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
日本橋に一軒というまれなものであったが、それが瓦斯燈ガスとうに変り、電燈に移って今日では五十燭光しょっこうでもまだ暗いというような時代になって、ランプさえもよほどの山間僻地さんかんへきちでも全く見られない
亡び行く江戸趣味 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
トム公は、足を宙にバタバタさせながら、水上警察署の青い瓦斯燈ガスとうを見た。馬車はその門の中へ、半分はいっていた。馭者は、石段の上の扉を半分押して、内部の巡査へ応援をさけんでいる。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
古きけやきが巨人の腕を張つた様に茂つてる陰に『篠田』と書いた瓦斯燈ガスとうが一道の光を放つてるヂヤないか、アヽ此の戸締もせぬ自由なる家のうちに、の燃ゆるが如き憂国愛民の情熱をいだいて先生が
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
おおいかかった葉柳に蒼澄んだ瓦斯燈ガスとうがうすぼんやりと照しているわが家の黒門は、かたくしまって扉に打った鉄鋲てつびょうが魔物のようににらんでいた。私は重い潜戸くぐりどをどうしてはいることが出来たのだったろう。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
昼夜不断の電燈瓦斯燈ガスとう。唯物科学の文化の光りが。明るく光れば光って来るだけ。暗くなるのが精神文化じゃ。金じゃ女じゃ。権利じゃ義務じゃと。手段撰ばぬ悪智慧比べじゃ。道理外れた生存競争。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こよひも瓦斯燈ガスとうの光、半ば開きたる窓に映じて、内には笑ひさざめく声聞ゆるをり、かどにきかかりたる二人あり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
甲谷は雨の上った菩提樹ぼだいじゅの葉影を洩れる瓦斯燈ガスとうの光りに、宮子の表情を確めながら結婚の話をすすめていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「あの、ィ………四つ目の瓦斯燈ガスとうの出てるところだよ。松葉屋まつばやと書いてあるだらう。ね。あのうちよ。」とおいとしば/\橋場はしば御新造ごしんぞにつれて来られたり
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
停車場ステーションでは蒼白あおじろ瓦斯燈ガスとうの下に、夏帽やネルを着た人の姿がちらほら見受けられた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「ともかく帰ろう。何にも起ってないことはちゃんと信じているのだ。きっとだ。」男は執拗しつこく繰り返しくちのうちで言って、瓦斯燈ガスとうの青い光をびっしょりと浴びながら、た足ばかりあるいたとき
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
廊下からかすか瓦斯燈ガスとうの光が差し込んで、女の身の周囲まわりを照している。男がくらやみにいたので、女が知らずにっ付かって、きゃっとった。男はいきなりその肩をつかんで、部屋の中へ引きり入れた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
むかしはここに立つ人おのおの手燭てしょく持つ習なりしが、いま廊下、階段に瓦斯燈ガスとう用ゐることとなりて、それはみぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
枝をり払われた菩提樹の若葉の下で、宮子は瓦斯燈ガスとうの光りに濡れながら甲谷の近づくのを待っていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
道端の瓦斯燈ガスとうやらさま/″\な燈火が高く低く入亂れて引續くのと、鋭い冬の星が寒むさうな光を放つよるの空に不揃ひな屋根の影、恐しく太い電信柱の影が突立つて居るのとで
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
もはや十一時をや過ぎけん、モハビット、カルル街通いの鉄道馬車の軌道も雪にうずもれ、ブランデンブルゲル門のほとりの瓦斯燈ガスとうは寂しき光を放ちたり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
終日室内には瓦斯燈ガスとうを點ずる暗い日の續くのに自分はこの長閑のどかな日本の冬の日影を見ると、靜な公園のとちの葉が眞白な石像の肩に散りかゝる巴里パリーの十一月、咽び泣く噴水のほとりの冷い腰掛けに
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
黄金こがね穹窿まるてんじょうおほひたる、『キオスク』(四阿屋あずまや)の戸口に立寄れば、周囲に茂れる椶櫚しゅろの葉に、瓦斯燈ガスとうの光支へられたるが、濃き五色にて画きし、窓硝子をりてさしこみ
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)