指貫さしぬき)” の例文
これでこそ貫目のある好男子になられたというものであると女たちがながめていて、指貫さしぬきすそからも愛嬌あいきょうはこぼれ出るように思った。
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
色にも中間のものにハシタ色というのがあって、和訓栞に、「指貫さしぬきに言へり、胡曹抄に、経緯たてよことも薄紫と見えたり」と解している。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
御母建礼門院を始め高貴の女房たちも袴の裾をかかげ、内大臣宗盛以下公卿殿上人は指貫さしぬきのももだちをはさんで、はだしのまま逃げた。
青鈍あをにびの水干と、同じ色の指貫さしぬきとが一つづつあるのが、今ではそれが上白うはじろんで、あゐとも紺とも、つかないやうな色に、なつてゐる。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
斗樽とだるにはにごつたやうな甘酒あまざけがだぶ/\とうごいてる。神官しんくわんしろ指貫さしぬきはかまにはどろねたあとえて隨分ずゐぶんよごれてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
籠堂こもりどうに寝て、あくる朝目がさめると、直衣のうし烏帽子えぼしを着て指貫さしぬきをはいた老人が、枕もとに立っていて言った。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いんの大納言様が茶筌髷を散らし、指貫さしぬき一つで道化た踊りを、たった今しがた踊りましたっけ……」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは神官の着るやうなはうだの指貫さしぬきに模したものだつた。おまけに、ボール紙で造つた黒い冠、しやくの形をした板切れ、同じく木製の珍妙なくつだのいふ品々が揃つてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
綾のとばりにもおおわれず、指貫さしぬきやなど、烏帽子のひもも解かないで、屏風びょうぶの外に、美津は多一の膝にし、多一は美津のせなに額を附けて、五人囃子のひな二個ふたつ、袖を合せたようであった。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また『太平記抄』慶長十五年作二十四巻、巻纓けんえいの老懸の註に、老懸とは下々しもじもの者の鍋取というような物ぞと見え、寛永十九年の或記に浅黄あさぎ指貫さしぬき、鍋取を冠り、弓を持ち矢を負うとあり。
しのぶずりの狩衣かりぎぬ指貫さしぬきはかまをうがち、烏帽子えぼしのさきを梅の枝にすれすれにさわらし、遠慮深げな気味ではあったが、しかし眼光は鋭く、お互に何のおもいをとどけに来ているかを既に見貫みぬいている
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
御服ぎょふく直衣のうし指貫さしぬき白綾しろあやのおん
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無位無官の人の用いるかとりの絹の直衣のうし指貫さしぬきの仕立てられていくのを見ても、かつて思いも寄らなかった悲哀を夫人は多く感じた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
若殿様は鷹揚おうように御微笑なさりながら、指貫さしぬきの膝を扇で御叩きになって、こう車の外の盗人どもと御談じになりました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
多一はハッと畳に手を……その素袍、指貫さしぬきに、刀なき腰は寂しいものであった。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此時天一坊の裝束しやうぞくには鼠琥珀ねずみこはく紅裏付こううらつきたる袷小袖あはせこそでの下には白無垢しろむくかさねて山吹色やまぶきいろ素絹そけんちやく紫斜子むらさきなゝこ指貫さしぬき蜀紅錦しよくこうにしき袈裟けさを掛け金作こがねづく鳥頭とりがしらの太刀をたいし手には金地の中啓ちうけいにぎ爪折傘つまをりがさ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
四幅よの指貫さしぬき
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源氏は友人に威嚇おどされたことを残念に思いながら宿直所とのいどころで寝ていた。驚かされた典侍は翌朝残っていた指貫さしぬきや帯などを持たせてよこした。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
紫の指貫さしぬきの膝を兩手にしつかり御つかみになつて、丁度喉の渇いた獸のやうに喘ぎつゞけていらつしやいました。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
桜の色の直衣のうしの少し柔らかに着らされたのをつけて、指貫さしぬきすそのふくらんだのを少し引き上げた姿は軽々しい形態でなかった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
紫の指貫さしぬきの膝を両手にしつかり御つかみになつて、丁度喉の渇いた獣のやうにあへぎつゞけていらつしやいました。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
としりぞけて、多数の人はつれずに身軽に網代車に乗り、作らせてあった平絹の直衣のうし指貫さしぬきをわざわざ身につけて行った。
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
京童きやうわらべにさへ「何ぢや。この鼻赤めが」と、罵られてゐる彼である。色のさめた水干に、指貫さしぬきをつけて、飼主のない尨犬むくいぬのやうに、朱雀大路をうろついて歩く、憐む可き、孤独な彼である。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
よいできのほうを着て、柳の色の下襲したがさねを用い、青鈍あおにび色の支那しなにしき指貫さしぬき穿いて整えた姿は重々しい大官らしかった。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
大殿油おほとのあぶらの灯影で眺めますと、縁に近く座を御占めになつた大殿樣は、淺黄の直衣なほしに濃い紫の浮紋の指貫さしぬきを御召しになつて、白地の錦の縁をとつた圓座わらふたに、高々とあぐらを組んでいらつしやいました。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
源氏は黄ばんだ薄紅の服の上に、青みのある灰色の狩衣かりぎぬ指貫さしぬきの質素な装いでいた。わざわざ都風を避けた服装もいっそう源氏を美しく引き立てて見せる気がされた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
大殿油おほとのあぶらの灯影で眺めますと、縁に近く座を御占めになつた大殿様は、浅黄の直衣なほしに濃い紫の浮紋の指貫さしぬきを御召しになつて、白地の錦の縁をとつた円座わらふだに、高々とあぐらを組んでいらつしやいました。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さっと通り雨がした後の物の身にしむ夕方に中将はにび色の喪服の直衣のうし指貫さしぬきを今までのよりはうすい色のに着かえて、力強い若さにあふれた、公子らしい風采ふうさいで出て来た。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
紅紫の指貫さしぬきに桜の色の下襲したがさねすそを長く引いて、ゆるゆるとした身のとりなしを見せていた。
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
美しい童侍わらわざむらい恰好かっこうのよい姿をした子が、指貫さしぬきはかまを露でらしながら、草花の中へはいって行って朝顔の花を持って来たりもするのである、この秋の庭は絵にしたいほどの趣があった。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
源氏の指貫さしぬきすそはひどくれた。昔でさえあるかないかであった中門などは影もなくなっている。家の中へはいるのもむき出しな気のすることであったが、だれも人は見ていなかった。
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
堅い上着が音をたてるのでそれは脱いで、直衣のうし指貫さしぬきだけの姿になっていた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)