わなな)” の例文
旧字:
花で夜更よふかしをして、今朝また飲んだ朝酒のいのさめかかって来た浅井は、ただれたような肉のわななくような薄寒さに、目がさめた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女は馬車の上で斯う云つてわななくやうに身をすり寄せた。北部仏蘭西の街の十月の夜の辻風は可なりに寒い。二人の気息が白くまじり合つた。
素描 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
すでにして、松川がねやに到れば、こはそもいかに泣声なきごゑまさ此室このまうちよりす、予ははひるにもはひられず愕然がくぜんとしてふすまの外にわななきながら突立つツたてり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ヒクヒクとわななく指でメリンスの風呂敷包みを掴んで引寄せると、あとに四角い埃のアトカタがクッキリと残った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ほろろ寒いわななきが私の胸のうちに起った。私はそれにじっと眼をふさいだ。そして運命を信ずると自分に叫んだ。
運命のままに (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ひうちを打つ手先がわなないて、ほくちを取落してはひろい上げ、ようやく附木にうつすとパッと消える。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
社へ電報をかけるのに、手がわなないて字が書けなかったそうである。医師は追っかけ追っかけ注射を試みたそうである。後から森成さんにその数を聞いたら、十六とうまでは覚えていますと答えた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はてな、と夫人は、白きうなじまくらに着けて、おくれ毛の音するまで、がッくりとうちかたむいたが、身のわななくことなおまず。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五昼夜もかかって三国峠みくにとうげを越え、ようやく上州路へ辿たどりつくのだったが、時には暗夜に樵夫きこりの野宿しているのに出逢であい、年少の彼女は胸をわななかせた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その度毎に、弁信に対する恨みは骨髄に徹するもののように、身をわななかせるのであります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
衣は潮垂れてはいないが、潮は足あとのように濡れて、砂浜を海方うみてへ続いて、且つその背のあたりがしきりに息をくと見えて、わなないているのである。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
淋しい有明けの電燈の影に、お増は惨酷な甘い幻想に、苦しい心をわななかせながら、時のたつのを、じっと平気らしく待っていなければならないのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
糸七は聞くより思わずわなないた。あの青大将が、横笛を、いきを浴びても頬が腐る、黒い舌に——この帯を、背負揚しょいあげを、襟を、島田を、張襦袢ながじゅばんを、肌を。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今朝も彼は朝飯のとき、奥での夫婦の争いを、蒲団ふとんのなかで聴いていながら、臆病な神経をわななかせていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
身のわななくのがまだまねば、腕を組違えにしっかと両の肩を抱いた、わきの下から脈を打って、垂々たらたらつめたい汗。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
煙管を持つ手や、立てている膝頭のわなわなわなないているのも、向合っている主の目によく見えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
時次郎はとっくけんし、「うむ、心臓むね小刀ナイフが。……」言懸けて照子をれば、まなじり釣って顔色あおく、唇はわななけり。召したる薄色の羽織の片袖血潵ちしぶきを浴びてくれないしずく滴る。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とにかくバルコニイに立っている葉子は、何か訳のわからない恐怖に似た胸のわななきをもって、近づく廊下の靴音に耳を澄ましていたに違いなかった。果して青年は近づいて来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お妙の俯向うつむいた玉のうなじへ、横から徐々そろそろと頬を寄せて、リボンの花結びにちょっと触れて、じたじたと総身をわななかしたが、教頭は見て見ぬ振の、おもえらく、今夜の会計は河野もちだ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
笹村は七、八つの時分に、母親につれられて、まだ夜のあけぬうちから、本願寺の別院の大きな門のとびらの外に集まった群集のなかに交って、寒い空の星影にわなないていたことが、今でも頭に残っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と押える手に、かざしを抜いて、わななく医学生のえりはさんで、恍惚うっとりしたが、ひとみが動き
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「私は厭です」お島は顔の筋肉をわななかせながら言った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とやっぱりわななく。その姿、あわれに寂しく、生々なまなまとした白魚の亡者に似ている。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「さ、そのしらッこい、あぶらののった双ももを放さっしゃれ。けだものは背中に、鳥は腹に肉があるという事いの。腹からかっしゃるか、それとも背からひらくかの、」と何と、ひたわななきにわなな
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玉の緒をる琴の糸の肩にかかって響くよう、たがいの口へ出ぬ声は、はだに波立つ血汐ちしおとなって、聞こえぬ耳に調しらべを通わす、かすかに触る手と手の指は、五ツと五ツと打合って、水晶の玉の擦れる音、わななもすそ
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あッ。」とばかりわなないて、取去ろうとすると、自若じじゃくとして
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と色をかえてわなないた。主税はしかも点々たらたらと汗を流して
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と骨も砕くる背にかついで、わななくばかり身を揉むと
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くくされながらわななくばかり。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)