念入ねんいり)” の例文
この十九日にゃあ一日仕事を休むんだが、休むについてよ、こう水をあらためて、砥石といしを洗って、ここで一挺念入ねんいりというのがあるのさ
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と柴田君が念入ねんいりに紹介した。私は夕飯の御馳走になりながら鹿の子さんを八十五点とつけた。しかしひとの細君では仕方がない。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それに此三人は半年の間跡部の言ひ付けた用事を、人一倍念入ねんいりにしてゐる。そこを見込んで跡部が呼び出したのである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
殺風景も念入ねんいりの殺風景で、決して誉めた話でない。畢竟ひっきょう少年の時から種々様々の事情にわれてコンな事に成行き、生涯これで終るのでしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
一々を追えば形態の変化やその系統をほぼ辿たどることが出来よう。だがある国は粗末に作りある国は念入ねんいりに作る。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
今度はもっとくわしく書いてくれとの注文だから、なるべく念入ねんいりしたためなくっちゃならない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
栂尾とがのをの明恵上人は雑炊の非常に好きな人であつた。ある時弟子の一人が師僧を慰める積りで、ごく念入ねんいりの雑炊をこしらへた。念入だといつたところで、何も鰹節を使つたといふ訳ではない。
靖国神社のお祭の見世物小屋が一週間ぜんから用意せられるのに比べて、一箇月も前から永久の建築物かと思はれる位頑丈な普請を念入ねんいりにして居るのは矢張やはり独逸ドイツ流の遣方やりかたであると思つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ごく娘の時から習い始めるといいますが、随分手のかかる仕事で、刺子としてはこれほど念入ねんいりのものは他にありません。弘前を中心に発達した農民の着物であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
念入ねんいりだ、恐しい。」と言いながら、寝返ねがえりの足で船底を蹴ったばかりで、いまだに生死しょうじのほども覚束おぼつかないほど寝込んでいるつれの男をこの際、十万の味方とはげしく揺動かして
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
念入ねんいり身仕舞みじまいをした若い女の口から出る刺戟性しげきせいに富んだ言葉のために引きつけられたものは夫ばかりではなかった。車夫も梶棒かじぼうを握ったまま、等しくおのぶの方へ好奇の視線を向けた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところで聞かっしゃい、差配おおやさまのうのには、作平、一番ひとつ念入ねんいりってくれ、その代り儲かるぜ、十二分のお手当だと、膨らんだ懐中ふところから、朱総しゅぶさつき、にしきの袋入というのを一面の。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
病院へ顔を出す前ちょっと綺麗きれいになっておきたい考えのあった彼女は、そこでずいぶん念入ねんいりに時間を費やしたあと晴々せいせいした好い心持を湯上りの光沢つやつやしい皮膚はだに包みながら帰って来ると
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
染の材料はいずれも島の草木でありますし、「晴天四十日」などとも申して、それほど念入ねんいりに日数をかけて染めますから、大変に堅牢けんろうであります。用いる絹糸も元来は島のものでありました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
さて目も、口も、鼻も、眉も、一様いつよう普通のものにてはこれなく、いづれも、ゆがみ、ひそみ、まがり、うねりなどつかまつり、なかには念入ねんいりにて、酔狂にも、真赤な舌をかせたるが見え候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
言問こととひ曲角まがりかどで、天道てんだうか、また一組ひとくみこれまた念入ねんいりな、旦那樣だんなさま洋服やうふく高帽子たかばうしで、して若樣わかさまをおあそばし、奧樣おくさま深張ふかばり蝙蝠傘かうもりがさすまして押並おしならあとから、はれやれおひとがついてぶらなり。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
談話はなし聽人きゝてみな婦人ふじんで、綺麗きれいひと大分だいぶえた、とたちのであるから、羊羹やうかんいちご念入ねんいりむらさき袱紗ふくさ薄茶うすちや饗應もてなしまであつたが——辛抱しんばうをなさい——さけふものは全然まるでない。が、かねての覺悟かくごである。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大開おほはだけにつたあしに、ずぼんを穿いて、うす鶸茶ひわちやきぬの、手巾ハンケチ念入ねんいりやつを、あぶらぎつた、じと/\したくび玉突たまつき給仕きふじのネクタイとふうに、ぶらりとむすんで、おもて摺切すりきれた嵩高かさだか下駄げた
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)