塹壕ざんごう)” の例文
だが、その版図の前線一円に渡っては数千万の田虫の列が紫色の塹壕ざんごうを築いていた。塹壕の中にはうみを浮かべた分泌物ぶんぴつぶつたまっていた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
だが、その版図の前線一円に渡っては、数千万の田虫の列が紫色の塹壕ざんごうを築いていた。塹壕の中には膿を浮べた分泌物が溜っていた。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼らは、ついに、むりやりに数枚の床板をはずして、そこを塹壕ざんごうになぞらえ、校庭から沢山の小石を拾って来て、それを弾丸にした。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
原には大きい塹壕ざんごうのあとが幾重にも残っていて、ところどころには鉄条網も絡み合ったままで光っている。立木はほとんどみえない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし、附近の森、耕地、小川までを、完全に利用して、方二里余にわたる塹壕ざんごうや柵のうちに、布陣は、鉄壁のまもりを誇っている。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戦争の荒し壊す力よりも、もっと大きい力が、砲弾にくだかれた塹壕ざんごうの、ベトンとベトンの割れ目から緑の芳草ほうそうとなって萌え始めた。
勲章を貰う話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
われわれはみじめな醜骸しゅうがいをさらして塹壕ざんごうの埋め草になるに過ぎないまでも、これによって未来の連句への第一歩が踏み出されるのであったら
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ですから、兵曹長をはやくはやくとせきたてて、すぐ前を走っている塹壕ざんごうのようなへこんだ道を、先にたってかけだしました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
どうしたらかろうと墓の前で考えた。浩さんは去年の十一月塹壕ざんごうに飛び込んだぎり、今日きょうまで上がって来ない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すでに、去年きょねんのいまごろ、塹壕ざんごうなかで、異郷いきょうそらながらいった、戦友せんゆう言葉ことばが、おもされたのでした。
少女と老兵士 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ボナパルトに従ってロディの橋を渡った者もおり、ムュラーと共にマントアの塹壕ざんごう中にいた者もおり、ランヌに先立ってモンテベロの隘路あいろを進んだ者もいた。
この気味わるい攻撃がはじまってから、十五分後には、わが陣地はまるで『死の塹壕ざんごう』になってしまった。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
この修正案は断行派の拠った最後の塹壕ざんごうであって、延期派の砲撃は人事編並に財産取得編中の相続法に対して最も猛烈であったから、この二部だけは見棄てて
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
大助は母楓の計らいで、塹壕ざんごうを掘ることを専門にする金掘かなほりを連れて、長持の中に潜んで奥御殿へ運び入れられたと云う。が、此の金掘りと大助の行くえは明かでない。
独仏の兵士同志は攻撃のない日に塹壕ざんごうから出て語り合いながら、世界人類的の親愛を感じて、何がために国民の名においてお互世界の同胞が殺し合わねばならぬかを考え
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
…………をつけたアンナの……、いそ/\と私を迎えると嘻々として私の唇に接吻して、心にもない。両耳の上の塹壕ざんごうに宣戦をいどむと私たちの国境から突然逃げ出してしまった。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
やがて、進軍、塹壕ざんごう白兵はくへい戦、手擲弾しゅてきだん。砲声が聞えてくる。爆撃機のうなりが空をおおう。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
どこか人工の加えられた記念物という感じがしなくもないその「歩兵の塹壕ざんごう」から一ヤードほどのぼった前方の草むらの間に、伸子は何かキラリと光って落ちているものを発見した。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それに塹壕ざんごうの中には柔かそうな草が生えているし、原っぱはまるで芝生のように平かだし、砲煙弾雨だって全く芝焼位しかないし、あたい兵隊が敵に鉄砲向けているところ、ちょっと見たら
兵士と女優 (新字新仮名) / 渡辺温オン・ワタナベ(著)
傷ついて帰ったクライスラーの著書『塹壕ざんごうの四週間』は当時既に世界に喧伝され、日本にも翻訳が出た筈であるが、それにもましてクライスラーを有名にしたのは、その銃後の活動であった。
仏蘭西国境の山地寄りの方では塹壕ざんごうが深く積雪のために埋められたとか、戦線に立つものの霜焼しもやけを救うために毛布を募集するとか、そうした労苦を思いやる市民の心がその日まで続いて来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
少女をえがき、空想を生命とした作者が、あるいは砲煙ほうえんのみなぎる野に、あるいは死屍ししの横たわれる塹壕ざんごうに、あるいは機関砲のすさまじく鳴る丘の上に、そのさまざまの感情と情景をじょした筆は
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
前は広瀬川がこの通り天然の塹壕ざんごうをなしている。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
けだし近来の戦争は多くは塹壕ざんごう戦である。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
しかし一塁を抜いたと思うとすぐ奪還される始末なので、こちらにも、塹壕ざんごう、胸壁が必要であるとて、工兵が弾雨の間を作業した。
田原坂合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
三好党の塹壕ざんごうからも、本願寺僧の戦線も、一斉に攻勢を展開し、ひろい闇の中には、ひッきりなし小銃の音がパチパチと鳴りひびいた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは妙だとながめていると、順繰じゅんぐりに下から押しあがる同勢が同じ所へ来るやいなやたちまちなくなる。しかもとりでの壁には誰一人としてとりついたものがない。塹壕ざんごうだ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
塹壕ざんごうの交差、枝の形、鴨足かもあしの形、坑道の中にあるような亀裂、盲腸、行き止まり、腐蝕した丸天井、臭い水たまり、四壁には湿疹しっしんのような滲出物しんしゅつぶつ、天井からたれる水滴、暗黒
戦地の寒空の塹壕ざんごうの中で生きる死ぬるの瀬戸際せとぎわに立つ人にとっては、たった一片の布片ぬのきれとは云え、一針一針の赤糸に籠められた心尽しの身にみない日本人はまず少ないであろう。
千人針 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
女達が私に身をまかせるとき、彼女達の感受性から海豚イルカの粘々した動物性をうける。ときによると塹壕ざんごうから掘出した女聯隊れんたいの隊長の肢体を。もと/\我々が地理と科学の発生を埋葬する。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
実際の戦線を一部切り離してきたように、塹壕ざんごう、鉄条網、砲丸の穿うがった大地穴、機関銃隠蔽いんぺい地物、その他、小丘、立樹、河沼、小独立家屋など、実物どおりにそっくりできあがっている。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
塹壕ざんごうの中に身をひそめて、命令の下るのを、今か今かとまちかまえているのだ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
カモシカ中尉は、塹壕ざんごうの中へ吹きとばされながら、ようやく事態を悟った。
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
支那しな塹壕ざんごうなかで、おともだちとていらっしゃるかもしれないよ。」
昼のお月さま (新字新仮名) / 小川未明(著)
長田秀雄の『塹壕ざんごうの内』はちよつとした一幕物だ。
三月の創作 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
序戦に、大損害をうけた宇喜多勢は、あれから五日間、夜ごと夜ごと和井元口わいもとぐちの附近に、こっそり塹壕ざんごうを掘っていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浩さんは塹壕ざんごうへ飛び込んだきりあがって来ない。誰も浩さんをむかえに出たものはない。天下に浩さんの事を思っているものはこの御母さんとこの御嬢さんばかりであろう。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「西部戦線」の最後の幕で、塹壕ざんごうのそばの焦土の上に羽を休めた一羽のちょうを捕えようとする可憐かれんなパウルの右手の大写しが現われる。たちまち、ピシンとむちではたくような銃声が響く。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
深さ十メートルの塹壕ざんごうの中で働きながら、ウールクの主要水管を入れるための土堤を作ってクリシーの隧道すいどうを掘り、更に、地すべりのする間を、多くはごく臭い開鑿かいさくをやり支柱を施して
塹壕ざんごうの中で、腕ぐみをして、鉄兜てつかぶとのひさしの下の眼を、じっとつぶっている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
ここはその試験場であるが、見渡すばかりの原野げんやであった。方々に、塹壕ざんごうが掘ってあったり、爆弾のため赤い地層のあらわれた穴が、ぽかぽかとあいていたり、破れた鉄条網てつじょうもうが植えられてあったり。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
伊丹の城へ近づくや、いたるところの野のくぼ、水のほとりで、塹壕ざんごうを掘ったり、さくったりしている兵に出会う。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今こうやってあなたと対坐していられるのは、天下が太平になったからではないので、塹壕ざんごううち這入はいって、病気とにらめっくらをしているからです。私の身体からだは乱世です。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何か塹壕ざんごうから這い出して来る決死隊の一人ででもあるような気がするのである。
映画雑感(Ⅵ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その道は、今日もそうだが、昔も大部分は塹壕ざんごうの形をしていた。
頬のこけた籠城兵と、眼のくぼんだ籠城兵とが、塹壕ざんごうのなかで、土蜘蛛つちぐもみたいに首をひそめて語り合っていた。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
残る一個は背の真中に、しるをしたたらしたごとく煮染にじんで見える。背と足と縁を残して余る部分はほとんど一寸余の深さに掘り下げてある。墨をたたえる所は、よもやこの塹壕ざんごうの底ではあるまい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先の平地に、一線の塹壕ざんごうが見えた。しまったと、先頭に立っていた城方の部将は足をすくめたが、のめるばかり追いかけてゆく兵には大地も見えなかった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さしずめ附近の、蟹清水かにしみず、北外山とやま、宇田津のあたり、みち、崖、流れを構えて、さくをもうけ、塹壕ざんごうを掘ること。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蜿蜒えんえん、大小の車を連ね、上に材木を積み、さくを結び、また塹壕ざんごうをめぐらし、その堅固なこと、比類もない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)