吾身わがみ)” の例文
物の理窟りくつのよく分かる所にあつまると早合点はやがてんして、この年月としつきを今度こそ、今度こそ、と経験の足らぬ吾身わがみに、待ち受けたのは生涯しょうがいの誤りである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
事のおきてにたがふとて、せめらるゝ事の苦しきも、過世すぐせのつみの滅びんと、思ふ心に忍べりと、聞ける吾身わがみのいかにして、忍ばるべしや忍ばれん
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
愛に因って醜を知らずの句は、知己の恩に感じて吾身わがみを世にとなうるを言えるもの、また標置ひょうちすというべし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かく成り果てし吾身わがみをいとしと思ひ給はぬにか。御身の思召おぼしめし一つにて、わらはの思ひ定むる道も変りなむ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひげするんではない、吾身わがみいやしめるんだ、うすると先方むかうでは惚込ほれこんだと思ふから、お引取ひきとり値段ねだんをとる、其時そのとき買冠かひかぶりをしないやうに、掛物かけものきずけるんだ。
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
こんないとしい吾身わがみを、初めて見出したように、自分と弦之丞の姿とを、ぬすみめにそッと見くらべたお綱の素ぶりには、あばずれた所などはちりほども見えず、まったく
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或いは土御門つちみかど三宝院さんぽういんへ資財を持運ばれたよしが、載せてございますが、いざそれが吾身わがみのことになって見ますれば、そぞろに昔のことも思いでられてまことに感無量でございます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
吾身わがみならぬ者は、如何いかなる人もみな可羨うらやましく、朝夕の雀鴉すずめからす、庭の木草に至るまで、それぞれにさいはひならぬは無御座ござなく、世の光に遠き囹圄ひとやつなが候悪人さふらふあくにんにても、罪ゆり候日さふらふひたのしみ有之候これありさふらふものを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
大事な修業の身をもって銭のめに時を費すは勿体もったいない、吾身わがみの為めには一刻千金の時である、金がなければただ使わぬと覚悟をめて、大阪に居る間とう/\一銭の金も借用したことなくして
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
常住の吾身わがみを観じよろこべば、六尺の狭きもアドリエーナスの大廟たいびょうことなる所あらず。成るが儘に成るとのみ覚悟せよ
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
自分に有理有利な口実があって、そして必勝鏖殺おうさつが期せるので無ければ、氏郷に対して公然と手を出すのは、勝っても負けても吾身わがみの破滅であるから為すすべは無かった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
或ひは土御門つちみかど三宝院さんぽういんへ資財を持運ばれたよしが、載せてございますが、いざそれが吾身わがみのことになつて見ますれば、そぞろに昔のことも思ひでられてまことに感無量でございます。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
顔を土足で蹴附けつけられた時、あゝ悪い事をしたと始めて夢の覚めたる如く心付きまして、段々前々ぜん/\の悪事を思えば思う程、吾身わがみながら如何なればこそかる非道の行いを致したか
有効無ありがひなきこの侵辱はづかしめへる吾身わがみ如何いかにせん、と満枝は無念のる方無さに色を変へながら、ちとも騒ぎ惑はずして、知りつつみし毒のしるしを耐へ忍びゐたらんやうに、得もいはれずひそかに苦めり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
維新前後の吾身わがみ挙動きょどうは一時の権道けんどうなり、りに和議わぎを講じて円滑えんかつに事をまとめたるは、ただその時の兵禍へいかを恐れて人民を塗炭とたんに救わんがめのみなれども、本来立国りっこくの要は瘠我慢やせがまんの一義に
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
気がとがめるとは、その上にこちらから済まぬ事をした場合に用いる。困るとなると、もう一層上手うわてに出て、利害が直接に吾身わがみの上にね返って来る時に使う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うそだと思うなら、試験して見るがいい。他人ひとを試験するなんて罪な事をしないで、まず吾身わがみで吾身を試験して見るがいい。坑夫にまで零落おちぶれないでも分る事だ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分から云えば、この坑夫共が社会に対するうらみを、吾身わがみ一人で引き受けた訳になる。銅山へ這入はいるまでは、自分こそ社会に立てない身体からだだと思い詰めていた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黄金おうごんたっときも知る。木屑きくずのごとく取り扱わるる吾身わがみのはかなくて、浮世の苦しみの骨に食い入る夕々ゆうべゆうべを知る。下宿のさいの憐れにしていもばかりなるはもとより知る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、自分はたまらなくなったから、うしろから初さんを呼び留めた。この声は普通の質問の声ではない。吾身わがみを思うの余り、命が口から飛び出したようなものである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
普通に知れ渡った因果の法則もこの通りであります。だからすべてこれらに存在の権利を与えないと吾身わがみが危ういのであります。わが身が危うければどんな無理な事でもしなければなりません。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)