厭世えんせい)” の例文
〕更に例を求めるとすれば、僕は正宗白鳥氏の作品にさへ屡々しばしば論ぜられる厭世えんせい主義よりも寧ろ基督キリスト的魂の絶望を感じてゐるものである。
女にはもちろん不平や厭世えんせいのために、山に隠れるということがない。気が狂った結果であることは、その挙動を見れば誰にでも分った。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
とありますが、「初夜の鐘は諸行無常、入相の鐘は寂滅為楽」などというと、いかにも厭世えんせい的な滅入めいってゆくような気がします。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
私はただ長生きの罪にしてあきらめますが、若いあなたのような人を、こんなふうに少しでも厭世えんせい的にする世の中かと思うと恨めしくなります
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その結果がビフテキ主義となろうが、馬鈴薯じゃがいも主義となろうが、厭世えんせいの徒となってこの生命をのろおうが、決して頓着とんじゃくしない!
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私はたった一人で桜山の百姓家の離れ座敷を借りて味気ないその日その日を送り迎えていた頃であったから、幾分厭世えんせい的になっていた私の心には
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
余はその頃国語の先生が兼好法師の厭世えんせい思想を攻撃したのがしゃくに障ってそれを讃美するような文章を作って久保君に渡したことなどを記憶している。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
れたふんどしをぶら下げて、暑い夕日の中を帰ってくる時の気色きしょくの悪さは、実に厭世えんせいの感を少年の心に目醒めざめさせた。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
けれどうち明けて言いますと、私はあまりに年老いてる厭世えんせい家ですから、彼らのどの家にはいっても安楽な心地はしません。私には自由な空気が必要です。
「何だか厭世えんせいの様な呑気の様な妙なのね。わたしよく分らないわ。けれども、少し胡麻化ごまかしていらっしゃる様よ」
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
博士夫人の厭世えんせい自殺とか何とか、三面記事の隅っこに小さい記事を留めるに過ぎなかったが、その名探偵のお蔭で、我々もすばらしい話題が出来たというものだ。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼はゆうべ細君とやりあったこと、またそのあと、近所の呑み屋で侮辱されたことなどから、少なからず厭世えんせい的な気分になっており、そのため感情がいらだっていた。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
信仰の動揺よりきたりし厭世えんせい懐疑の世は過ぎて、生命の力の発揮する処ここに深甚の歓喜と悲痛を求む。
矢立のちび筆 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
前の句と同じく、或る荒寥とした、心の隅の寂しさを感じさせる句であるが、その「寂しさ」は、勿論厭世えんせいの寂しさではなく、また芭蕉の寂びしさともちがっている。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ルコント・ドゥ・リイルの出づるや、哲学にもとづける厭世えんせい観は仏蘭西フランスの詩文に致死の棺衣たれぎぬを投げたり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
厭世えんせいだの自暴自棄だのあるいは深い諦観ていかんだのとしたり顔してささやいていたひともありましたが、私の眼には、あのお方はいつもゆったりしていて、のんきそうに見えました。
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それはA市にある家庭に宛てたもので、商売上の失敗から厭世えんせい自殺をする旨の遺書で、その自殺の方法として、飛行機から飛び降りる事をえらんだとしたためられてあった。
旅客機事件 (新字新仮名) / 大庭武年(著)
純一は顔をしかめた。そして作者の厭世えんせい主義には多少の同情を寄せながら、そのカトリック教を唯一の退却路にしているのを見て、因襲というものの根ざしの強さを感じた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
合歓綢繆ごうがんちゅうびゅうを全うせざるもの詩家の常ながら、特に厭世えんせい詩家に多きを見て思うところなり。そもそも人間の生涯に思想なる者の発芽しきたるより、善美をねがうて醜悪を忌むは自然の理なり。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それにこの大学生は肺結核をわずらっていて、日に増し悲観な厭世えんせいに陥るようになった。あれやこれやで何処どこわき宿替やどがえをするようなことになった。その時主人は、幸い物置がいている。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
「こいつ飛んでもない驢馬ろばになってしまったんで……」と厭世えんせい的な面持を浮べた。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
自然の最奥さいおうに秘める暗黒なる力に対する厭世えんせいの情は今彼の胸を簇々むらむらとして襲った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しこうしてその文字の中には胸裏にわだかまる不平の反応として厭世えんせい的または嘲俗ちょうぞく的の語句を見るもまた普通のことなり。これ貧に安んずる者に非ずして貧にもだゆる者。曙覧はたして貧に悶ゆる者か否か。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
失いたる厭世えんせい自殺ならむかとも疑われしが右は全く同人の過失にて同日書斎にて猟用二連発銃のケースに火薬装填中過って爆発せしめしものと判明せりちなみに同家は召使いの老婆と二人暮しにて半年たたぬ内に重ね重ねの不幸とて附近の人々は至極同情を
鼻に基く殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
自殺を弁護せるモンテェニュのごときは予が畏友いゆう一人いちにんなり。ただ予は自殺せざりし厭世えんせい主義者、——ショオペンハウエルのはいとは交際せず。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大きな失望をいたしましたとか申すような時に厭世えんせい的になって出家をいたすと申すことはあまりほめられないことになっているではございませんか。
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
南北朝以来戦乱永く相つぎ人心諸行無常しょぎょうむじょうを観ずる事従つて深かりしがその厭世えんせい思想は漸次時代の修養を経てまづ洒脱しゃだつとなりついで滑稽諧謔に慰安を求めんとするに至れり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼岸を望んで、此岸を顧みて見ると、万有の根本は盲目の意志になってしまう。それが生を肯定することの出来ない厭世えんせい主義だね。そこへニイチェが出て一転語を下した。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そんなに思いきるほどの過去があるのだろうか、それとも津田そのひとの気質で、放蕩享楽のはて厭世えんせい的になったものだろうか。玄一郎にはどちらとも判断はつかなかった。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私の心に厭世えんせいという暗い芽を吹き出さしめたのは、算術であったといっていい位いだ。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
すると二人の恋からこんな厭世えんせいに近い覚悟が出ようはずがなかった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
不当に恵まれているという、いやな恐怖感が、幼時から、私を卑屈にし、厭世えんせい的にしていた。金持の子供は金持の子供らしく大地獄に落ちなければならぬという信仰を持っていた。逃げるのは卑怯だ。
少くとも生涯同一の歎を繰り返すことにまないのは滑稽こっけいであると共に不道徳である。実際又偉大なる厭世えんせい主義者は渋面ばかり作ってはいない。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
厭世えんせい的になっているのは何の理由であるかはわからぬが哀れに思われて、八月の十日過ぎにはまた小鷹狩こたかがりの帰りに小野の家へ寄った。例の少将の尼を呼び出して
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「そんな事を考えると、厭世えんせい的になってしまいますね」
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし年月ねんげつはこの厭世えんせい主義者をいつか部内でも評判のい海軍少将の一人に数えはじめた。彼は揮毫きごうすすめられても、滅多めったに筆をとり上げたことはなかった。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
厭世えんせい的なお気持ちにもなられたのであろう、人がその秘密を悟らずにいるとは思われない、暗闇くらがりに置くべき問題であるから自分には人が告げないのであろうと中将は思った。
源氏物語:44 匂宮 (新字新仮名) / 紫式部(著)
古来賭博に熱中した厭世えんせい主義者のないことは如何に賭博の人生に酷似しているかを示すものである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もうおかみとおきさきと申すより一家の御夫婦のようなものですからね。ただ今のお話ですが、さして厭世えんせい的になる理由のない人が断然この世の中を捨てることは至難なことでしょう。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ではなぜどちらも絶望であるか? これは僕の厭世えんせい主義の「かも知れない」を「である」と云ひ切らせたのである。君は僕を憐んだのか、不幸にもこの虚をかなかつた。
解嘲 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
厭世えんせい的にならざるをえませんで、いろいろと煩悶はんもんをいたしましたが、たびたびかたじけないお言葉をいただきましたことによりまして、今日までこうしていることができたのでございます
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ある一つ二つの場合に得た失望感からゆがめられて以来は厭世えんせい的な思想になって、出家を志していたにもかかわらず、親たちのなげきを顧みると、このほだし遁世とんせいの実を上げさすまいと考えられて
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
去年今年と続いて不幸にあっていることについても源氏の心は厭世えんせい的に傾いて、この機会に僧になろうかとも思うのであったが、いろいろなほだしを持っている源氏にそれは実現のできる事ではなかった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
厭世えんせい的になっているというふうを源氏は表面に作っていた。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)