凝然ぎょうぜん)” の例文
そして、さっき佛間でしていたように凝然ぎょうぜんと端坐して、とき/″\屍骸の方を見ては又半眼に眼を閉じて沈思し出したのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
インバネスの男は、ショウ・ウインドウから三尺程離れた道路の真中に立って、ガラスの向う側の何かを、凝然ぎょうぜんと見つめている。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
宗清にささやかれても、重盛はそこの広縁にたたずんで、ひと目、室内の人を見やると、凝然ぎょうぜん、身を凍らせたままうなずきもしなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例によって田舎者は、二本の足を左右へ踏ん張り、しないを上段に振り冠ったが、これまた柄頭つかがしらから相手の眼を、凝然ぎょうぜんと見詰めたものである。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
同じ夜半にふたたび庭わたりをしているではないか、凝然ぎょうぜんとして経之はあきれ返ったなかに、女のつよさ、一念の剛直さに眼をはなさないでいた。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
海は——目の前に開いている海も、さながら白昼の寂寞せきばくに聞き入ってでもいるかのごとく、雲母きららよりもまぶしい水面を凝然ぎょうぜんたいらに張りつめている。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それと知つたあとでも、彼女はしとねのなかに半身を起したまま、凝然ぎょうぜんとその滅びた紙片の残響に聴き耳を立ててゐた。
垂水 (新字旧仮名) / 神西清(著)
峰丹波とお蓮さま、通りがかった廊下に、凝然ぎょうぜんと足をすくませて、進みもならず、しりぞきもならず……。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ひときわの懊悩おうのうをつづけておりますと、ふっとまた一つ聞き耳を立てると、この懊悩も、空想も、一時いっときふっ飛んでしまい、思わず凝然ぎょうぜんとして眼を注いだのが、例の
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その部分の筋肉が生理的な予感にぎゅっと収縮するのを感じながら、彼は凝然ぎょうぜんと立ちすくんでいた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
台所へ突進するとお米の袋をほうり出し、しばらくは凝然ぎょうぜんとして銅像の如く突っ立っていたが、やがて未練らしく米櫃こめびつふたを取って、緞帳どんちょう芝居の松王丸よろしく、怖々に内部をうかが
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
女将おかみは、その冷たく青白い面を、恐怖に一層青めながら、愛児を必死に小脇へかかえて、凝然ぎょうぜんとおどろき怪しんでいる黒白隊の間をかいくぐりつつ、退屈男のところへ駈け近づくと
偶然取次に出た老執事は、飛上るほどに驚いて、凝然ぎょうぜんと玄関に立ちすくみます。
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
佐倉屋もうなずいて、腕を組んで凝然ぎょうぜんとしている仁科のほうへ向きなおり
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
凝然ぎょうぜんとした。私は、月から手紙をもらった。言いしれぬ恐怖であった。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
大江山から袴腰はかまごし山、黒岩山あたり鬼怒沼方面にかけて、打ち続く針葉樹林の真黒なのに驚いたが、眼を北に転じて脚下の檜枝岐川や只見川の渓谷を見た時、再び凝然ぎょうぜんとして目をみはらざるを得なかった。
尾瀬雑談 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
彼ははかまも脱がぬ外出姿のまま凝然ぎょうぜんと部屋に坐っていた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
文麻呂 (凝然ぎょうぜんとして)お月様!
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そして、市十郎の横顔を、ながし眼に見たが、市十郎は、凝然ぎょうぜんと、あらぬところへ眼をやったまま、うつろな身を、石のようにしていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今までの位置よりはほんのわずか、左の方へ片寄った位置に、痣の浪人は依然として静もり、依然として刀を平青眼につけて、こっちを凝然ぎょうぜんと睨んでいた。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
凝然ぎょうぜんとお艶を見つめた弥生は、ふとなんのつもりで自分はこの雨のなかをこんなところへ乗りこんできたのだろうか? とその動機がわからなくなると同時に
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おともの者があらば周章あわてて、「どうあそばされました」と介抱するところでしょうが、ともはありません。そこで踏み止まった神尾主膳は、また凝然ぎょうぜんとして闇の中を見ている。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
乏しい電灯の光の下、木目きめの荒れた卓を前にし、吉良兵曹長は軍刀を支えたまま、うつろな眼を凝然ぎょうぜんと壁にそそいでいた。卓の上には湯呑みがからのまま、しんと静まりかえっていた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
月のない闇黒あんこくの一夜、湖心の波、ひたひたと舟の横腹をめて、深さ、さあ五百ひろはねえずらよ、とかこの子の無心の答えに打たれ、われと、それから女、凝然ぎょうぜんの恐怖、地獄の底の細き呼び声さえ
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
真っ先に立った山浦丈太郎が、凝然ぎょうぜんとして立止りました。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
重治はよろいのたもとを探って、べつに一通の書面を取出した。そして、凝然ぎょうぜん悔悟かいごに打たれている官兵衛の手へそれをそっと渡して告げた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浴衣ゆかたをかさねた丹前の裾に、貝細工のような素足の爪をみせて、凝然ぎょうぜんとたちすくんでいる櫛巻お藤、えんなるうらみをまなじりに流して、ジロッと左膳の君を見やりますと。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
堤の上に登り切った高城の姿が、宇治の茫然とした視野の端を影絵のように動いて、拳銃を女にしながら急速にその方向に近づくらしい。女の全身が宇治の視線の中で凝然ぎょうぜんと収縮する。——
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
姥は凝然ぎょうぜんと突っ立った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さもさも心外でたまらないような面持をたたえて、龐徳は凝然ぎょうぜんと口をかんしていた。それをなだめるため、曹操はまた云い足した。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
合爾合カルカ成吉思汗ジンギスカンは、凝然ぎょうぜんと眼を見詰め合う。長い間。一同無言。
土埃つちぼこりにまみれた半顔が、変に蒼白かった。私はぎょっとして、立ち止った。草の葉に染められた毒々しい血の色を見たのだ。総身そうみに冷水を浴びせかけられたような気がして、私は凝然ぎょうぜんと立ちすくんだ。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
うるしに似た液体にからびついて、みだれた黒髪はほおといわずひたいといわず、のようにはりついていた。——凝然ぎょうぜん、盛遠は、またたきもしない。
だが、凝然ぎょうぜんと長いいがつづくうちに、どっちの呼吸もあらくなって、さながら死に瀕してゆくような蒼白が二人のおもてにみなぎって来た。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まさしくそれは関羽の影にちがいないのだが、いつもの関羽に似もやらず、容易に面もあげず、ただ凝然ぎょうぜんと涙を垂れている容子。——そして一言ひとこと
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上の影は、凝然ぎょうぜん、自失しているように見える。次々に、下の者も登って行った。そして皆、夜風の空に、肌をすくめた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女の供をして三戸野山へ夜のうちに落ちようとする付人達は、山仕度で庭の近くまで、その山駕を用意して来ていたが凝然ぎょうぜんと、ただ立ちすくんでいた。
凝然ぎょうぜんと、彼は彼女のまえに立っていた。そこまで、黙々と運んで来た脚をすら忘れていた。彼方に置き残された権之助もばばも、わざと寄って来なかった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
凝然ぎょうぜんとして腕拱うでぐみを解かないのである。しかし彼の眉には、年来、胸にわだかまっていたものが解けていた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三郎正近も、金王も、感銘に打たれて、一瞬、眸をそこから鞍馬の峰の黒い影へ向けたまま凝然ぎょうぜんとしていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山の上の秀吉は、凝然ぎょうぜんつばをのんでいた。平日の彼には見られない顔のしわが一つ二つよけいに寄っている。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
官兵衛も秀吉もただ凝然ぎょうぜんと一つものに眼を向け合ったまま、ものもいわず坐っていた。いつか室内は暮れてあなのように暗くなっていたが、燭をともす者もなかった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
強右衛門はそこを叩こうとはしない——凝然ぎょうぜんと、耳をすましていたが、やがて側の低い竹垣をまたいで、草のなかを足音をしのばせながら、横の方へまわって行った。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばらくは石のように凝然ぎょうぜんとしている光秀であったが、次には僧に乞うて、自分の手に神鬮筥みくじばこを受け、ひたいに捧げて瞑目めいもくした。そして自己の祈念を自己の手で振った。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、直家は、凝然ぎょうぜん高燈台たかとうだいの火色を見つめたまま、それを手に収めることすら忘れているようだった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
凝然ぎょうぜん、うごかざる兵二千騎は、堀川の堤に集結したまま、ひとしく一天の黒煙を仰ぎ合っていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、彼らは、そこに立つやただ凝然ぎょうぜんと、大床のくれないに身もしびれ心もまったく打たれてしまった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
森蘭丸は、いまめた一間の杉戸を、その背で守るが如く抑えて、凝然ぎょうぜんと突っ立っていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なお、凝然ぎょうぜんたるまま、ものもいわない君臣を見くらべながら、彼のみは独り春風のように
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武蔵は、凝然ぎょうぜんと、その詩句をにらんでいた。——満地の樹々に啼きぬく老鶯のの中に。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)