かたむき)” の例文
また評論中にはひたすら重きを歌麿に置かんと欲せしが故かややもすればその以前の画工鳥居清長とりいきよなが鈴木春信すずきはるのぶらをかろんぜんとするかたむきあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
魂これにむかひ、しかしてこれに傾けば、このかたむきは即ち愛なり、樂しみによりて汝等の中に新たに結ばるゝ自然なり 二五—二七
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
小生も何か差上度所存だけはとうから有之候えども身体やら心やらその他色々の事情のためつい故人に疎遠に相成るようのかたむき、甚だ無申訳候。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
これも兎角セルギウスにいかりを起させるかたむきがあるので、セルギウスは不断恐しい誘惑の一つとして感じてゐたのである。
生活の需要なんぞというものも、高まろうとしているかたむきはいつまでも止まることはあるまい。そんなら工場の利益の幾分を職工に分けて遣れば好いか。
里芋の芽と不動の目 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この句が俚耳りじに入りやすいのも、全くこの思わせぶりのためで、俗人はこの種のえせ風流に随喜するかたむきがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
漢語でいうと短髪種々たんぱつしょうしょうとでも形容したら好いのかも知れない。風が吹けば毛の方で一本一本になびかたむきがあった。この頭は予備門へ這入っても黒くならなかった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この地方の山は割合に高度が低いので、谷は深く木立は繁っているにもかかわらず、人目を惹くことが少ないばかりか、かえっそれが為に人を遠ざからしめるかたむきがないでもない。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それと共に唯継のおこなひ曩日さきのひとはやうやく変りて、出遊であそびふけらんとするかたむきしを、浅瀬あさせなみも無く近き頃よりにはか深陥ふかはまりしてうかるると知れたるを、宮はなほしもきて咎めず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
利益や権力の慾火はえず燃ゆるにしてもそれが世態ようやく安固ならんとするかたむきを示して来て、そうむやみに修羅心しゅらしんに任せてもがきまわることも無効ならんとするいきおいの見ゆる時において
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
戦慄すべき、犯罪の天才、私は嫉妬に狂った、而かも肺結核という——れは寧ろ患者の頭脳を病的にまで明晰めいせきにするかたむきのある所の——不治のやまいかかった、一人の暗い女を想像した。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
若いに似合わず気持の奥底の知れない人だと言って敬遠するかたむきがありました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
主人「それでは皮の白いのが黄身も白くって赤いのが赤い黄身だという訳かね」中川「イヤそうもまらん。幾分かそのかたむきはあるようだけれども一定しておらん」主人「それでは玉子の雌雄めすおすを ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それから人麿は、第三句で小休止を置いて、第四句から起す手法のかたむきっている。そこで、伊藤左千夫が、「かへり見すれば」を、「俳優の身振めいて」と評したのは稍見当の違った感がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
現下の問題を極めてよく例証するかたむきがあろう。
実は独身であるが、今日こんにちまでの経験で、事実を云うと、いよいよ怪しまれるかたむきがあるので、三人と答えたのである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一月二十七日の読売新聞で日高未徹君は、余の国民記者に話した、コンラッドの小説は自然に重きをおき過ぎるの結果主客顛倒てんとうかたむきがあると云う所見を非難せられた。
そして又言語の実際には却てとおざかって居たようなかたむきもあったために、理知の判断からは言文一致と云うことを嫌わなかったものも感情上から之を悦ばなかったようの次第でありましたが
言語体の文章と浮雲 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「心なき身にもあはれはしられけり」とか、「その色としもなかりけり」とか、「花も紅葉もなかりけり」とかいう三夕さんせき糟粕そうはくめぬまでも、多くは寂しいということに捉われ過ぎるかたむきがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
わが武をたふとべる、わがはかなき草紙の裏に筆戰墨鬪の庭を設けたり。彼は積極なる教育の道をめれば、陳列して審査せざるかたむきあり。かるが故に世には早稻田文學を講義録のみなりといふものあり。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかし学校教育だけで社会教育のないものは、いくら年を取ってもそのかたむきがあるだろうと答えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自然主義時代の仏蘭西フランス文学は自分にはかえって隅田川に対する空想を豊富ならしめたかたむきがある。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
中味の内に生息している人間はそれほど形式に拘泥こうでいしないし、また無理な形式を喜ばないかたむきがあるが、門外漢になると中味が分らなくってもとにかく形式だけは知りたがる
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ゾラの小説は人物の描写とかく外部よりするかたむきうらみとす。フローベルが『マダム・ボワリー』。トルストイの『アンナ・カレニナ』。アナトール・フランスの『紅百合べにゆり』。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
いたずらに形式修辞の末端に拘泥こうでいするかたむきがあったので、これを祖述した徂徠の末派に至っては、正徳享保の盛時を過ぎて宝暦明和の頃に及ぶや早くも沈滞して、当初の気魄きはくを失い
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しか學校教育がくかうけういくだけ社會教育しやくわいけういくのないものは、いくらとしつてもそのかたむきがあるだらうとこたへた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
(一) 歴史の研究によって、自家を律せんとすると、相当の根拠こんきょを見出す前に、現在すなわち新という事と、価値という事を同一視するかたむきが生じやすくはないかと思われます。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
脚色の波瀾と人物の活動とを主とするかたむきが早くも一つの類型をなしているようになった。
裸体談義 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
僕が彼らの眼にいかにあわれむべく映じていたかは、遠き前から僕の見抜いていたところと、ちっとも変化を来さないばかりか、近頃になってますますそのかたむきが著るしくなるように思われた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
孤独を嘆ずる寂寥せきりょう悲哀のおもいはかえって尽きせぬ詩興の泉となっていたからである。わたしは好んで寂寥を追い悲愁を求めんとするかたむきさえあった。忘れもせぬある年……やはり二百二十日の頃であった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
みだりに理想界の出来事を点綴てんてつしたようなかたむきがあるかも知れない。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)