丁子ちょうじ)” の例文
淋しい行燈の上、溜った丁子ちょうじをかき立てることも、いつもの癖の粉煙草をせせることさえ忘れて、八五郎と膝を突き合せるのです。
ぷんと、麝香じゃこうかおりのする、金襴きんらんの袋を解いて、長刀なぎなたを、この乳の下へ、平当てにヒヤリと、また芬と、丁子ちょうじの香がしましたのです。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの黒方くろほうと云う薫物たきもの、———じんと、丁子ちょうじと、甲香こうこうと、白檀びゃくだんと、麝香じゃこうとをり合わせて作った香の匂にそっくりなのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
例の兵部卿ひょうぶきょうの宮も来ておいでになった。丁子ちょうじの香と色のんだうすものの上に、濃い直衣のうしを着ておいでになる感じは美しかった。
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
芯の先には大きな丁子ちょうじができて、もぐさのように燃えていた。気がついてみると、小さな部屋の中はむせるような瓦斯ガスでいっぱいになっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
丁子ちょうじかおるに似た香煙も、その隙から、忍びやかに流れてくるのだ。お綱は、この板壁の向うにいるのが、何者であろうと考えてみる余裕もなく
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
因ってその不浄を捨てに行くはこを奪いこころむるに、丁子ちょうじの煮汁を小便、野老ところに香を合せ大きな筆管を通して大便に擬しあったので、その用意の細かに感じ
ただ今申した通り時刻はちょうど宜しゅうございますからそこで清らかなる水を取ってまず昼飯を済まし、それから私は例のごとく身体に丁子ちょうじ油を塗った。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
この時丁子ちょうじの花のにおいが、甘たるく二人の鼻を打った。二人ともほとんど同時に顔を挙げて見ると、いつかもうディッキンソンの銅像の前にさしかかる所だった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
丁子ちょうじや胡椒や芥子からしは大概日本製の詰換です。舶来の壜へ詰め換えた品を食品屋から一壜二十銭で買う位なら薬種屋やくしゅやへ行って同じ分量を一袋で買うと六銭でくれます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そうして木立ちの代わりに安価な八つ手や丁子ちょうじのようなものを垣根かきねのすそに植え、それを遠い地平線を限る常緑樹林の代用として冬枯れの荒涼を緩和するほかはなかった。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
和尚おしょうの室を退がって、廊下ろうかづたいに自分の部屋へ帰ると行灯あんどうがぼんやりともっている。片膝かたひざ座蒲団ざぶとんの上に突いて、灯心をき立てたとき、花のような丁子ちょうじがぱたりと朱塗の台に落ちた。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少女はその石の上を福草履ふくぞうりのような草履で踏んで往った。広巳はうっとりとなって少女にいて往った。そこには丁子ちょうじの花のようなにおいがそこはかとしていた。少女の声が耳元でした。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こんどはにほひあらせいとう(丁子ちょうじの一種)の花を調べてみやう。此の花には四枚の萼片で出来た萼と、四枚の黄色い花弁で出来た花冠とがある。此の八つのものを取り捨てゝ了ふ。
金箔きんぱく銀箔瑠璃るり真珠水精すいしょう以上合わせて五宝、丁子ちょうじ沈香じんこう白膠はくきょう薫陸くんろく白檀びゃくだん以上合わせて五香、そのほか五薬五穀まで備えて大土祖神おおつちみおやのかみ埴山彦神はにやまひこのかみ埴山媛神はにやまひめのかみあらゆる鎮護の神々を祭る地鎮の式もすみ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「そうですか……刀には丁子ちょうじの油がいいと聞きましたが、椿油でもいいのですか」
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
暁がた、男は一人で庭に降り立って、ほんのりとかかったほそい月を仰ぎ仰ぎ、読経などをしながら、履音くつおとをしのばせてそぞろ歩きしていた。細殿ほそどのの前には丁子ちょうじの匂が夜気に強く漂っていた。
姨捨 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
中にはことわざにも申します、一口茄子なすてやるは可惜あったらもの、勿体ないと、神棚へ上げて燈明みあかしの燈心をふやしまして、ほほう、茄子ほどな丁子ちょうじが立った
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もし誰か、燈火占とうかうらないをなすものがいて、この夜の灯に対していたら、すでに何かの凶兆きょうちょうが、夜霧のかさ丁子ちょうじの明暗にも、うらなわれていたかも知れない。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
髪の油か、何か分らないが、忍びやかな丁子ちょうじのにおいに似たものが、彼女のびんの毛と共にかすかに彼のほおにさわった。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
全体刺撃物や香料の配合は衛生上から割出してあって玉子に唐辛、豆類に薄荷はっか無花果いちじく丁子ちょうじ、牛肉に芥子からし、梨や芋類に肉桂というふうな合い物という事が出来ています。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
部屋半分ほどもひたした血潮の中に、丁子ちょうじの溜った行灯あんどんがほの暗く灯って、その明りの中にお勢は、細身の匕首あいくちに背中を刺されて、俯向うつむいたまま死んでいるではありませんか。
こりゃいけない、どうしようか知らんと考えて居るとふと思い付いた。かねて堺の岡村の丁子ちょうじ油を持って居る。これを塗るべしと思って早速丁子油の瓶を出して身体にも足にも塗りつけたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
糸より細い煙のすじが、床の香炉こうろから夢のように立っている。そして、日蔭の丁子ちょうじに似るゆかしい香りが板一重を隔てたお綱をもわせて、恍惚と、身のある所を忘れさせる。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この古行燈が、あだなさけも、赤くこぼれた丁子ちょうじのごとく、すすの中に色をめて消えずにいて、それが、針の穴を通して、不意に口を利いたような女の声には、松崎もぎょっとした。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分の家でタイル張りの浴室にばかり這入りつけているせいか穴蔵へでも入れられたようで、その上丁子ちょうじせんじてあるのが、あかだらけに濁った薬湯くすりゆのような連想を起させるのである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いて大きいのなら二十位を一斤の砂糖と一合の水と大匙四杯の西洋酢とで丁子ちょうじ
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「風が入って灯を消すとか、丁子ちょうじが溜って独りで消えるとか——」
彼は改めてそれを手に取り、上げて見たり、下げて見たり、廻して見たり、中の重みを測って見たりしていたが、やがて恐る/\蓋をけると、丁子ちょうじの香に似た馥郁ふくいくたる匂が鼻をった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ちょうど、日かげにつつましくにおっている丁子ちょうじの花を思わせる陰香である。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大匙四杯入れてシンナモンの粉即ち肉桂にっけいの粉を小匙に軽く一杯とグローブス即ち丁子ちょうじの粉を小匙に軽く一杯加えてんなよく混ぜ合せてベシン皿か丼鉢どんぶりばちへ入れてテンピの中で二十五分間焼きます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
かの平安朝の宮廷の美女は、色好みの平中へいじゅうを魅惑するために丁子ちょうじで自分の排泄物を模造した逸話があるではないか。かりそめにも上﨟と云われる者にはそのくらいなたしなみがあったのである。
燈火は、陣幕をもる風に、パチパチと明るい丁子ちょうじの花を咲かせた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
慈円はもう木履を穿いて、丁子ちょうじの花のにおう前栽せんざいをあるいていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おや、何処かで丁子ちょうじにおうてる。———」
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)