一片ひときれ)” の例文
輪切りにして一片ひときれをコップの底へ入れてその上から冷した紅茶をいで出します。紅茶は砂糖と乳とを混ぜて冷してもよし、砂糖ばかりを
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「あア悉皆みんな内へいれちゃったよ。外へ置くとどうも物騒だからね。今の高価たかい炭を一片ひときれだって盗られちゃ馬鹿々々しいやね」
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
にんじん——うん、だけど、その前に、お隣りへ行って、パンを一片ひときれずつと、それへヨーグルトを少し貰ってきたら?
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
甲給仕 疊椅子たゝみいす彼方あっちへ、膳棚ぜんだなもかたづけて。よしか、そのさらたのんだ。おいおい、杏菓子あんずぐわし一片ひときれだけ取除とっといてくりゃ。
生きる限り生きることにひけめを感じ、存在そのものに敗北しつづけてゐるやうな、その惨めな生き方を俺は一片ひときれもしたくない、見たくないのだ。……
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
どうかすると大人達は、「ほらよ。」といつて、煮えた里芋か蒟蒻こんにやく一片ひときれを、子供達にくれることがあるのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
それに君如何どうだ、細君は殆んど僕等の喰ひあましの胡蘿蔔にんじん牛蒡ごぼうにもありつかずに平素しよつちう漬物ばかりをかぢつてる、一片ひときれだつて亭主の分前わけまへに預つたことはないよ。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
半分はんぶんたあとが、にしてざつ一斤入いつきんいれちやくわんほどのかさがあつたのに、何處どこさがしても、一片ひときれもないどころか、はて踏臺ふみだいつてて、押入おしいれすみのぞ
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
『君の方ぢや、梨をさういふふうにして客に出すことが流行はやるのかね。』と、小池こいけは其の梨の一片ひときれつまんで言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
清子はこう云いながら、二人の間にある林檎の一片ひときれを手に取った。しかしそれを口へ持って行く前にまたいた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そりゃいらない。だが、お前さんが『キリスト様の御名によって』とおっしゃるなら、ちょっと待ちなされ、家内に話して一片ひときれ貰って上げましょうから。」
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
なあんだ、父親にとって、あれはもう切りとったパンの一片ひときれみたいなものさね。もとのパンの塊まりとは縁がきれてるんだ。あれに大切なのは——ご亭主だよ。……
「パンを一片ひときれ下さいませんか。私、大變おなかが空いてゐるのです。」彼は呆氣あつけにとられて、私を見たが、返答もせずにパンのかたまり分厚ぶあつに切つて、私に呉れたのであつた。
彼は又、生きた蛙をつかまえて、皮をぎ、逆さに棒に差し、蛙の肉の一片ひときれに紙を添えてえさをさがしに来るはちに与え、そんなことをして蜂の巣の在所ありかを知ったことを思出した。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして、おなじあじ食物たべものが、毎朝、一片ひときれずつ木の上へはこばれてゆくこともかわらなかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喜蔵が矢立やたてを持っていた。忠次がふところから、鼻紙の半紙を取り出した。それを喜蔵が受取ると、長脇差を抜いて、手際てぎわよくそれを小さく切り分けた。そうして、一片ひときれずつみんなに配った。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「……ウン。吾輩も諦らめ切れん。あの時に櫓柄へヘバリ付いていた肉の一片ひときれをウッカリ洗い落してしまったが、あれは多分、友太郎のだったかも知れない。今思い出しても涙が出るよ」
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
親の病には、子たる者は自ら一片ひときれの肉を切取ってそれを煮て、親に食わせるのがき人というべきだ。母もそうしちゃいけないとは言わなかった。一片食えばだんだんどっさり食うものだ。
狂人日記 (新字新仮名) / 魯迅(著)
粉挽屋の台所は大へんあたたかです。炉のなかでは、大きなほだがぱちぱちと赤く燃え、隣近所の人々は、夕飯のために焙った鵞鳥の肉一片ひときれとお酒一ぱいとにありつくために、交る交るやって来ます。
牛肉を用うるもの、勝栗を用うるもの、白梅を用うるもの、いろいろあるが、いずれも藩の運命を賭けても秘密を守り、藩外には処法は申すまでもなく、兵糧丸一片ひときれも出さぬように心掛けている
「いかがでございます、よく煮えました、あなた様も、一片ひときれ召上れ」
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
旅人の姿をみると、悲しそうな顔をして、情けない声をしぼって哀れを訴えた。また、正午まひるの野良で、一株の木のまわりに集って弁当をつかっている百姓の一団を見かけると、一片ひときれ麪麭パンをねだった。
親ごころ (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
繃帯取替の間始終しじゅう右に向き居りし故背のある処痛み出し最早右向を許さず。よつて仰臥ぎょうがのままにて牛乳一合、紅茶ほぼ同量、菓子パン数箇をくふ。家人マルメロのカン詰をあけたりとて一片ひときれ持ち来る。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一片ひときれ十銭じっせん以上にのぼっているものは甚だ少い。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「あんまり、うまいものじゃない。ただ珍らしいだけだ」と宗近老人ははしを上げて皿の中からぎ取った羊羹の一片ひときれを手に受けて、ひとりでむしゃむしゃ食う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんな事を思いながらお源は洋燈ランプ点火つけて、火鉢ひばちに炭を注ごうとして炭が一片ひときれもないのに気が着き
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
可厭いやな心持じゃなかったんです——それが、しかし確に、氷を一片ひときれ、何処かへ抱いたように急に身を
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「まず第一にあいつ等を一文無しにしてしまいます。そして一片ひときれのパンも無くなった時分にみんなをおち合わせることにします。そうすりゃけんかするにきまっています。」
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
さう言つて、母はもく/\と淡紅色の御所柿の一片ひときれを前齒で噛んでゐた。奧齒の一つもない母は、馬のやうに前齒でばかり喰べるので、噛んだものが膝の上へぽろ/\とこぼれ落ちた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そのうちに又、頭山先生のお尻の穴がムズムズして来たので、又手を突込んで引っぱると、今度は二寸ばかりの奴が切れ離れて来たヤツを、やはり眼の前の火鉢の縁へ、前の一片ひときれと並べておいた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ええ気を附けるともね。られる日にゃまき一本だって炭一片ひときれだって馬鹿々々しいからね」
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
けれども一口飲んで始めてその不味まずいのに驚ろいた余は、それぎり重湯というものを近づけなかった。その代りカジノビスケットを一片ひときれ貰った折のうれしさはいまだに忘れられない。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一番小ひさな一片ひときれを自分の口へ入れ、ハンケチで手を拭きつゝ、お光は言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「どうだね」と折のふたを取ると白い飯粒が裏へ着いてくる。なかには長芋ながいも白茶しらちゃに寝転んでいるかたわらに、一片ひときれの玉子焼が黄色くつぶされようとして、苦し紛れに首だけ飯の境に突き込んでいる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さうして其の羊羮といふものを一片ひときれ喰べてみたくてたまらなかつた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)