馳駆ちく)” の例文
これ勝伯が一しんを以て万死ばんしの途に馳駆ちくし、その危局ききょく拾収しゅうしゅうし、維新の大業を完成かんせいせしむるに余力をあまさざりし所以ゆえんにあらずや云々うんぬん
ぜひなく陣頭に立つときでも、不利と見れば見得なく逃げるし、すすんで乱軍の中を馳駆ちくするような猛将ぶりは彼にはなかったことである。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ我が思ふままに馳駆ちくして可なり。試みに芭蕉一派の連句をひらき見よ。その古格を破りて縦横に思想を吐き散らせし処常にその妙をあらはすを。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
馳駆ちくする騎馬、討合う軍兵、敵も味方も入乱れて、雄叫おたけびとときの声と、さながら荒れ狂う怒濤どとうのような白兵戦になった。
蒲生鶴千代 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
マダ自分へ課せられた使命ははたされていないから、これから足腰の達者な間はこのひろい天然の研究場で馳駆ちくし、出来るだけ学問へ貢献するのダ。
世代の荒浪と擾乱じょうらん馳駆ちくに揉まれて、十世のあいだ安泰につづいていたこの目立たない小藩主の血には、無視されたと知るたびに重く沈澱ちんでんする意志があった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「山東洋、ヨク三承気ヲ運用ス。これヲ傷寒論ニ対検スルニ、馳駆ちく範ニたがハズ。真ニ二千年来ノ一人——」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お高は、蒼い空気の中で、土を蹴って馳駆ちくし狂闘している人々を、なさけない眼で見はじめた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
吉川君はその令嬢の見合写真を万一の場合のお守りにして、求婚戦場を馳駆ちくしているのだった。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
弥生やよひヶ岡の一週、駿河台するがだいの三週、牛門の六閲月、我が一身の怱忙そうばうを極めたる如く、この古帽もまた旦暮たんぼ街塵に馳駆ちくして、我病める日の外には殆んど一日も休らふ事あたはざりき。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
余おもえらく、わがくにの人、学術・品行ともに西人せいじんおくるる、あにただ数里の外のみならんや。いま人をして日夜馳駆ちくせしむるも、なお数十年の後にあらずんば、その地位に達せず。
日曜日之説 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
山野を馳駆ちくして快い汗をかくか、天潤いて雨静かな日は明窓浄几じょうき香炉詩巻、吟詠ぎんえい翰墨かんぼくの遊びをして性情を頤養いようするとかいう風に、心ゆくばかり自由安適な生活を楽んでいたことだったろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
創造的勢力と馬をならべて、相馳駆ちくするものあり、之を交通の勢力とす。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
勿論美しい高原に悠々と牛馬の起臥きがしているさまや、自由に馳駆ちくしている奔放なさまは、高原の景趣を一層平和に一層雄大ならしめ、いやが上にも感興を高めることのあるのは疑う可くもないが
高原 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
現代俳壇の乱闘場裏に馳駆ちくしていられるように見える闘士のかたがたが俳句の精神をいかなるものと考えていられるかは自分の知らんと欲していまだよく知りつくすことのできないところである。
俳句の精神 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その間わずかに三十年、しこうして彼が社会に馳駆ちくしたるは嘉永四年侯駕こうがして江戸におもむきたるより以来、最後の七、八年に過ぎず。彼の社会的生涯かくの如く短命なり。彼果して伝うべきものあるか。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
鞍馬あんば長途の馳駆ちく、なんで服装を問おう。今日、ちんが危急に馳せ参った労と忠節に対しては、他日、必ず重き恩賞をもって酬ゆるであろうぞ」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さりながら愚考はいたく異なり、和歌の精神こそ衰えたれ形骸けいがいはなお保つべし、今にして精神を入れ替えなば再び健全なる和歌となりて文壇に馳駆ちくするをべきことを保証致候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
来たなッ! と見るや、膝をついて隻手の左剣、逆に、左から右へといくつかのすねをかっ裂いて、倒れるところを蹴散らし、踏み越え、左膳の乾雲丸、一気に鉄斎を望んで馳駆ちくしてくる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
浴びて馳駆ちくした人間かと疑われるほど、のどかな、むしろ縹渺ひょうびょうたる感じでした
石ころ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
このいきおいに乗ぜよやと、張玉、朱能等、いずれも塞北さいほくに転戦して元兵げんぺいあい馳駆ちくし、千軍万馬の間に老いきたれる者なれば、兵を率いて夜に乗じて突いて出で、黎明れいめいに至るまでに九つの門の其八を奪い
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
孫策の馬は、稀世の名馬で「五花馬かば」という名があった。多くの家臣をすてて、彼方此方、平地を飛ぶように馳駆ちくしていた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さりながら愚考はいたく異なり、和歌の精神こそ衰へたれ、形骸けいがいはなほ保つべし、今にして精神を入れ替へなば、再び健全なる和歌となりて文壇に馳駆ちくするを得べき事を保証致候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
いよいよ、彼の馳駆ちくをゆるす戦線も圧縮されてきた。——宋江はたのしんでいた。「今日こそは、張清の阿修羅あしゅらな姿を、近々、この目で見られようか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その歌、『古今』『新古今』の陳套ちんとうちず真淵まぶち景樹かげき窠臼かきゅうに陥らず、『万葉』を学んで『万葉』を脱し、鎖事さじ俗事を捕えきたりて縦横に馳駆ちくするところ、かえって高雅蒼老そうろうの俗気を帯びず。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
およそ明智軍として、今日まで馳駆ちくした大小二十六、七度の戦場のいずこへ臨んだときよりも、この日の勢揃いには、すでに毛穴のそそけ立つような緊張があった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、戦場の馳駆ちくを、また、武功帳の筆頭ふでがしらにもなろうことを、決してあきらめてはいないのであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大人おとなげない飾り物だ——と日頃からいっていて、戦場に出ると、つねに、路傍の笹の枝を切って、無造作に、よろいの背に差し、悍馬かんば馳駆ちくして働きまわるところから
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
侍臣が止めるつもりでかれのくつわはばめたが、ふり飛ばされて、あッと、起きあがってみた時は、もう主君のすがたは、白と黒のまんじのなかに、魔人のような馳駆ちくを見せていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これを、力技ちからわざと御覧あるは、お考えちがいでござる。力を入れたら、槍のが折れる。また、すぐ腕が疲れてしまう。——それでは、戦場を馳駆ちくして、何ほどの働きがなりましょうや」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、ばかり和田山を中心に馳駆ちくしているのは、ほとんど、信長の兵のみだった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それからしずたけ七本槍のひとりにも名が見えるし、晩年には出雲いずも隠岐おきの二ヵ国二十四万石を領し、六十九歳で世を終るまでの四十余年間というものは、戦場を馳駆ちくして武名の聞えを取った人だが
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とにかく、若君わかぎみは、はじめておおらかな正義せいぎの天地を自由に馳駆ちくするときがきたと、非常ひじょうなおよろこびで、以後いご武田残党たけだざんとうの名をすてて、われわれ一党名とうめいも、天馬侠党てんまきょうとうとよぶことにきまったのだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)